第14話 原住民との邂逅
さて戻ってきました異世界。目の前に広がるのは俺とともに紐無しバンジーをした木が無惨な姿で地面に倒れ込んでいる光景だ。
周辺の木々も巻き込んでいるので陽の光が差し込んでおり、俺が出た周辺の草々はこころなしか生き生きとしているかのように感じる。
「うん、入ったのと同じ場所に出る可能性がかなり高くなったな。しかし意外と葉っぱとか枯れてないんだな」
折れた木の枝から生えている葉っぱは萎れてしまっているのだが、それでもまだ殆どの部分が青々としており枯れたという感じはしない。
1か月も経てば、地面から水分も吸収できないわけだし枯れるだろうと思っていたんだが……
「俺の折れた木の葉の枯れ方に関する考えが間違っているのか、それともあっちとこっちで時の流れが違うのか」
うーん、とうめきながら辺りを見回してなにか変わったことはないか警戒する。
とりあえず近くに俺を襲ってきそうな生き物はいなさそうだが、あいつらいつの間にかやってくるんだよな。
「とりあえずその疑問についてはいつか検証するとして、計画通り動くか」
そう言いながら近くに生えている木によじ登っていく。崖の上に生えていた木々より若干細めだが、それでも節などの凹凸のある場所や枝を手がかりにすれば登るのは簡単だ。
いちおう非常口のマイホームでだらだら1か月過ごしていたわけじゃない。こっちに戻ってきたらどうしようかと色々シミュレーションを重ねていたのだ。
今、木に登っているのもその1つであり、その理由はもちろん枝の上に潜んでいるスライムを探すためなのだが……
「いないな」
木の上部まで登り周辺の枝を見回してみたのだが、肝心のスライムが見つからない。これは想定外だ。
マジか。1か月戻ったらどうしようか考えた挙げ句、その初手でつまづくのかよ。
考えていないのが悪いと言われればそうなんだが、今まではただ突っ立っているだけで落ちてきたし、なんなら木の上に登ったら5体連なっていたんだ。すぐに見つかると思うだろ。
「この森から脱出するにしろ、マイホームに帰るカードを手に入れるにしろスライムは必須なんだが……うーん、木が上から落下してきたから危険だと判断して逃げた、とかか?」
スライムがいない理由として最初に浮かんできたのがそれだ。
どんな生き物だって生命の危機がある場所からは離れるはずだ。半透明のジェル状の奴にそんな意識があるのか、とも思えるが、少なくともスライムは獲物を待ち伏せにする程度の知恵はあった。
危険を避ける程度の知恵はあると考えてもいいだろう。
するすると木を降り、落下の際になくしてしまった枝の杖の代わりになる物を探す。
しかしちょうど良さげな長さの枝はなく、仕方がないので2メートル弱はあろうかという長めの枝を折ってなんとか用立てる。
杖というより棒だが、少なくともなにかが襲ってきたときに振り回せば牽制程度にはなるだろう。
「さて」
崖の上から見た限り、この崖の反対方向に向けて歩いていけば街らしきものがある場所へたどり着けるはずだ。
かといっていきなりその方向に向けて歩き出すのは得策じゃない。今でこそ落下してきた樹木のおかげで視界が開けているが、森の奥へ進んでしまえば崖は見えなくなる。
そうなったら向かうべき方角を見失い、迷子になってしまう可能性が高いからだ。
「とりあえずここを拠点としてスライムを探して回るか」
落ちていた枝をさきほど登った木の根元に刺し、確認済みであることがわかるようにしておく。
そして俺は周辺にある木に片っ端から登っていったのだった。
周辺の木を登ってはスライムを探し、そしてまた降りるを繰り返すこと百回近く。
「はぁ、やっと10枚目っと」
スライムの核が光となって消えていき、落ちた非常口のカードを拾いながらため息を吐く。
スライム、全然いねえ!
どれだけ木を登ってもスライムの姿はほとんどなかった。体感で言えば10本登って1体見つけられれば御の字といったくらいの確率だ。
あまりにいなさすぎて当初に立てたカード10枚集めるって目標を諦めようかと思うくらいだったぞ。
「うーん、崖の上はそんなことなさそうだったんだが」
崖の上で木に登ったことはほとんどないので確証はない。しかし今と同じ確率だったとしたら5体がまとまって1本の木の枝にいる確率なんてありえないほど低いはずだ。
「ありえそうなのは崖の上とここで生息数が違うってところか。そういえばこんだけ1か所で留まっているのにイノシシもクマも来ないしな」
最初に落ちたところから少し離れてはいるものの歩いて数分程度の距離だし、この周辺の木を登ったり降りたりしているのでそれなりに時間がかかっている。
以前であればこれだけ長時間その場に留まれば、なにかしらの生き物が襲いかかってきていたはずだ。
俺自身、最初はいつ襲われてもいいように非常口のカードを用意していたのに、途中から面倒になって葉と草で編んだお手製バッグに入れたままだったし。
「まあ確かにあれだけ崖が高けりゃ、生き物が違ってもおかしくはないか」
俺が落ちた崖は垂直に切り立った50メートル以上のものだ。下から上に登るのは難しいだろうし、逆に上から落ちたら死んだり、大怪我を負ったりするはずだ。そう考えるとほとんど怪我らしい怪我をしなかったのはかなり幸運だな。
そんなことを考えながら拾ったカードを腰に提げたお手製バッグに収納し、ぐぐっと背を伸ばす。
まあスライムを倒せば非常口のカードが手に入るっていうのはほぼ確実になったし、上の森みたいに変な生き物に襲われることがないのはいいこ……
「痛っ!」
ヒュン、という音とともに飛んできた小石が頭に当たってぽとりと落ちる。そこまで痛くはなかったんだが、反射的に言葉に出るくらいの衝撃はあった。
足元に落ちた小石を見てみると……いや、結構大きくね? なんか普通にじゃがいもくらいの大きさがあるんだが。
慌てて当たった頭を確認してみるが、特に痛みは残っていないし怪我をしている感じもしない。石頭でよかったぜ。
「ゲゲゲ、ガガッ」
「クケッ、クケケガ」
そんな声のした方に視線を向けると、そこにいたのは緑の肌にボロの腰布をまとった背の低い人間らしき生き物が2人いた。
そいつらは俺の方を指さしながらなにごとか話しあっている。
いきなり石なんか投げてくんな、とは思うが、もしかしたらこの森は彼らの所有地なのかもしれない。そうなると不法侵入した俺が悪いってことになるしな。
「いや、勝手にここに来たのは悪いと思っているんだが、俺にもよんどころのない事情ってもんが……って、うおっ!」
なんとか事情を説明して友好的な関係を築けないかとチャレンジしてみたが、返ってきたのはさきほどと同じ投石だった。
俺がそれを慌てて避けていると投石しなかったもう1人が、刃先のぼろぼろな槍をこちらに向けて突っ込んでくる。
「グガケ!」
「いや、今のたぶん死ね! とかそんな意味だろ」
身長1メートルくらいの小柄な体で突っ込んできたそいつ、仮称、原住民の攻撃を軽くステップを踏んで余裕を持ってかわす。
ちょこまかとすばしっこそうではあるが、イノシシとかクマに比べればその速さは段違いに遅い。油断さえしなければ攻撃を食らうことなんて……
「痛っ!」
不意に背後から受けた鈍い痛みに思わず声が出る。
慌てて振り向いてみると、どこから現れたのかもう1人の原住民が俺の背中を棍棒でなぐっていた。
そいつのニンマリと三日月のように開いた口からは鋭い犬歯が見え隠れし、その顔には醜悪な笑みが浮かんでいた。
「くっくっく。不意打ちとはやってくれるじゃねえか」
もしかしたら俺が悪いことをしたのかもしれないし、下手に出て友好的な関係を築ければ森の外に出るのを手助けしてくれるんじゃないかと考えたのが間違いだった。
こいつの顔を見て確信した。
こいつらは俺がなにかしたせいで怒りを向けているわけじゃない。俺のことなんて、ただ罠にはまった獲物程度にしか思っていないんだ。
だが……
「喧嘩を売る相手を間違えたようだな。俺とお前らの間には天と地ほどの差が……差が」
襲ってくるなら容赦はしない。イノシシやクマと違って、こいつらと正面からやりあっても確実に勝てる。
そう確信していた俺だったが、しげみの奥からニョキニョキと生えてきた緑の頭に顔を引きつらせる。
その数は少なくとも20、30……いやもっといるかもしれない。
俺の明晰なる頭脳が即座に最適解を導き出す。
「三十六計逃げるにしかず!」
持っていた枝を大振りして原住民たちを牽制し、俺はきびすを返して脱兎のごとく逃げ始めた。
俺とあいつらの走る速さには天と地ほどの差があるからな。原住民たちもこれでよく思い知っただろう。
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