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第1章 第3話 本気

「ホームルームが終わってすぐ百井さんたちにトイレに連れていかれて……調子乗るなブスって殴られて……髪が……こんな……ことに……ぃ……っ」



 涙で顔を濡らしながら部室に駆け込んできた千堂。確かに長くボリュームのあった髪の先がいくらか不均一になっている。だが言われてみて初めてそうかもなぁと思う程度。チクられても大きな問題にならないレベルの暴行にしたのだろう。もっともこれは傍から見ればの話。切られた本人からしたら、涙を抑えられないほどのショックな出来事なのだろう。



「別に気にするほどのことでもないだろ。人の価値は内面、なんだから」



 イケメンに告白されたと自慢しに来た時のフレーズを借りると、千堂の濡れた瞳が俺を向いた。……にしてもこいつ、泣いてても睨んでてもかわいさが捨てられないんだなぁ。



「射丹務さん……あれでいじめはなくなるって言ったじゃないですか」

「あぁ、あれは嘘だ。部活動存続届に名前さえ書いてくれれば後はどうでもよかったからな。派手なパフォーマンスをしてお前の不満を解消しただけだよ。スカッとしただろ? 自分を虐めてた奴がゴミまみれになって、ブスだって罵られて。ちゃんと感謝してくれよ」


「助けてくれるって……言ったじゃないですか……っ」

「言ってない。協力する、力になるって言っただけだ。下級生の教室であんな大立ち回りをしたんだ、充分やった方だろ」



 失望、諦め、後悔。千堂の俺を見る目が黒く変わっていく。ようやく自分が騙されていたことに気づいたようだ。本当にようやくすぎる。



「……香苗さん。香苗さんなら何とかしてくれますか……?」

「……さすがにこれはやりすぎだよね~……。しょ~がない。もう卒業したけど、久々に元ヤンの力見せてやりますか~」

「ステイ」



 幼馴染の頼みを聞き立ち上がろうとした香苗さんに一言告げる。すると彼女はすぐに媚びるように俺の横に擦り寄ってきた。



「香苗さん……?」

「ごめんね~。私ぃ、身も心も新斗くんに捧げた従順なペットなんだ~。わんわんっ」


「なに……言って……」

「ようするにさ、ブチギレてる新斗くんには逆らえないってこと」



 その言葉に千堂の暗い瞳に光が戻る。そして期待に満ちた顔で俺に笑いかけた。



「私のために……怒ってくれてるんですか……?」



 ふと、恐怖すら感じてしまった。泣いているのに顔を歪めることすらせず、ついさっき騙されたのにも関わらず全幅の信頼を寄せたその表情に。



「違う。俺が怒ってるのはお前にだ」



 きっと千堂雪華という人間に悪気は一切ないのだろう。そうやって育てられてしまった。単純に、かわいいからかわいがられてきたんだ。



「私にですか……? 私、なんにも悪いことなんてしてませんよ……?」



 たとえるのならそう、子どもだ。親から与えられるのが当然で、自分で考えることができず、悪意という概念をそもそも理解できていないガキそのもの。



「そうだ。お前だけが何もしていないんだ」



 わからないのなら教えてやるしかない。たとえ自分が悪役になったとしても。



「俺も香苗さんも百井もその取り巻きも! 全員が必死に生きてるんだよ。自分が生き残るためにな。でもお前は違う。ただ誰かが助けてくれるのを待っているだけだ」

「そんなこと……」


「じゃあお前が何かしたか? 本気でいじめを止めようと思ってるならしたはずだよな。先生に伝えたり、親に相談したり、警察に通報したっていい。一つでもそういう努力をしたか?」

「あなたに助けを求めたじゃないですか……っ」


「俺は言ったよな、絶対に嫌だって。そして条件も伝えたはずだ。どうしてそれをクリアしようとしなかった」

「だって……間違ってるのは……あなただから……」



 千堂の言葉に迷いはない。つっかえつっかえで言葉を選んではいるが、根底にはこの意識がある。自分は正しい。間違っている方が悪いと。



「じゃあ!」



 こんなやり方しかできない自分に嫌気がさす。俺がもっと強ければ。こんなことをする必要も、先輩を失うこともなかった。でもそうじゃないから。俺は俺にできる全力をするしかないから。



「その正しさを貫いてみせろ」



 俺は泣いている女子の胸倉を掴み、壁に押し寄せた。



「お前の言う通り最低だよ俺は。そしてお前は悪くない。だったらお前が報われて然るべしだが、現実はそうじゃない。さぁ、どうする?」

「うぅぅ……香苗さん……香苗さぁ……っ」



 俺に抑えつけられながら、縋るように助けを求める千堂。ちょっと頬を叩かれたり、髪を切られた程度のことではない。本物の暴力を振るわれ、本気で命の危機を覚えたからこそ芽生えた感情。



「いいか千堂。この世界は正しい人間が勝つようにはできていない、悔しいほどにな。だから弱い俺たちは自分なりに必死で生きるしかないんだ。チンピラ紛いのことをして詭弁をわめいたり、仲間を集めて他人を排除したり、強い奴に従ったりしてな。やりたくはないよ。でもこうでもしないとお前みたいに虐げられる。それが嫌だから嫌でも必死に嫌なことをするんだ。お前はそれが嫌なんだろ? 自分が正しくなきゃ気が済まないんだろ? だったらそのまま正義と一緒にくたばってろ。相手が悪いですって遺言を残してな」

「う……うぅぅ……っ、ぅぁぁぁぁ……っ」



 千堂の瞳から涙がこぼれる。涙だけじゃない。鼻水が垂れ、足元にはスカートの中から零れた液体が音を立てている。



「私は……私はどうすれば……っ」

「考えろ。考えて考えて考え抜け。醜く泥にまみれながら藻掻いて足掻いて、本気で必死に強くなるんだ。理想を掴みたいのなら、正義を貫き通したいのなら! そうやって、強くなるしかないんだ! ……じゃないと、本当に喰い殺されるぞ。本物の悪人に」



 腕の力を弱めると、千堂の身体が床に落ちる。顔は涙でぐちゃぐちゃでかわいさの欠片もない。ようやく普通の人間にまで堕ちたようだ。



「どうするかはお前の自由だ。俺には関係ないからな」

「……なに言ってるんですか関係あるでしょ。あなたがいなければ、こんなひどいことにはならなかったんです。あなたには最後まで私を助ける義務があります」



 乱れた髪のまま、震えた脚で千堂は立ち上がる。そして俺の横を通り過ぎ、テーブルの上に置いてあった部活動存続届を手に取った。



「確かに今の状況を作り出したのは俺だ。関係があると言っていいだろうな。二つ目は?」

「……私の名前がここにないと、困るんですよね」



 せっかく努力して手に入れた三人分の名前が書かれた部活動存続届がビリビリに引き裂かれて床に落ちる。これで同好会の存続に必要不可欠な部員集めが振出しに戻ってしまった。



「もう助けてくださいなんて言いません……私を助けなさい。そうすれば名前を書いてあげますよ」

「これでお前を助けるメリットが生まれたってわけか。じゃあ最後はどうする?」



 初めて千堂が助けを求めに来た時、俺は断るために三つの理由を提示した。一つは俺に関係がないこと。もう一つは俺にメリットがないこと。そして最後に、千堂が嫌いだから。



「俺は本気で努力もせず、他人に助けてもらうのが当然のような態度で、自分が正義だと疑ってもいないような人間は大嫌いだ。そんでお前がこの条件をクリアしたとは思わない」

「そうですね……何をがんばればいいのかなんてわかりませんし、助けてもらわないといけないし、私はやっぱり正義でいたいです」


「これは本気のアドバイスだ。お前が言ってたイケメンと付き合えばいじめは解消する。男が守ってくれるだろうし、二人だけの世界ができあがるからな。そりゃあ付き合い続けるのには本気の努力が必要だけど、正義でいるための努力に比べたらはるかにマシだ」

「……三つ目の条件。こうすれば解決ですよね」



 髪は長さが整っておらず、乱れてバラバラ。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、制服には色んな体液がかかっていて汚らしい。それでも。



「新斗先輩。あなたを私に惚れさせてみせます。私のことを好きで好きでたまらなくさせてあげます」



 自信満々に笑う千堂の顔は、何よりも魅力的に見えた。



「そりゃ苦労するな。なんせ俺には好きな人がいる。もうこの学校にはいない大好きな先輩がな」

「大丈夫ですよ。だって私、かわいいですもん」

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