第13話 帰還方法
「おっ、カードが出たな。しかも5枚ってことはスライムを倒せば確定でもらえるってことか」
以前の俺、非常口のピクトグラムの描かれたスライムのカードを拾い、小さく笑う。
不可思議な現象ではあるもののもう2回目ともなれば慣れるし、崖からロープ無しのバンジージャンプをさせられた身としてはこの程度ささいなことだ。
「しかしスライムは出たのにイノシシやクマは出なかったんだよな。いや、あいつらはスライムと違って身が残ったし、そのせいか?」
スライムを倒すとジェル状部分も核も消えてしまって何も残らない。一方でイノシシとかは死骸が消えることなく残されていた。いや、消えたらそれこそどうなってんだって話になるんだけどな。
その違いもあるし、さらに言えばスライムは直接俺が手を下したが、イノシシたちは半ば事故のような形で倒しているという違いもある。
うーん、原因を探るには手がかりが少なすぎるな。しかし……
「はぁ、非常口に残したイノシシとかまだ腐ってねえよな?」
まだこっちに帰ってきてから1日程度だからそんな心配はないと思うんだが、愛しのマイホームが汚れるのは勘弁してほしい。
しかしそこに行く手段がわからない以上どうすることも……
「んっ、なんだこれ!?」
ふと視界の端に違和感を覚え、自らの手を見てみるとスライムから得たカードの1枚が光を放っていた。
明らかな異常現象に固まる俺をよそに、そのカードはパァンとその身を光の粒子へと変えると宙を舞い、そしてその光が地面に幾何学模様を描いていく。
「魔法陣?」
そんな俺の呟きを肯定するかのようにその光で構成された魔法陣は一際眩い光を放つ。そしてその光が収まった後、見覚えのある2メートル程度の大きさの扉が突如として出現した。
「非常口の扉? なんでいきなり現れて……いや明らかにスライムのカードだよな」
手の中に残された4枚のカードを見つめる。さきほどまで確かに5枚あったはずであり、その中の1枚が光に変わる瞬間をこの目で見ているので、原因はこのカード以外に考えられない。
もしかしてこのカードがマイホームへ行く鍵みたいな……
「な、なんだ!?」
持っていた4枚のカードのうちの1枚が先ほどと同じように光り始め、同じ現象を繰り返すかのように光の粒子に変わる。
そしてそれは再び扉の周囲の地面に魔法陣を描き出し、その結果
「扉が消えたんだが」
先ほどまであったはずの扉は、こつぜんとその姿を消していた。
なんなんだよ、いったい。
手の中に残っているカードは残り3枚。これまでの現象から考えてマイホームへ行くのにこのカードが関係しているのは間違いない。
考えてみれば最初に扉が現れたときも、スライムのカードを手に入れた直後だったしな。
カードをひっくり返したりして観察してみるが、俺の目にはなんの変哲もないカードに見える。
片面に非常口のピクトグラム、反対側にスライムのイラストが描かれているだけで、他に特殊な紋様とか、なにか押すボタンのようなものもない。
そのうちまた光るんじゃないかと待ってみたのだが、今のところそんな様子もない。
「んー、扉が現れて消えたから、次に出現するまでクールタイムがあるのか?」
カードを手に持っているという状況は変わっていない。以前1枚で同様のことが起こっていることを考えると、枚数がキーになっているということもないはずだ。
場所だって違うのに出現しているし、他に共通することなんて……重ねたカードをくるくると手の中で回しながら思考を巡らせていく。
「生命の危機を感じたときっていうのは共通するか? いや今回はそれが終わった後だったしな。うーん、前のときなんて死んだと思って愚痴を呟いたくらいしか……」
クマに襲われたとき俺はもう終わった、と諦めていた。逃げる余地さえなかったんだ。死を前にして俺は
「非常口の先が死地とか、だめだろとか言ったような記憶が……んっ?」
記憶を探りながらそう呟いた瞬間、俺の手の中のカードの1枚が輝き出す。直近で2回もあったため見慣れた感もある不可思議な現象を眺めながら、俺は確証を得ていた。
このカードが光る原因となっているのは言葉。そしてそのキーワードは
「非常……おっと、危ねえ」
思わず『非常口』と声に出してしまいそうになって慌てて言葉を止める。
これまで俺は扉を出現させようとか消そうとかいう意識なく言葉を発していた。つまりカードは純粋にその言葉に反応して発動すると考えたほうがいい。
現れた扉から視線を変え、手の内の2枚残ったカードを眺める。
「まだ確定じゃない。本当にそうだと確かめるなら単語だけを言って確かめて見ればいいんだが……」
残っているカードは2枚。またスライムを倒せば得られるとは思うものの、今の状況で安易に試すのは少しためらわれる。
スライムを探して倒し、カードを補充してから試すということも一案ではあるんだが
「もう疲れたしな」
はぁ、と息を吐いて歩き出す。
いきなり扉が現れてテンションが上っていたが、崖からダイブしたダメージと精神的な疲労は確実にあるのだ。
せっかくマイホームに戻れる扉があるんだ。しばらくあっちでゆっくりしても許されるだろう。
「まあ街に行く目処もついたことだし、ちょっと休養も必要だよな」
そう自分自身に言い訳しながらノブをひねって扉を開ける。そして振り返ってバキバキに破壊された周辺に向けて
「じゃ、また来る」
そう言い残して、扉の先へと一歩踏み出した。
ロープなしバンジーという生命の危機を乗り越え、マイホームに帰ってきてからはや1か月。俺は未だに一面の緑色が広がるマイホームでごろごろとしていた。
なんというか、まあ。安全な家っていいよな。
いや、クマやイノシシが腐り始めたら大切なマイホームが汚れて困るし、腐る気配があったらなんとか向こうに持ち出そうと思っていたから必要な期間だったんだ。
「しっかし、こいつら全く腐らないんだな」
ごろごろと横になっている俺の視線の先には、倒したときからほとんど変わらぬ姿で鎮座しているイノシシとクマがいる。
1か月も放置すれば少なからず腐り始めて、匂いなんかも出てくるような気がするんだが、もともとしていた獣臭以外感じられないのだ。
俺自身、別に腐ることに関して専門の知識があるわけでもない。ないんだが、いくらなんでもこれはおかしくないか?
「こっちの世界の常識まで侵食してくんなよ」
そんな風にぼやいたところで、もう死んでいるイノシシたちが返事をするわけがない。まあ生きていたとしても襲いかかってくるだけで、答えてくれるはずがないんだけどな。
「さて、1か月経ったしそろそろ行くか」
あえて言葉に出して自らの背中を押し、ゆっくりと立ち上がる。
なにかきっかけがないとこのままごろごろしてしまいそうだったので、ここに留まるのは1か月までと事前に決めていたのだ。
万が一のときにここを守ることのできる手段を見つけるという目標もまだまだ達成できていないしな。
「ここの仕事は任せた。次来るまでそのままの姿でいてくれよ」
イノシシたちにそう言い残し、俺は扉に向かう。返事はないがきっと奴らも仕事を全うしてくれるだろう。
なにせクマなんて非常口に駆け込むポーズを取ったまま微動だにしていないのだから。イノシシもその後に続いて駆け込む格好で動きもしないし。
まあ俺がこの1か月の暇にあかしてえっちらおっちらと動かして、そのポーズを取らせただけだから意味なんてないんだが。
「さて次は安全な日々が待っていますように」
そう願掛けをしながら俺はドアノブを回し、愛しのマイホームから危険に満ちた冒険の日々へと戻ったのだった。
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