696 辺境の兵を訓練しよう
「応接に戻りましょう」
大年増に言われた。この大年増も俺たちより遥かに強そうだと三人。もはやシン様一行には頭が上がらない。
応接に戻った。シン様が口を開いた。
「ところで今隣国が虎視眈々とこの国を狙っています。まだ政変に気づいていませんが内通者が皆さんがこちらに向かったのを報告しようとしました。手のものが矢で打ち込んで送ろうとした矢文を入手しました。これです」
矢文を渡されたベラトール辺境伯。
飛脚便が来て三人が急ぎ王都に向かったと書いてある。
「これは部下の筆跡だ。奴が内通したか」
「連れてきましょうか。それとも哨戒に出た時に消しましょうか」
「奴にも家族がいる。できれば哨戒の時に切られて名誉の戦死としていただけないか」
「わかりました。これから哨戒に出た時に内通者は名誉の戦死を遂げます」
淡々とシン様が言った。兵が一人戦死することが確定した。
俺たちは背筋が寒くなった。俺たちだけではない。全員真っ青だ。
シン様の手のものが俺たちの街にもいるのか。そして屈強な兵士を戦死させてしまえるのか。シン様が一ヶ月敵に対応というのは間違いではないと思った。
「そしてこの国の使える兵は、辺境のベラトールさんのところ、500だけと見受けられます。隣国はやがて政変に気がつくでしょう。今の兵では到底かなわないと思います。数も少ない。幸い侵入ルートは一つだけ。狭隘な谷を通ります。数は狭隘の谷をうまく利用すればなんとかなると思います。しかし、いかんせん兵が弱い。数をカバーをするためにうまく配置しても必敗でしょう。もし良ければですが、兵を鍛えましょうか」
「「お願いします」」
代表と辺境伯が返事をした。
「基礎体力と剣技の向上、谷を利用した攻撃、防御でやってみましょうか」
「さっきの方々に鍛えていただけるのでしょうか」
「他の人が担当します。僕らも時々行くかも知れません」
ややがっかりした三武人。
「大丈夫です。皆さんよりはるかに強いです。人ではかなうものはいません」
人でないのか、四つ足かと思ってしまったベラトールである。
「四つ足ではないですよ。二本足です。人のように見えます。あ、でも四つ足も頼みましょうか、娘の友達の四つ足が15頭いましてね。こちらも大層強いです」
「それではと。ああ今哨戒に出た内通者が名誉の戦死を遂げました」
どうしてわかると思ったがわかるのだろうと思うことにした。
「三人にはこれから辺境に戻ってもらいます。明日日の出に、兵500を城門の内側に集合させてください。家族も一緒でいいですよ。鍛えましょう。500の兵に家族が3人いれば兵は2000になります。集合したら訓練場に向かいます」
恐ろしい計算だが確かにそうだ。いままで女子供は家の中で震えているだけだった。それを兵数に入れれば少なくとも1000にはなると思った三武人である。
「家族も含めると城内の練兵場では足りませんが」
「訓練場はほかを考えています」
「訓練場がどこにあるのか知りませんが、守りはどうするのでしょうか」
「少し数が少ないかもしれませんが兵を連れて行きます」
「それから兵糧はいりません。着替えと武器だけでいいです。馬もいたら連れて来てください。武器がなければ徒手で結構です」
「わかりました」
「では三人を辺境まで送ります。送るのは観察ちゃんと申します。立ち上がってください」
小さな可愛い動物がシン様の手の上に現れた。こちらを向いた。くらっとした。思わず目を閉じた。
目を開けると砦が目の前だ。俺たちの馬も三頭いる。
「なんと一瞬で辺境に着いた」
夢か。頬を殴ってみる。部下の。部下も殴り返して来た。痛え。では現実だ。
「行くぞ」
三人は頬を撫でながら砦に向かった。
「荒唐無稽なことは言わないことにしよう。家族も含めて訓練するので明日朝、日の出前に城門の内側に集合、馬は連れて行く。兵糧は不要、着替えと武器は持参でいいだろう。武器がないものは武器なしでよい。官給品の毛布は倉庫に戻せ。留守番に来ていただく人に使って貰う。全員に周知しろ」
「承知しました」
三人は砦の門をくぐり、すぐ司令部に向かう。
司令部に着いたら、代理から名誉の戦死者について辺境伯へ報告があった。
「兵一名が哨戒に出たまま戻って来ず、探したところ胸から腹へとばっさりと切られており、そうとうな手練れの敵兵と思われますがすでに近くには見当たりませんでした。今捜索隊を準備しています」
「わかった。前から切られたのか、背後からか」
「前からバッサリとやられていました」
「逃げたのではない。名誉の戦死と家族に伝えよ。捜索隊は不要だ。手練れである。もうその辺にはいまい。急だが葬式は今日夕方行う。用意せよ」
秘書が葬儀の手配に出て行った。
辺境伯が続けた。
「屈強な兵を一太刀でしかも前からバッサリとだ。我々の力が足りない。訓練をして練度を上げなければ隣国の兵に対応できない。明日の朝より訓練に入る。家族も含めて訓練するので明朝、日の出前に城門の内側に集合、馬は連れて行く。兵糧は不要、着替えと武器のみ持参でよい。今日帰って来た二人と手分けして周知せよ。国の命運がかかっている。急げ」
代理はなんだかわからないが、言われてみれば前からバッサリで、これが大挙して侵略して来たのでは勝てそうもない。訓練は必須だろうと帰って来た二人と手分けして周知に向かった。
辺境伯は、それにしてもシン様の手のものは手練れだ。見かけたことはないがどこにいるんだろうと思ったが、神出鬼没という言葉があるからそうなのだろうと納得することにした。
その日辺境の街は大忙しであった。夕方辺境伯も出席し、兵の葬儀が行われ、遺体は砦の外の墓地に葬られた。
明日が早いので、葬儀の後の会食もせず就寝となった。多少不満があったようだが、主だった者には矢文のことを話しておいたのでおさまった。他の人も自然とわかるだろう。家族も知れば感謝するだろう。
こちらはシン。
訓練場は基礎訓練と剣技の訓練の訓練場はヴィオレンシア帝国跡地の滅びの草原にしよう。それと谷を利用した攻撃、防御の訓練はテラーサスからこちらに来る谷が急峻で山が深く似ているからあそこを使おう。誰も通らないし丁度よい。
食事は食材の用意をして家族に作って貰えばいいね。魔物はテッサニアの湖の周りの魔物を討伐した時のものがあるからそれでいいね。野菜類も各地の市場で購入したものがあるからそれを出そう。テントは兵士用とその家族用2張りだな。家族に大人の男がいた場合は兵士用に行ってもらおう。
「では僕は明日からの訓練の準備に出ます」
「あのう、私とここにいる集団指導体制のメンバーと秘書3人も訓練に加えてもらえませんか」
代表の言葉に、国境防衛は辺境伯に任せておけばいいといささか他人事であったメンバーは仰天した。
「いいですよ。それがいいでしょう。国を運営して行くには、体力、気力も必要です。辺境も軍事行動も知る必要があります。頑張りましょう。皆さんは明日の日の出に中央行政府の門前に集合してください。持ち物はさっきと同じ、兵糧は不要、着替えと武器のみ持参。武器がないものは武器なしで結構です。馬がいればお連れください。では準備に出かけて来ます」
シン様とアカ様、子供二人、ジェナ様とお付きのチルドレンは返事を待たずに消えてしまった。文字通り消えた。




