529 岩塩都市サルメウムを通過するつもり
山の上で一泊した行商人たちが緑の平原側と岩塩があるという方へそれぞれ降っていく。山の麓では山道を登り始めただろう。
僕らはもちろん岩塩側に降りる。途中何台も登ってくる荷車とすれ違った。交易が盛んということだろう。
岩塩側を見るとこちらは緑の平原に比べ標高が高い。乾燥地帯のようだ。かなりの起伏がある。木はほとんど生えていない。生えていても背が低い。山は岩塩側は急峻となり、坂道は葛折だ。直線距離は短いが葛折のため結局麓に着くまで半日弱かかった。こちらも麓に街があった。
観察ちゃんから昨日野宿した広場のその後の報告があった。‘テントが二張り広場に残されていて、誰もいない。荒らされてもいない。半日たったら撤去すると広場を管理している3軒の宿の主人が決めた’とさ。
多分長逗留はなく一晩がせいぜいなのだろう。だから半日で撤去なのだろうね。行方不明ということになるのだろう。
街に入る荷車が並んでいる。順番が来るまでの間、列に並んでいる人にいろいろ聞いた。親切に教えてくれた。
「岩塩はどこで取れるの?」
「この街から半日ほど行ったところにサルメウムという街があって、その街の中に岩塩を掘る鉱山の入り口がある。街の警備は厳しい。何かあるとすぐ捕まる」
「鉱山じゃ掘るのに大変そうだ」
「深くなったのでさらに大変になった。だから、微罪でも捕まえて、坑夫にしてタダ働きで掘らせている。今から入るこの街を出たら旅人は少しの事で犯罪者にされる。なるべく早く岩塩の国を出たほうがいい。国は狭い。岩塩都市の名が国の名前になっているくらいだ。岩塩都市から半日進めば国境だ。関わらない方がいい」
「塩はどうやって売っているの?」
「街の外に塩商人組合の事務所と倉庫があり、そこに鉱山の連中が運んでいる。連中はその組合に売るだけだ。連中も売れなくては困るから塩商人と行商人は捕まえないし、彼らも街には入らない」
「なんだか大変だね」
「塩商人はテッサニアの王都までは行商に出る」
「テッサニアとは?」
「テッサニア王国と言って、こちらから行くとサルメウムを通って隣だ」
「その先には行かないの?」
「塩商人は卸だけだ。例外的にテッサニアには売りに行く。その先からは塩を買い付けに塩商人組合まで行商人がやってくる」
「捕まらないの?」
「昔からのお得意だからな。それに行商人を捕まえたら商売にならない」
「なるほど。森の平原側の街までは誰が運ぶの?」
「俺たち行商人だ。テッサニア方面で品物を仕入れ、岩塩都市の塩商人組合で塩も買い付け、山を越えたところの街で森の品物と交換をする。そしたら戻って来て、森の品物は岩塩都市の前を素通りしてテッサニアから売り始める。帰りは調味料などを仕入れながら戻って来て塩も仕入れて山を越え街へ行く。その繰り返しさ。塩を岩塩都市から直接仕入れて山を越えて緑の平原に売って歩く行商人はいない。緑の平原の人は山を越えるのを嫌う。こちらまでは来ない」
徐々に進んで僕たちの番だ。
ここでも狩人組合の組合員証が役に立った。
組合員証を見せたらすんなりと通してくれた。役にたつ組合員証だ。一年たったら会費を払って更新しておこう。
山の麓の緑の平原側の街は活気があったがこちらの街には活気はない。テッサニアと言ったか、そっち方面からの行商人が通過したり宿泊したりするだけのようだ。
お昼は数少ない屋台で食べた。岩塩の採掘場も見たくなったがこの国はさっさと通過しよう。
岩塩側の門に行く。なんだか厳しそうだ。順番が来た。
エスポーサにやってもらおう。
「身分を証明するものを出せ」
狩人組合の組合員証を出した。
「ふん。いいだろう」
「何しに行く?」
「この国の先へ行こうと思います。この国は通過させていただくだけです」
「荷車はなんだ。不法に手に入れた岩塩を運ぶのか」
「岩塩?いいえ。こんなに小さい子が多いので乗せて引いています。まさかこんな小さな子をずっと歩かせろとでも言うのでしょうか」
少しエスポーサの雰囲気が変わる。
「い、いや。そういうわけではない」
「他に何か?」
「無い」
「では通ります」
「・・・・・」
無事に門を通過。この国はさっさと通過しよう。
山と反対側へ行けばいいんだな。それらしい道がある。時々荷車を引いた行商人に出会う。小さな集落はあるが門や柵はない。通過する。夕方になったので道から外れてテントを出して野宿。岩塩都市サルメウムはすぐ先だ。
朝になった。道は門前の塩商人組合の前を通って国境へ通じているらしい。テントを収納し、さっさと通過しよう。
「待て」
門から門番が走ってくる。
「私どもでしょうか?」
エスポーサが返事をする。
「そうだ。お前らだ」
「何かご用でしょうか」
「逃げるように走っていたな」
「急いでいただけです」
「取り調べる。こっちに来い」
「行きません」
「なんだと」
「聞こえなかったかしら。行きません」
「来なければ逮捕、鉱山送りだ」
「できるかしら」
「捕まえろ」
「でも強そうですぜ」
「鉱山監督人頭を呼んで来い」
「時間がかかるわね。付き合ってられないわ。じゃあ」
「待てと言うに」
門番がエスポーサの腕を掴んだ。
「痛いわね」
街から体格の良い連中がやって来る。
「ちょうどいいところへ。この男に暴行されたわ。暴行魔よ。捕まえて。鉱山送りよ」
「お前。暴行したのか?」
「違う。違う」
「ギューギュー腕を握っているではないか。離せ」
「痛い、痛い。暴行魔よ。助けて」
塩商人組合からも人が出て観客となって周りを取り囲んでいる。初めて気がついた門番。手を離そうとするが離れない。ギューギュー握りしめている。慌てて離そうと腕を振った。
「あれー。暴行魔に腕を折られるー」
エスポーサが盛大によろけて転んだ。門番が馬乗りになってしまった。勢いで腕を掴んでいない左手が胸に伸びる。
「キャー。痴漢。変質者」
門番の手が胸に触る前にブランコが突き飛ばした。
「何をする」
ブランコを街の中からやってきた男が咎める。
「旦那よ。変質者に襲われた妻を見ていろと言うの?助けに入るのが当然でしょう」
「それはそうだが強すぎたようだ」
門番は突き飛ばされて気絶している。
「私の全治二週間の怪我と相殺でいいわ」
街から出て来た男は、それはこっちが決める事だと思ったが、こいつら面倒くさいと思って返事した。
「わかった。行って良い」




