第2話 扉の先で待っていたモノ
白い光に包まれたと思ったら、次は真っ暗だったでござる。とまあ思わず口調が変わってしまうくらいに真っ暗で何も見えない。
しばらくすれば目が慣れるかと思ったが、そんな様子は一向にない。完全に光の入らない密室に出てきてしまったようだ。
「目が見えなくなってるとかじゃないよな?」
わざと不安を口に出してみる。ちゃんと自分の声が聞こえたということを考えれば、少なくとも目だけ見えなくなっているという可能性は低いのではないかと思う。確証は全く無いが。
「うーん、とりあえず手探りで動くしかないか。いつまでもここにいるわけにもいかないし」
ピクトグラムである俺にとって、じっとしていることはさして苦痛ではない。とはいえ真っ暗でなんの音も聞こえないこの場所にずっといるのも、退屈すぎる。
せっかく新たな1歩を踏み出したのだから、いつもと同じようにじっとしているというのももったいないだろう。
「よし、どっかに壁とか、うわっ!」
手を伸ばしても宙をさまようだけだったため一歩前に踏み出しただけなのだが、その瞬間ふわりとした感覚とともに自分の身体が傾いていった。
慌ててなにか掴むものはないかとがむしゃらに手を振ってみたが、その努力のかいなく俺の体は自由落下を始める。
死ぬ、という考えが瞬間的に頭をかけめぐり、そのすぐ直後に体全体にそれなりの衝撃が走った。
「ぐえっ」
潰されたカエルのような鳴き声が漏れてしまったが、体はそこまで痛くない。
案外高さはなかったようだ。
「次はもう少し慎重に動くか」
二度と同じ轍を踏まないように四つん這いになって地面を確認しながら進んでいく。どこか土っぽい凹凸のある地面の感触から、ここがビルの中などではないことはわかった。
しばらくそのまま四つん這いで進んでいくと、ゴツゴツした感触の壁に突き当たる。壁に手をついて立ち上がり、頭の中で地図を描きながら俺は慎重に壁沿いを歩いていった。
「やっぱりぐるっと回ってるよな」
壁沿いを歩き続け、少し前に感じた特徴のある壁と同じ感触を覚えた俺は足を止める。
体感的にも真っ直ぐではなくずっと内側に曲がり続けている気がするので、おそらくこの部屋は円形をしているのだろう。
半径は10メートルくらいだろうか。まあ何も見えないのであまりあてにはならないが。
「となると先に行けそうなのはここだけか」
明らかに自然ではないツルツルとした感触の壁をゆっくりと探っていく。
その他の場所はごつごつとした自然の壁そのままだったので、たぶんここで正解なはずだ。もちろんもっと上に出口があるなんてことも考えられるが、それはここを調べて何もなかったらでいいだろう。
「おっ?」
下から順番にツルツルの面を探っていくと、最初に触っていたのより50センチほど上のあたりにボコッとした凹みがあった。
その周囲がツルツルの壁であることを考えると、ここが取っ手かボタンのようなものだろう。
「高さと大きさ的に考えるとボタンか?」
穴の大きさは5センチほど。高さは自分の視線とおそらく同じくらいであることを考えると170センチくらいだろうか。
さすがにこんな高い場所に取っ手はつけないだろう。
「じゃあいくか、ポチっとな」
穴に指を突っ込んで押すと、何かが凹んだような感触とともに壁がゴゴゴゴという音を立てて横にスライドを始める。
ずれた壁の隙間からはゆらゆらとしたオレンジの光が入ってきており、暗闇に包まれていた部屋がほんのりと明るくなる。
「はぁ、目がいかれたわけじゃなくてよかった。さて、この先はなにが……」
動く壁が自分の視界を広げていく前に隙間を覗き込んだ俺は、思わず言葉を失ってしまう。
俺の目の前には、ビルほどもありそうな漆黒の巨体が鎮座していた。艶のある鱗を全身に身にまとったそれは、背後で動く扉の気配に気づいたのか首を伸ばして俺に視線を向ける。
金色に輝く瞳が俺を睨みつけ、その鋭い牙をのぞかせる口から漏れ出た赤黒い炎が勢いを増す。
「失礼しましたー」
慌てて壁の後ろに身を隠し、先ほど押した穴のボタンを連打する。
壁が止まったり、閉まろうとしたり、開こうとしたりと不規則な動きを見せ、やっとのことでボタンを押した回数に壁の動きが対応していることに気づいた。
深呼吸して気持ちを落ち着けてボタンを押す回数を調整し、わずかな隙間を残して壁を閉めることに成功する。
ほのかな光の差し込む部屋の中でしばらく息を潜め、そろそろと音を立てないように移動して隙間から再び向こう側を覗いてみる。
そこには巨大な黒い背中があるだけで、俺を睨みつけていた黄金の瞳は見えなくなっていた。
「ふぅ、部屋を出たらしょっぱなドラゴンとか無理ゲーすぎる。しかもあれ、完全にラスボスの風格出してたぞ」
そんなふうに文句を言ったところで現実が変わらないのはわかっているが、さすがに今の状況を嘆かずにはいられない。
なにせドラゴンだ。ファンタジーでよくある最強生物の一角の、しかもかなり凶暴そうなやつだぞ。普通スライムとかじゃないのかよ!
「はぁ、新たな冒険の日々が待ってるかもとは言ったが、これは冒険じゃねえだろ」
そんな愚痴を言いながら、俺は壁に背中を預けたままズルズルと下がり、地面に腰を下ろして天井を見上げた。
残念ながらそこには都合よく希望は転がったりはしていなかった。
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