第11話 森を進む方法
倒れた木々などのせいで少し広場のようになった森の中で、差し込む光に照らされながら俺は片膝をついて固まる。
なにかの登場シーンのように見えなくもないが、そんな格好の良いものでもない。ただ単に後悔して崩れ落ちているだけだからだ。
「はぁー、やっちまった」
地中にいるモグラにでも伝わるんじゃないかと思うほどの大きなため息を吐いて愚痴を漏らす。
当然そんな言葉に返してくれる奴なんているわけがない。それはわかってはいるが、愚痴らずにいられるはずがないだろ。
「肉ってどれくらいで腐るんだろうな?」
マイホームに残してきてしまったクマとイノシシの死骸のことを考えながら首を振る。
実験したことがないので確証はないが、長時間放置した死骸がたどる運命は1つしかないだろう。そう、腐るのだ。
腐ればすごい匂いが放たれるだろうし、色々な液体も染み出してくるはずだ。虫が大量発生するなんて事態も考えられる。
「時間で扉が出現するなら少なくとも半年後か。さすがにダメだろうな」
扉の出現理由がまだ判明していないのでどうなるかはわからないが、最悪の事態は想定しておくべきだ。
仕方ない。今度持って行くものリストに掃除道具も追加しておこう。
「よしっ」
パンパンと顔を両手で叩いて気分を変え、気合を入れなおす。
周囲に広がっているのは、俺が扉に入ったあの深い森の光景だ。
イノシシがなぎ倒していった木々が残っているし、地面にはわずかだがあいつらの口から漏れたであろう唾液が草について光を反射しているから間違いはないだろう。
つまり扉の出口は、前回の扉の入口と同じ場所になる可能性が高くなったわけだな。まだ1回しか経験してないから絶対にそうだとは言い切れないが。
「一歩前進はしたが……、さてどっちに行くべきか?」
改めて周囲の森を見回す。
イノシシが木々をなぎ倒したおかげでここは少し開けているが、どの方向を見ても同じような太い幹と広がった枝葉を持木々々が日差しを遮る深い森があるだけだ。
目印になるものはなにもなく、まるで森が俺を迷わそうとしているようにも感じられる。
「一定方向に進むことさえできればなんとかなりそうな気もするんだが、クマとかが襲ってくるんだよな」
さすがに人がいた以上、永遠に森が続いているなんてことはないはずだ。いや、アマゾンとかみたいに広大な森の一部を切り開いて村が出来ていたりする可能性はあるのか?
それだと見つけるのはかなり困難になるが、それでも人が往来する以上痕跡を見つけることくらいはできるよな?
「うーん、わからん。とりあえず一定の方向に進む方針で歩くしかないな。まあ疲れるわけでも餓死するわけでもないし、いつかなんとかなるだろ」
ピクトグラムの俺にとって、時間は大して重要ではない。これまでにこれをしなきゃ、という制限もない現状なのだから、ある程度適当でもきっとなんとかなるだろう。
おそらくイノシシの突進によって折れた杖として仕えそうな大きさの枝を一本拾い、それを空中に投げる。
くるくると回って落ちたその枝は、向かって右の方向を指し示した。
「よし、行くか。と、その前に……」
キョロキョロと周りを見回し、適当に2本の枝を見繕うと1メートルほどの間隔を開けてそれを地面につき立てる。そして投げて倒れた枝を再度拾い、杖代わりにして歩き始めた。
森が深く、日の光が地面まであまり届かないせいか草などはあまり生えていない。しかし、太い木の根が張り巡らされているので歩きにくくはある。
しばらく進んで歩いてきた道を振り返ると、俺の進行方向から見ればぴったりと重なって1本に見えるような場所に立てたはずの枝がばっちり2本とも見えていた。
ということは、木を避けたりしたせいで当初歩くと決めていた方向からわずかにずれているってことだ。
「うーん、森で真っ直ぐ歩くのがこんなに難しいとはな」
少し立ち止まり腕を組んで考える。
まだまだ歩いて20メートルもいかないくらいであるのに、角度としては5度くらいずれてしまっている。
イノシシやクマに襲われたせいだと思っていたが、意外と森の中を真っ直ぐに歩くというのは難易度が高いのだろう。決して俺が方向音痴というわけではないはずだ。
「こうなると、これまでぐるぐる回っていただけっていう可能性も出てきたな」
20メートルで5度のずれと考えると、もし同じ方向にずれていくと仮定して円を描く360度になるには72倍すればいいわけだから……円周1440メートル。
半径がrのとき、円周を求める式は2πrだから、えーっとざっと6で割って……だいたい240メートルってことになる。
意外と短いな。
もちろん机上の空論だし計算もいいかげんなものだ。同じ角度でずれるなんてことありえないし。
しかし俺がこの森を出られない要因の1つとして、真っ直ぐに進むことができていないっていうのは、結構大きいんじゃないかと推論できる。
「コンパスとかがあれば……あー、そもそも磁場があるとも言えないのか」
地球であればコンパスを指針に歩くことで一定方向に進むことはできる。しかしそもそもそんなものはないし、地球の磁場と同じものがここにもあるという保証はないのだ。
火星には磁場がないとかどこかで聞いたような気もするし。
「太陽を指針にできればいいんだけどな」
そんなグチを漏らしながら上を見上げる。そこには青々とした木々の葉が空を覆い尽くしている光景が広がっていた。
光が全く入らないというわけじゃないので、おおよそどちらの方向に太陽、いや地球じゃないから太陽じゃないのか? まあいいや。仮称太陽が昇っているのかは推測できる。
しかし朝や夕方はともかく、時間の長い昼や夜はあてになるものが……べちゃ。
落下してきたヌルヌルとした感触の何かが顔を覆う。同じことが2回起きれば驚きもあまりない。
両手でこそぎ落とすように顔に張り付くスライムを払うと、地面に落ちた緑色のそれは、ベチャッとその半透明の体を地に広げた。
「はぁー、またかよ。木の枝から襲いかかるのがこいつらの習性なのか? 弱っちいのにそんなことしたって……いや、意外とありなのか?」
俺はたまたま手が使えるから顔に飛び乗ったスライムをすぐに振り払えたが、イノシシなどのように顔に手足が届かない生き物は少なからずいる。
そういった奴らの顔に張り付いてその顔を覆い、呼吸できなくさせてしまえばワンチャン倒すこともできるかもしれない。
「半透明の緑色の体で森に紛れ見えにくくしているのも、進化の結果なのかもな」
そんなことを考えながら、地面に落ちたスライムを眺める。
べたっと地面に広がっていたジェル状の部分が核の部分に向かって集まっていき少しずつ楕円形の形になっていく。俺の顔にわずかに残っていたジェルも、それに加わるかのように顎先に集まり地面に落下していった。
うん、特に顔がひりひりする感じもないし、やっぱりスライムに関してはそこまで注意しなくてもいいな。
「さて、倒せばまたあのカードがもらえるかな?」
先程襲われたときのどさくさで、スライムのカードはなくしてしまった。街でならお金などと取引が可能なものかもしれないが、こんな森でカードなんて持っていても意味はない。
だがなんとなくカードを集めたくなっちゃうんだよな。今まではそんなことなかったんだが、これがコレクター心ってやつか。
杖代わりにしていた木の枝を構え、スライムに近寄っていく。そしてゆらゆらと揺れるその核に向け枝を振り下ろそうとし……その寸前で俺は動きを止める。
「あれっ、これって使えるんじゃね?」
ぷるぷると震えるスライムに、俺は1つの可能性を見出していた。
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