555 宿の人たちとぼったくり医者 災難に遭う
料亭近くで見張っている宿の尾行の人たち。なかなか尾行している宿泊人たちが料亭から出てこない。痺れを切らして料亭に向かおうとした時、やっと宿泊人たちが料亭を出て来た。ぼったくり仲間の店である。一人が首尾を聞きにいった。
亭主がぶったくられたというのみであった。内容は話してくれなかった。よほどのことがあったのだろう。見かけによらず怖い方達なのではないかと尾行人。
ぶったくりの話を尾行人同士でして連中から少し目を離した。見当たらない。慌てて探すも影も形もない。尾行は失敗である。
尾行人が宿に戻ると支配人室から客室係が数人這って出て来た。
「おい、どうしたんだ」
「軽いと思って客のリュックを中腰で持ち上げたらびくともしない。腰をやってしまった」
支配人は不機嫌だろうなと思ったが、失敗仲間がいるからいくらか気が楽な尾行人。支配人室に入る。
「どうだった」
「料亭がぶったくられたそうです」
「どのくらいぼったくったんだ」
「いや、ぶったくられたそうです」
「なんだと。とられたのか」
「はい。詳細は口をつぐんで言いませんでした。よほど恐ろしい目にあったのでしょう」
「女子供だぞ。一人男の大人がいたがぼやっとしていたぞ」
「どうなっているのか全くわかりません。ぼったくり仲間でいつも戦績を自慢しあっている奴らが口をピタッと閉ざしていました」
「なにがあるんだ。連中が帰って来たら部屋を覗き穴から覗け」
「わかりました」
尾行失敗は有耶無耶になり叱責されずにほっとした尾行人。持つべきものは失敗したぼったくり仲間である。
暗くなってから宿泊人が戻って来た。
カウンターに寄ったが、一同ご機嫌である。さぞかし料亭から大金をぶったくったのだろうと支配人。
こっちは覗き穴から秘密を探って脅かしてお金を巻き上げる。楽しみだ。でも待てよ。なんでリュック如きがぎっくり腰を起こすほど重かったのだ。ぎっくり腰は重さに関係なく姿勢が悪いとなるという話もあるからそれかも知れない。覗き穴に期待だ。
失地回復を期す尾行人、今度は覗き人である。二重壁の中に入って行く。覗き穴の場所についた。よく見えない。覗き穴に目を押し付ける。何やら目が痒くなって来た。反対の目を押し付ける。また痒くなった。
交代と手で相棒に合図して交代した。目が痒い。
相棒もすぐ覗いていた目が痒くなくなって来たようだ。反対の目で覗いている。我慢ができなくなって来た。相棒も瞼を掻いている。
手で合図して引き上げる。痒くて痒くてたまらない。いくら掻いても痒みが止まらない。掻いている時は痒みを忘れる。結局掻き続ける。ほとんど前が見えなくなった。手探りで支配人室に入りこむ。
「どうしたんだその目は。瞼が血だらけだぞ。おい掻くな。血が出ているぞ」
「それが掻かないと痒くて痒くて我慢できません」
「どうしてそうなった」
「わかりません。覗き穴を覗いたら痒くなりました」
「医者に行って来い」
「ぼったくり医者しかいませんが」
「ぼったくり仲間値段でやってもらえ」
目を腫らした覗き人が出ていった。
代わりにぶったくり宿泊人の女三人が支配人室に入って来た。いや押し入って来た。
年嵩の女がニコニコしている。
「こんばんは」
「なんでしょうか」
「いえね。大したことじゃないんですが、部屋の壁の向こうにネズミがいたらしくて」
身構える支配人。
「故郷にネズミ退治の妙薬がありましてね」
「それがどうしました」
「ネズミが開けた穴に塗っといたんですよ」
さらに身構える支配人。
「よく効く妙薬でしてね。ネズミの目が痒くなって、瞼を掻くのですが掻き続けないと痒くて痒くて気が狂いそうになって、やがて瞼が破れ目の玉まで掻き出すという秘伝の薬です」
ゴクッと唾を飲み込む支配人。
「ただ世に出ないのは副作用がありましてね。痒みが人に伝染するんです。触らなくても近くにいるだけで痒くなって来てしまう」
なんとなく瞼が痒くなって来た支配人。だんだん痒くなる。思わず掻いてしまった。見られた。
「特効薬がありましてね。だいぶお高いのですが」
我慢できなくなって来た。瞼を掻き続ける。砂金の小袋を取り出した。
黙っている。足りないのだろう。中袋にした。
黙っている。
大袋にした。瓶を差し出される。
ひったくるように瓶をとって飲んだ。たちまち痒みが治った。
人心地がついてふと見ると瓶と砂金の大袋が消えていた。
「部下の方も危ないんじゃないでしょうか」
支配人室に三人なだれ込んできた。言わずと知れた血だらけ瞼の覗き人とひっきりなしに目を掻いている医者だ。医者が喚く。
「何をしたんだ」
覗きはしていないという建前があるから答えられない支配人。
医者に胸ぐらを掴まれた。
「特効薬がある。砂金大袋一袋だ」
「そんな薬は聞いたことがない」
「俺には効いた」
「「支配人」」
部下の声が尖っている。
支配人は砂金の大袋二つ出した。
女から瓶が差し出される。
「それだ」
覗き人二人は瓶をひったくって飲んだ。嘘のように痒みが引いて行く。
医者がそれを見ていった。
「おい、支配人」
こちらも声が尖っている。
支配人は砂金の大袋をもう一袋出した。
医者が出された瓶をひったくって飲む。あっという間に痒みがなくなった。
砂金の大袋と瓶は消えていた。
「それではみなさん。ごきげんよう。そうそう、まだ秘伝の妙薬はたくさんあるのよ」
「わかっているわね」
若い女がにこやかに言うが目は笑っていない。背筋が寒くなる。
「誰にも何も言いません」
4人が誓った。
女たちが部屋を出ていった。
「おほほほ。おーっほほほ」
年嵩女の高笑いが聞こえた。
「ぶったくられた」
支配人がポツリと言った。
「一泊だったな。早く出ていってほしい。明日は追加料金を取るなよ。何があっても只で出ていってもらえ。明日は満室だ。ぶったくり女は部屋はとれない。わかったな。フロントによく言っておけ」
「承知しました」
「そういえば料亭の男が足裏を腫らして診てくれとやって来たが何か知っているか」
「料亭もぶったくられたらしい」
「あいつは足裏を切って膿を出したが治ってもまともには歩けまい」
「俺たちは特効薬で助かった。言うまでもないが誰にも言うな」
「わかっている。目の玉まで痒くなったのではたまったものではない」
エリザベスさんが楽しそうに報告してくれた。
もういいだろう。ジェナが覗き穴の周りに塗った液体の効力を消した。
それでは街の外の森の中に転移。アーダが文句タラタラで服から出てきた。よしよしいい子だ。みんなで遊んでやる。機嫌が治ったところで空き地にスパ棟を出してお風呂と食べ損なった夕食だ。ゆっくり就寝。




