709 ローコーは新国王に情報を売る
新国王の近習が寝室に来た。
「宮殿の門に、前国王陛下に丸薬を売ったという老人がやって来ていますが如何いたしましょう」
「連れて来い。事情がわからないから丁重にな」
近習に案内されてローコーがやってきた。
「これはみなさんお揃いで。エチゼン ローコーと申します」
「ああ」
「やや。そこに伏せっておられるのは国王陛下のように見受けられますが」
「今退位した。前国王だ」
新国王が対応する。
「さようですか」
「貴殿の薬でこうなったのではないか」
「あれはあれに効く薬ですが、励みすぎるとこうなってしまいます。お励みにならないようにと申し上げておいたのですが。侍従どのそうだな」
鋭い眼光に射すくめられた侍従、思わず答えてしまった。
「ええ、はい。くれぐれもお励みすぎないようにと最後におっしゃったと記憶しています」
「残念です。己の欲望を制御できなかったのでしょう。欲望を制御できれば大変良い薬なのですが」
「それで爺さん、何しにきた」
「国境方面の情報はいかがと思いましてな」
「今度は情報屋か」
「もともと商会を営んでおりまして、なんでも扱っております」
「どんな情報か」
「現在の両軍の状況、隣国の政治状況、今後の見通しなどでしょうか。必要でしたら隣国と和平の仲介を致しますが」
「なぜわかる」
「隣国を通ってこちらにやってきましたからな。それに手のものもいますれば。ただで一つ情報を差し上げましょう」
「ただだな」
「はい。ただより高いものはないと申しますが、そのようなことはございません。全くのただです」
「聞こう」
「軍を率い、王都を進発して行った将校さんですが、今朝、精も根も尽き果てて、副官に馬に縛り付けられ王都に向かっています」
国王と取り巻き連中の状態を見るにありそうだと思った一同。念の為国王が侍従に聞いた。
「将校は丸薬を飲んだのか」
「はい。陛下が代金を支払い、その場で皆で一錠づつ飲みました」
「それは誰でも予想がつくことだ。情報代を払うような情報にはならぬ」
「はい。まことに。ではもう一つ。将校がダメになった結果、好戦派200が国境に向かい、残りの兵はそれぞれの故郷の街に向かいました」
「なんと。本当か」
国王が将軍に向かって聞いた。
「まだ情報は何も入っていませんが、我が軍は街単位の部隊の寄り集まりと、王都の軍とで構成されています。数日来、国境方面の街出身の部隊が集団脱走していました。出兵したのは500ほどですが、ローコー氏の情報の200というのは王都の職業軍人の一部、好戦派と思われます。平仄はピッタリと合います」
「情報を買おう」
「毎度あり。お安くしておきます。何の情報をお求めでしょうか」
「国境を守っているという異国の兵について知っているか」
「はいもちろん」
「教えてくれ」
「背景を含め一通りでしょうか、それとも兵の情報だけでしょうか」
「一通り知っていることを全部教えてくれ。情報料は支払う」
「そうですか。まず隣国はご存知と思いますが国王と侍従長が国を牛耳っていました」
「ああ、そうだ。それには情報料は払わんぞ」
「もっともです。では情報料が生じる情報をお話ししましょう。国王と侍従長は亡くなりました」
「まったく知らなかった。それで」
「国の体制が変わりました。国王に子はなく、国王は立てず、集団指導体制となりました」
「まさか」
「確かに子はありませんでした」
前王妃の発言だ。
「これは有料情報ではありませんが、こちらの前国王の、王子を送り込んで国王とするという目論見は成立しません」
「そうだな。だが何故知っている」
「情報を扱っておりますれば」
「そうか」
大変怪しい爺さんだが情報は正確だと一同思った。
「次も情報料が発生しますが」
「細かいな」
「商売ですから」
「続けてくれ」
「隣国の視点です。国王が亡くなった時点で、隣国の兵は500、こちらは1000ほどと見込まれました。もし1000で攻めて来られると国境は突破されてしまうことが予想されました」
将軍が「確かに1000はいた」と発言する。
「そこでたまたま一連の出来事に居合わせた旅の方が、辺境伯率いる国境の兵を鍛えることになりました。鍛える間、国境の守りが疎かになりますので、旅の方がさる国から、女王陛下以下、精鋭500ほどの兵を借りてきました」
「なんと、なんと。まことか」
国王はじめ一同驚いた。
「たまたま居合わせた私どもが国境を抜け、この国の街に入り、その話をしたところ、街の方が国境を見に行き、精鋭部隊が守っているのを見て仰天し、この国の軍が進軍してきても城門を閉じ、関わらないこととしました」
「なんと」
もはやなんととしか言えない国王一同であった。
「続けましょうか」
「もちろん。料金は支払う」
「では続けましょう。その街から情報が近くの街へと次々広がり、皆国境の状況を確認し、勝てないと確信して城門を閉じることにしました。そして負け戦に従軍して、負傷、戦死しては何にもならないと思った街衆が街の出身の部隊に連絡をとり、部隊は集団脱走をしました。皆出身の街に帰りました」
「確かに国境付近の街の部隊が引き上げた。今思うと引き上げた部隊が情報を仲間に伝えたのだろう。引き上げた部隊と一緒にいた部隊からも脱走者が相次いだ」
将軍は自分も情報を流したのはとぼけて補足する。
爺さん、将軍を見て少し口角を上げた。
知られていると将軍は思った。
「かくしてこの国の軍はほぼ崩壊しました」
「そうだ」
簡潔な将軍の発言だ。
「それで国境は今も借りてきた精鋭が守っているのか」
「いいえ。女王以下の精鋭部隊は引き上げました」
「今は誰が守っているのか」
「旅の方の配下の者に鍛えられた辺境伯の軍隊1000が守っています」
「待て、兵は500ではなかったか」
「家族も鍛え、優に1000は超えています」
「家族も戦うのか」
「はい。当初こちらは兵1000でしたから、500では兵が少なく、家族も訓練に参加してもらい、兵数は約1000となりました。がっぷり四つですな。もっともこちらの軍が瓦解、今は200ですから、元の500の兵でも隣国の方が多いということになります。あっさりとうっちゃられますな」
「兵を訓練したと言ったが短期間で強くなれるものか?」
「スパルタで鍛えますれば10日もあれば人類最強軍団並みが出来上がります」
「では兵200は負けるのか?」
「必敗です。隣国の兵は多少の怪我ぐらいで損失は無いと思います」
「隣国の兵はこちらに侵攻してくるのか?」
「来ません」
「何故断言出来る」
「メリットは何もありません。こちらも王子を国王に押し込んで隣国から搾り取ろうとしただけで、国王の地位を得られないとなれば侵攻しようと思わなかったでしょう」
「そうだな」
「お互いさしたる産業もなく、自給自足経済でしたから侵略しても一時の収奪が終われば荒廃した国土、疲弊した民が残るのみ。反乱を恐れ軍を増強すれば本国も疲弊する。共倒れですな」
「その通りだ。一時の利に目が眩んだ欲深の連中以外侵略しようと思わないだろう」
「失礼ながら欲望を制御できなかった前国王とその取り巻きは国を、国民を危機に陥れましたな」
「その通りとしかいう言葉を持たない」
「では情報料をいただきましょうか」
「いくらだ」
「言い値で結構」
「夜の薬はいくらだった」
「5人分で砂金大袋10袋でしたな」
「砂金大袋20袋でどうだ」
「10袋で結構。10袋は民のためにお使いください」
「すまぬ」
侍従が出て行った。砂金大袋を10人で運んで来た。
ローコーは天秤棒を出し、砂金大袋を括り付け肩に担いだ。
「今200人は数人を残し全滅した」
何故わかると思ったが聞けなかった。
「サービスしておきましょう。こちらから侵攻する意思はないと辺境伯に伝えておきましょう」
「頼む」
「もし裏切ったら空から火球ですぞ」
天秤棒をひょいと担いだと思ったら消えた。
一同言葉も出ない。
将軍がつぶやく。
「もしかしたら」
国王が続ける。
「そうかもしれん」
「将軍、軍を直ちに掌握。ほぼいないだろうが。今回の侵攻は過ちであり、侵攻を理由に脱走したものの罪は問わない。我が軍は他国に侵攻しないと全軍に周知しろ」
「新国王は、国王が仕掛けた隣国への侵攻は誤りで、国王は責任をとって退位した、新国王にはお前がついたと公表せよ。隣国に謝罪の特使を派遣しろ。お遣い様の話では隣国の被害はわずかのようだ。なんとかなろう。急げ。火球が落ちてくるぞ」
前王妃の言葉に一気に王宮は動き出した。ローコーはお遣い様になってしまった。




