700 ローコー一行は隣国の兵から情報を得る
辺境伯の砦の門を出たローコー一行。ローコーが事情を説明して隣国への深い谷間の細い道を歩いて行く。
ローコーがつぶやく。
「これは荷馬車一台がやっとだな。しかも草が生えていて道もよくわからない。うっかりすると谷川に落ちるぞ。誰が通っているんだろう」
「塩の道じゃないでしょうか」
「そうですね。これでは大軍だとなかなか進軍に時間がかかりますね」
ユリアーナもそう思うらしい。
観察ちゃんが道を曲がった先に隣国の軍人が数人潜んでいると教えてくれます。
そうかい。それでは色々教えてやろう。
軍人が潜んでいる場所に声が届くところでローコーがヴィーラントに話しかける。
「そういえば、国王陛下に秘薬のアレを勧めたのだが」
「お買い上げいただけましたか?」
「そりゃあ、お前。いついかなる時でも一本飲めば一晩中元気の青毒蛇ドリンクだ。もちろんお買い上げいただいた。もう試したかなあ」
「国王陛下もこの頃はだんだんご無沙汰が多くなって、後宮に行くのもトボトボと歩いていくと噂でしたが」
「まだ話してなかったがこの前薬師が丸薬を開発してな。それは滋養強壮薬とうたっているが、その実、滋養強精薬でな。こちらは毎日一粒飲めば10日すぎたあたりから元気溌剌毎日でもだ。ただ一日二、三回だな。青毒蛇は一晩中だがしばらく役に立たない。どちらがいいか悩みどころだ」
「何の話でしょうか」
ローザリンデが聞いた。
「お前には関係ないの。元気のなくなった爺さん連中の話よ」
偵察隊はしっかりと聞いた。
「おい。今の行商人連中の話を聞いたな」
「聞いた。もし本当ならお困りと噂の陛下へ知らせれば褒美が出るぞ」
「俺たち全員の手柄としよう。五人いるから尾行班一人、注進班一人、砦監視班三人。尾行班と注進班は山あいの谷を抜けるまで一緒に尾行、谷を抜けたら注進班は爺さん一行を抜いて王宮を目指す。でどうだ」
「抜け駆けされては困るだろう」
「では書面3部作って各班が持っていよう」
抜け駆け対策の書面を作った。尾行班と注進班が尾行を開始した。
観察ちゃんから顛末を聞いてローコーは
「うまく行ったな。しかし疑心暗鬼の連中だな」
「国王に御注進で成り立っているのでしょう」
なかなかヴィーラントは世情に通じている。
「ずいぶん急峻な深い谷ですね」
周りを見回したローザリンデの感想だ。
「ああ、これでは山の中腹は通れないな。事実上この谷底の道しかない」
途中休憩を挟んで昼頃谷道を抜けた。
「丘を越えたところの道端で昼食にしよう」
「待ち伏せですか」
ヴィーラントが聞く。
「せっかくだから一緒に昼食をしようと思ってね」
丘を越えて道端に荷馬車を止め、落ちている石で簡易かまどを作ってスープを温めるふりをして昼食の用意をしておく。リンダは荷馬車を引いて来た馬の世話だ。
観察ちゃんが後続の連中が丘を登り始めたというので食べ始める。
兵隊二人がびっくりしている。丘を越えたと思ったら尾行している人たちが道端で食事をしている。
「そこの人、どうだい。一緒に昼食でも。俺たちは荷馬車だから食材も持っている。お二人は身軽だが食べ物は少なかろう」
声をかけられてしまった。まずいと思ったが、言われてみれば空腹と気づいた兵。いい匂いにお腹が反応してしまう。ついふらふらと足が向いてしまう。
「いいってことよ。袖触り合うも多生の縁というからな。ほれそこに座れ」
爺さんに言われて顔を見合わせて座ってしまった。
「今スープを装ってやるからな」
ローコーがかまどのところまで行ってお椀にスープを装っている。
ヴィーラント達が何気なく見ていると粉のようなものをお椀に入れた。
美味しそうなスープを老人が持ってくる。具材も大量に入っている。スープというか煮込みである。兵は唾が出てくる。思わず手をつけてしまった。
「美味しいだろう。干し肉もよく煮込んであるから柔らかいぞ」
「はい、おいしいです」
肉は生肉を使っているからやわらないのは当然だとヴィーラントたち。
「そうか。良かったな。パンも食べな」
黙々と食べる二人。しばらくしてローコーが聞く。
「二人はこれからどこへ行くんだい」
「私は王宮へ行きます」
「私はみなさんの後をつけて行きます」
あれあれ、素直に話しているぞ。粉薬のせいだろうとヴィーラント達。
「それで何でこの国の王は隣を攻めるんだい?」
人の良さそうな尾行兵が答える。
「隣国の今の国王の妹がこちらの王に嫁いできて王子二人と王女一人をなしました。隣国の王には子供がいません。隣国の国王の濃い血筋は我が国の王子、王女のみとなります」
「なるほどな」
「それで素直に我が国の王子を受け入れれば、我が国が隣の国も手に入れたも同然になりますが、どうも受け入れそうもなくて、受け入れないとなったら、武力で隣の国にわが国の王子を押し込もうと準備しています」
「塩商人は通過させているようだが、止めないのか。息の根を止められるぞ」
「それは、塩商人から賂があり、また塩は隣の国だけでなくその先にも行っていますので、止めてしまうとその先の国と隣国が結託して襲ってくるやも知れず放置しています。我が国は大きな国ではないので結託して襲って来られると負けてしまいます。隣国だけとなら勝てますが」
「王子達はどう思っているのか」
「それが悩みの種で、二人の王子と王女共によその国に口を突っ込むものではないとの考えで、反対しています。国王に他に子はなく国王は困っています」
「隣国から来た王妃はどう思っているのか」
「この国に隣国を完全併合する力はなく、王妃の母も一族もすでになく、いっとき攻め込んで王子を国王に据えても苦労が目に見えているから反対しています」
「それではだれが王子を押し込みたいのだ」
「権勢欲にまみれた国王、取り巻き達の隣国を占領して隣国から美味い汁を吸いたい連中です」
「国民はどう思っているのか」
「いまはほどほどの幸せがあり、出兵して戦死、傷病兵になってまで戦争をする気はありません。戦争に勝っても庶民には戦費のつけが回ってくるだけです」
「兵はどう思っているのか」
「将軍は表立っては言いませんが、出兵の大義名分がないこと、大義名分のない戦いをした場合の諸々の損失を考え、反対しています。ただ軍の中にも好戦派がいて、その連中は喜んで出兵の準備をしています」
「そうか。よく話してくれた」
ヴィーラントが見ているとローコーがお茶を淹れてその中にまた粉薬を入れた。
「疲れて頭がすっきりしないだろう。お茶でも飲んで任務に戻ってくれ」
二人は素直にごくごくお茶を飲み干した。すかさず観察ちゃんが一人は少し先方に、一人は丘を越える前の所に転移させた。
「なかなか魔女の薬はよく効くな」
やっぱりと思ったヴィーラント達であった。
「最初のは、聞かれたことに何でも答える薬だ」
「自白剤ですか」
「そうとも言う。こんなに素直に話してくれるとは思わなかった。さすが魔の森の魔女だ。それと話したかったのかも知れないな。戦争反対なのだろう」
「後の薬は」
「解毒剤だ。いや毒でないから、解薬剤か。あれは自白剤を飲む少し前から、解薬剤を飲んで少したった間の記憶が綺麗さっぱりなくなる効果がある」
「記憶喪失薬ですか」
「そうとも言えるな。自白剤とセットで期間指定記憶喪失薬だ。彼らが話したことは観察ちゃんがシン様達に中継してくれたから対応を考えてくれるだろう」




