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ピクトの大冒険 〜扉の先は異世界でした〜  作者: ジルコ
第1章 扉の先の世界へ

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第15話 逃げ様と生き様

 いくら実力差があったとしても囲まれてたこ殴りにされたらたまらない。そう思って逃げの一手を打ったわけだが……


「あれっ、あいつら遅くね?」


 5秒ほど走ったところで後ろを確認したら、原住民たちとはすでに10メートル以上距離が離れていた。しかも先頭を走っているのは2、3人だけであり、残りの大多数はもっと遅れている。

 粗末な武器を振り回し、その鋭い犬歯の生えた口から涎を垂らしながら、鬼のような形相で皆追いかけてきているから本気で俺を捕まえたいんだと思うのだが。


 本気で走るのをやめ、ジョギング程度の速さで走りながらちらちらと背後を観察する。

 このくらいでちょうど原住民の先頭集団と同じ速さらしく、一定の距離を保ったまま走っていると徐々に原住民たちの数が1人、また1人と減っていく。


 別に原住民たちが何者かに襲われたわけではない。肩で息をし、足を止めた者たちがただ脱落しているだけだ。

 まだ先頭集団は頑張っているが、滝のような汗を流し息苦しそうに顔をゆがめる姿からして彼ら(彼女らかもしれんが見分けがつかん)が脱落するのもそう遠くない未来だろう。


「森に棲んでる原住民にしては体力ねえなぁ。いや、そもそもあいつら人なのか?」


 よくよく観察してみると頭から小さな角が生えているし、小鬼とかゴブリンとかそういう類の存在のような気もする。

 つまりスライムと同格というわけだ。

 それなら倒してしまっても……とは思うんだが。


「うん、やっぱなし」


 首を横に振って、その考えを否定する。

 ドラゴンに挑んだ人間を見ているから、たぶん地球と同じような姿をした人がいるんだろうというのはわかっている。

 だがそれは、この世界にそれ以外の姿をした人と同等に扱われる者がいないという証明にはならないのだ。

 襲ってくる化け物だと思って倒したら、殺人罪に問われましたとかいう展開もありえなくはない。


「地球と一緒でジャングルの原住民が保護対象になっていて、昔ながらの生活を続けている可能性もあるし、争わずに済むならその方がいいよな」


 友好的な関係が築けず、それどころか襲い掛かってくるからと言って、あえて敵対する必要は全くないのだ。

 それで得るものがあるのなら別なのかもしれないが……


「あんな腰みのと粗末な武器をもらってもな」


 息も絶え絶えになりながらついてくる原住民たちは、局部をかろうじて隠すことのできる程度の粗末な腰みのと、俺が持っている枝に鋭い石なんかを括り付けただけの槍ような武器しか持っていない。

 先頭集団の中にはかろうじて金属製の剣っぽいものを持っている者もいるが、ぼろぼろで今にも折れてしまいそうな状態だし。


「まあ逃げるが勝ちだな。とはいえあんまり離れると方向がわからなくなりそうで嫌なんだが」


 いちおう今は崖沿いを走っているので、脱出のために進むべき方向を見失うことはない。

 原住民から逃げおおせたら改めてスライムを探して、崖から離れるように進めば森から脱出ができるはず……


「いやー!!」


 つんざくような女性の悲鳴が耳に届き、足が止まる。

 崖から離れる方向から聞こえたその声の感じからして、距離はそこまで離れていない。

 けっこう切羽詰まった感じの声だったし、なにか緊急の事態が発生していることは確実だろう。


 うずうずと騒ぎ出す心を落ち着け、いったん助けに行くことのメリットとデメリットについてざっと考える。


 デメリットは崖から離れることで方向を見失う可能性があること。そして緊急事態に俺が巻き込まれること。

 その緊急事態が俺の対応できることならいいが、もしそうでなければ命の危機にひんするかもしれない。これは結構デカいリスクだ。


 一方メリットは言わずもがな、言葉を話せる人と接触を果たせるということになる。しかもピンチを助けるのだから恩を売ることもできるというのがポイントだ。

 言葉を話せる人っぽいから、原住民のように意思の疎通を図れないということはないだろう。俺と違って自分で森に入ったんだろうし、外に出るための案内もしてくれるかもしれない。


 人型をとっているとはいえ、緑一色のピクトグラムの俺の姿を見て、いきなり友好的な対応をしてくれる者はほぼいないだろう。

 そういう意味で、恩を売っておけば少なくとも話は聞いてくれるだろうという保険にもなるしな。

 それに……


 あれこれ考えていたものの、胸の内にむくむくと湧き上がってきたある感情を俺はもう抑えきれそうになかった。

 それは人を助けたい、という俺の根幹とも言える欲求だ。

 せっかく考えたデメリットをかき捨て、俺の足は自然と悲鳴のした方角へ向かって全速力で進んでいく。


 ピクトグラムは伝えたい情報を、言語の壁なく、誰にでもわかりやすく伝えるための手段だ。

 その中でも俺、非常口のピクトグラムは1987年に幾多の案、そして総合テストを重ね、ブラッシュアップの末に国際標準となった。

 やや違うデザインの国も残ってはいるが、俺のデザインは基本的に世界共通。そうなった理由は


「どんな人にも逃げる先がここにあるんだと伝えるのが俺の役目だ」


 自分の足が自分の足じゃないみたいにぐんぐんと速度を増していく。景色があっという間に後ろに流れていき、かすかに聞こえる悲痛な泣き声へと着実に近づいていく。

 木の根を蹴りつけ、時に枝をつかんで飛んで進み、そして茂みを抜けてその場にたどり着く。


 そこには地面に突き刺した剣を杖代わりにしてなんとか立ち上がろうとする青髪の若い女性と、涙をぽろぽろと流しながらその女性に向けて杖を差し向けるツインテールの黒髪の少女がいた。

 青髪の女性のほうは動きやすそうな革製かなにかの鎧を身に着けているが、半壊したそれは彼女の流した血で大部分が赤く染まっている。おいおいおい、結構やばい出血量だぞ!


 事前に声をかけるなりして接触を図りたかったんだがそんな余裕はなさそうだと判断し、そのまま彼女たちの前に俺は姿を現した。


「ちっ、新手のモンスター。しかもアンノウンか」

「誰がモンスターだ! 俺はピクトグラムだっての」


 青髪が突き刺していた剣を俺に向け、黒髪の少女を守るように立ち上がろうとする。しかし立ち上がるだけでふらつくその体は、もはや限界であることが明白だった。

 いきなりモンスターなんて言われて突っ込み返しちまったが、ピクトグラムを見たことない奴が俺を見たら、まあ多少は、いや、でも俺は人々にわかりやすい優しいデザインのはずなんだが……いやいや、そんなこと考えている暇はなかった。


 危うく自分の存在意義を問う深い思考ループに入る直前で踏みとどまった俺は、先ほどまで2人が向けていた視線の先へと顔を向ける。

 俺に向けて2人がなんだこいつ、みたいな顔をしていたから背けたわけじゃない。ないったらない。


「げっ」


 2人の視線の先を追うと、一直線上の木々がことごとく倒されている。まるで何者かが通った後のように。

 そしてその倒木が途切れた先にいたのは……


「あのクソイノシシ生きてやがったか」


 俺をこの崖下へと突き落としやがったあのイノシシが前足で地面を蹴り、突進の準備を始めていた。

お読みいただきありがとうございます。


現在新連載ということで毎日投稿を頑張っています。

少しでも更新が楽しみ、と思っていただけるのであれば評価、ブクマ、いいねなどをしていただけると非常にモチベーションが上がります。

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