719 棚田の塩田 (下)
翌朝、村がざわついている。テントまでざわめきが聞こえる。
観察ちゃんが教えてくれます。
棚田の上方に湧水が湧き出るところが一箇所あって、そこから塩水が湧いていて棚田を巡っているのだけど、それが止まって村は大騒ぎになっている。
間も無く静かになった。みな塩田に行ったのだろう。
僕らも行ってみよう。
その前に朝食はしっかり食べる。お狐さんは戻って行った。
「おはようございます」
「ああ。昨日の坊主か。人数が増えているな」
「何か手伝えるかもしれませんので行ってみます」
「お前さん達なら何か手伝えるかもしれん。すまないが行ってくれ」
棚田の間に細い水路が巡っている。その両脇を使って歩くらしいが、僕らは棚田地区の途切れたところにある道を登って行こう。
棚田の頂上に多くの人が集まっている。問題の湧水口があるところだろう。
長い棒を湧水口に入れている。
「だめだ。水が出てこない」
「地震で塞ったか。水が出なければ塩田はおしまいだ。もう一度やってみろ」
再び棒を入れている。
「さっきより中に入らなくなった」
「お手伝いしましょうか」
「なんだ坊主。どこから来た」
「下から上がって来た」
「それはそうだがお前らに手伝えることはない」
「この小さい子に行ってもらおうかと思って」
掌の上の観察ちゃんを見せる。
「そんな小さいやつに何が出来る」
「でも小さくなくては穴に入れないよ」
「それはそうだが」
「棒でだめだから打つ手がない。だめ元でやってもらったらいいんじゃないか」
「今より悪くなることはないか。坊主、すまないがやってみてくれ」
「いいよ」
集まっていた人が道を開ける。
湧水口は小さいね。30センチほどの穴だ。
「ここ一箇所しかないの?」
「そうだ。この棚田塩田の命だ」
「じゃ行って来て」
観察ちゃんが掌からポンと降りて湧水口に入っていく。すぐ湧水口の出口に土が運ばれてくる。
「土を片付けてくれませんか」
「わかった。おい、やるぞ」
土の片付けを続けるとやがてちょろちょろと水が流れて来た。最初は泥水だったけどすぐ透明になって途切れる事なく流れて続けている。
「おお、水だ」
集まった人から大歓声が湧き起こる。
「このくらいの水の量でいい?」
「ああ、十分だ。あまり多くても塩田が水浸しになってしまう」
「観察ちゃん、もういいよ」
泥だらけになって観察ちゃんが出て来た。
竹水筒の水をかけるふりをして汚れ飛んでけだ。
ぴょんと掌の上に飛び上がって来た。
『シン様、シン様。穴の周りを固めて来たよ。穴の奥は岩になっていて岩の隙間から水が滲み出て来ていたよ』
『そうか。ありがとうね』
湧水口からは透明な水が流れ続けている。
「ありがとう。ありがとう」
集まった男達は観察ちゃんを拝んでいる。
観察ちゃんが照れている。
「おーい。村の広場で宴会だ」
「おー」
男達は下へ駆け降りていく。水が出たとの知らせと宴会の準備だろう。
「坊主。名前を聞かせてくれ」
「シンだよ。穴を直したのは観察ちゃん」
「ありがとう。お付きの人もありがとう。宴会に出てくれ。下に降りよう」
一部の人は水路の手入れをしながら下に降りる。僕たちは登ってきた棚田地区の脇の道を降りた。
村の広場ではすっかり宴会の準備が出来ていた。
「皆の者、過去一度も止まったことのない我らの命の湧水が地震で止まってしまったが、このシン様と配下の観察ちゃんのおかげで湧水が復活した。この御恩は子々孫々伝えていこう」
拍手がわき起こる。
「では一言シン様にお願いしよう」
ええ。いいのに。
「僕たちは東の方から来ました。西の方で塩が取れるというのでどうやって取っているのか興味があったのでやってきました。山の鞍部を超えて国境警備の人に教わり、こちらを見ると山の斜面が真っ白で驚きました。村に近づくと棚田が見え、棚田の塩田は初めて見ました。小さな棚田がたくさんあり、皆さんの努力で維持管理しているのを見て感動しました。これからも仲良く棚田を大切にしてください」
「ありがとう。では乾杯だ」
「かんぱーい」
しばらく宴会に参加して、宴たけなわになったのでこっそり山の鞍部付近に転移した。
国境警備の人が建物から出てきた。
「こんにちは。僕らは帰ります。それからこれは芋です。下の村に持っていって畑で栽培してください。丈夫な芋ですので、多少土に塩分が入っていても元気に育ちます」
袋一杯の種芋を進呈した。
「これはすまないな。もうすぐ交代だから交代の時下に持って行こう」
その頃下の村では、
「あれ、シン様たちがいない」
「どこにもいない」
「シン様は山の神なのだろう。そうでなければあの湧水口の修復はできないだろう」
シン様一行は山の神様とその眷属になってしまった。またシン様からもらった芋は飢饉でも変わらず豊作で村を救った。
後に村の広場にはシン様一行の像が、湧水口には湧水口を守るように観察ちゃんの像が置かれ、村の守り神、塩田の守り神として尊崇を集め、お供えが絶えたことがない。




