第1話 日常のその先へ
新連載始めました。
考えてみれば俺の人生はついていないことばかりだった。
山に行けば落石にあい、海に行けばサメやクラゲに襲われる。
電車やエレベーターのドアに指を挟んだことは数しれず、凍結した地面に滑って転ぶことなど日常茶飯事だった。
工事現場など様々なところで働いてきたが、ちらりと注意を向けられることはあっても、それを評価されたことなどほとんどない。
話しかけてくる同僚すらいないのだから当然かも知れないが。
それは仕方のないことなのかもしれない。俺はそういう生き方しかできないのだから。
(本当に?)
頭の中によぎった自分とは違う何者かの声に驚きつつも、きっとそれも自分の妄想なんだろうと諦める。
諦める? 最初から期待などしていないはずなのに何を諦めるというんだ?
少し混乱してきた頭を軽く振り、無心につとめ、視線の先にあるいつもの扉を眺める。開いた扉のその先に何が待っているのか俺は知らない。扉に入る一歩手前でいつも止まっているのだから。
もしこの扉の先に進めば何かが変わるんだろうか。そんな考えが頭に浮かぶが、それは俺のなすべきことじゃない。ここに留まることが俺の役目なのだから。
(本当に?)
どこか幼子のように無垢な声が聞こえたような気がして周囲を確認してみたが、いつもどおりの雑然と物の置かれたこんな場所に子どもが来るはずがなかった。
いよいよ妄想がひどくなったか、と考えながら再び開いた扉に視線を戻す。
いつもどおりの扉のはずなのに、それはなぜか俺を歓迎しているように見えた。
「いよいよダメかもな」
そんなことを呟き、ため息を吐く。このビルの完成と同時にここに来て、数十年。俺はずっとこの場所を守り続けてきた。
特に大きな問題を起こすことなく、人知れず地味にずっと仕事をこなしてきた。ここまで休みなく働いてきたんだからもう十分だろう。
そう考えると、どこか肩の力が抜け、自然に笑みが浮かんでくる。
「せっかくだし、最後に扉の先へ行ってみるか。新たな冒険の日々が俺を待っているかもしれないしな」
そんな冗談で自分の背中を押し、凝り固まった体をほぐすと、俺はこれまで見るだけだった扉に向けて一歩足を踏み出す。
そして白い光に包まれたその扉の先へ向け、俺は飛び込んでいったのだった。
ある雑居ビルの4階。
3、4階と2フロアを借りた企業が階段付近の部屋を除いて荷物や書類置き場として使っているため、あまり人も来ないサブフロアの廊下の奥。そこにはビルの外に設置された非常階段に続く扉があった。
その天井付近には非常口を示す誘導標識が淡い光を放っている。しかし本来そこにいるはずの非常口に逃げ込む人のピクトグラムはなく、真っ白な入口だけが白い光を放ちながらぽっかりとその口を開けていた。
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新連載ということでしばらく毎日投稿を頑張るつもりです。
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