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嫌われ者の俺がいじめを救い、学校のヒーローになるようです。  作者: 松竹梅竹松
第2章 体育祭

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第2章 最終話 真相

〇新斗




「お仕事かんりょー。褒めてくれてもいいんですけど?」

「助かった。ありがとう」


「もっと。髪撫でて」

「はいよ」



 再び活気を取り戻した体育祭の様子を涼しい部活から眺めていると、仕事を頼んでいた百井雨音が帰ってきた。彼女の要望通り膝の上に乗せ、さらさらとは言い難い髪の毛を撫でる。



「はいこれ校長のデータコピーしたスマホ」

「校長に気づかれたか?」


「びみょーだけど気づかれてないんじゃないですかね。それどころじゃなかっただろうし。んなことより校長は放置でいいの? 流れ的に降格とかならなそうですけど」

「有能な敵は排除しないと厄介だが、無能な敵はいくらでも利用できる。情報は筒抜け貸しもできた。俺たちの完全勝利だ。それもこれも全部君のおかげだよ、雨音」


「ふふっ、もっとほめて。あたしが千堂の退学宣言の時通話してあげなかったら放送なんてできなかったんだから」

「欲を言えばビデオ通話がよかったんだけどな」


「言っとくけどこれファインプレーですから。どうせサングラス越しでも気づくだろうし。そしたらまともに話なんてできなかったでしょどうせ。てかやっぱあれすごいわ……あたしが通話してるのに気づいて全く言葉を発さなかった。どんな勘してるんだか」

「何の話だよ」



 よくわからないことを言っているとはいえ、雨音が役に立ったのは事実。正直想定以上だ。あの選択こそがファインプレーと言える。



「百井、ちょっとお茶しないか?」



 俺が帰宅中の雨音に声をかけたのは約一週間前。町内会長の家に乗り込み校長室に向かった千堂と別れた後の出来事だ。



「……なに? ナンパ?」

「そう、ナンパ。千堂みたいなかわいいだけのガキより君みたいな大人っぽい子と一緒にいたいんだよ」


「……なに気持ち悪いんだけど。あんたあたしに何したか覚えてないの?」

「まぁ話なら後でしよう。奢るからさ」



 そして半ば強引に雨音を喫茶店に連れていき個室に入る。まぁ個室しかない、高級店なわけだが。



「……高くない? 奢るとは言ってくれたものの……」

「気にすんな、金ならある」


「家金持ちなんだ。うらやましー」

「いや、俺の両親は殺されてて収入は一切ない。加害者の親がたんまりと賠償金をくれたから高校生にしては余裕があるってだけだ。おかげで殺人事件じゃなくて事故になったけどな」


「……冗談……だよね……?」

「事実だ。ちなみにこれは千堂にも言ってない。君だから話した」


「あたしだからって……」

「とりあえず何か頼もう。好物はショートケーキだっけ? 小学校の卒業文集に書いてあったよな」



 店員にショートケーキと抹茶ケーキ。そして紅茶を二杯頼み、語り始める。この会合を開いた訳を。



「まず、あの時は悪かったな」

「……別に。悪いのはいじめてたあたしなわけだし」


「そう言ってもらえて助かる。さすが元いじめっこ」

「……やっぱ気づいてたんだ」



 俺は千堂へのいじめを止めるにあたり、いじめていた連中の過去の情報を摩耶に調べさせた。そして手に入れた弱みは実に有力なものだった。中学では地味だった奴、一軍になんて到底入れなかった奴。そしていじめの主犯格である百井雨音は、中学時代いじめられていた。



「そ。あたしはいじめられてた。だから今度はいじめる側に回ろうと思ったの。なんでこの世からいじめがなくならないか知ってる? それはね、いじめは楽しいからだよ。加虐心は満たせるし、上に立っているって事実には高揚するし、何より他人を虐げるのは楽しいからね。あたしをいじめてる連中は楽しそうだったよ。そんであたしよりいい高校に入って、たぶんまた楽しい学校生活を送ってる。あたしみたいなのを虐げてね。あたしもそうしたくて自分なりに髪を染めてメイクも服装も気を遣ったんだけど……やっぱいじめられっこは上手くいかないもんだよね」



 自嘲的に笑う雨音を俺は責めることはできなかった。当然いじめは悪いことだ。だがいじめが楽しいという主張は理解できる。俺も相手を論破して叩きのめせると気持ちいいし、普通の人だって自分より下の人間を見つけてこいつよりマシだと思いながら生きている。いじめを絶対に許さないと声高らかに叫んでいる正義ぶった奴らにも同じことが言える。正論を振りかざし誤った人間を完膚なきまでに叩いて悦ぶ。いじめの是非なんかじゃない。雨音はそういう人間の醜い本性のことを言っているんだ。



「いや、お前は上手かったよ。正直俺も騙されてた。ただ相手が悪かっただけだ」

「相手が悪いで終わっちゃうのが学校生活なんだよね。あたしは今後三年間、ずっと千堂に負けた人間として扱われる。千堂の呼びかけ一つでいじめられてもおかしくない状況になったってわけ」


「あいつはそんなことしないだろ」

「どうだろうね。虐げられてきた人間が虐げる快楽を知る。これほど怖いことはないよ」



 紅茶とケーキが運ばれてきたが、雨音は口をつけずただ俯いてぼそぼそと話しているだけ。その姿は以前とは違い、いじめられている人間そのものだった。



「そこで一つ提案だ。お前を守ってやる。いや、もう一度カーストトップにしてやる。その代わり俺に協力してほしい」



 雨音が顔を上げた。かわいらしく、希望に満ちた顔だ。しかしそれでいて表情には迷いがある。やっぱり声をかけて正解だった。



「でもそれって……千堂を引きずり下ろすってことでしょ?」

「いや、あいつは今体育祭実行委員会に関わってる。クラスのことより学校全体のために動くはずだ。そしてそれは体育祭当日も。その間お前はまた上に立てるってわけだ。そんでいじめさえしなきゃ千堂はそれに文句は言わないと思う。もっとも俺が一声かければ今話した計画はパーになるわけだが」


「……脅迫のつもり?」

「俺とお前は対等だ。それくらい俺はお前を評価している。一時の快楽のためだけじゃない。しっかりと策を練り、明確な目的を持って、他人を虐げてでも本気で上に立とうという覚悟。それがどうしようもなくほしいんだ」


「千堂じゃダメなわけ?」

「あいつは汚れられないからな。自分の価値観に外れた行動は絶対にできない。その点君は俺好みだ。善悪の区別がつかない馬鹿じゃない。いじめが最悪の行為だと理解してる。理解して尚、本気で他人をいじめた。全ては自分のために。そんな奴そうはいない。お前は特別だ」


「…………」

「人としては最低だ。嫌われて当然の人間。でもそんな人間だって生きていいんだ。正しく清廉潔白に生きられなくても、幸せになる権利はあるんだよ。だから俺はお前を助けたい。虐げなくてもいいいい生き方を教えてやりたい。それができるのは同じ嫌われ者の俺だけだ」



 どこまでが作戦でどこまでが本心か、自分にもわからない。これが雨音に向けたものなか、俺自身に向けた言葉かさえもわからない。俺が詭弁しか使えないのと同じように、雨音も虐げることしか知らない。射丹務新斗と百井雨音は、おそらく同類なのだから。



「……とりあえず話してみて」



 やはり雨音の表情はどこか固い。それでいい。それくらい疑ってくれないと正直に話すことはできない。



「君も知ってるだろ、万陽火先輩のことは。あの人が退学になったのは何か特別な事件を起こしたからじゃない。俺を庇って自主退学したんだ」

「庇った……?」


「さっきも言った通り俺の両親は殺されてる。犯人は当時小学生……君たちと同じ代のガキだった。そいつの親は金持ちで、俺に多額の賠償金を払うことで殺人事件を事故として処理した。そして今年大翼高校に入学することになった。そこで全てを知っている俺が邪魔になった。だから俺を退学にさせようとしたんだよ」

「……でもあんたは退学になってないじゃない。本当に退学させたいのなら、庇う庇わないは関係ない。無理矢理退学にさせるでしょ」



 そう。それこそが俺がまだ高校にいられる理由でもあり、先輩が抵抗もできず退学になってしまった理由だ。



「……あいつが俺の両親を殺した方法は、デパートの三階から岩を落とすことだった。そうした理由をあいつはこう語った。助けたつもりだった、と」

「……どういうこと?」


「殺人犯の動機なんて知らねぇよ。理解したくもない。でも俺は理解しなきゃいけないんだ。あいつは先輩にこう言ったんだから。かわいそうだから助けたい、って。自分が元凶のくせにな」

「…………」


「人間、どうしようもない奴はいるんだ。あらゆる理屈が通じない、常識を理解できない人間が。それを止められるのは先輩のようなみんなのヒーローじゃない。あいつと同類の、最低な人間だけ。だから先輩は俺を生かした。あいつを止めるために」

「……そいつの名前は? あたしの同級生なんだよね? そんなやばい奴が別のクラスにいるなんて……」


一所賢人(いっしょけんと)

「……うそでしょ」



 雨音が呆然としているのも無理はない。なぜならその名前は、全てが始まった原因。オリエンテーション合宿で千堂に告白したという、爽やかなイケメン君のことだったからだ。



「俺が千堂に協力したメリットがこれだ。先輩はいない。でも俺がいる。勝った気でいるのはまだ早いぞって伝えたかった」

「……だからあんな派手なことしたんだ」


「あいつを止める。それが俺に先輩から与えられた使命だ。まぁでも一旦一所のことはいい。まずは校長から潰す」

「校長?」


「いま千堂は校長室にいる。体育祭の応援合戦を中止させようとしている校長と交渉するためにだ。だがおそらく千堂は言い負かされる。そしてボイコットを起こさせる。そうすれば校長は責任を取らされて辞任になるはずだ」

「そう上手くいく? 全部あんたに都合のいい理想論にしか聞こえないんだけど」


「そういう風に千堂を操る。もっともらしいことを言って強制させるのは俺の得意分野だ。それに校長に責任を取るよう脅すのも俺だ。表向きは千堂の行動だが、裏から全部俺が操る。君にはその補助をしてもらいたい。とりあえずはボイコットの人数集めだ」

「ふーん……」



 そこで初めて雨音は紅茶を口にした。自分の仕事が思っていたより楽そうだったからだろう。



「で、まだ聞いてないんだけど。まず校長を潰す理由を。まぁ大方一所のバックにいるからだろうけど……」

「え? あぁ、当たり前すぎて言ってなかった」



 俺が校長を許さない理由は一所のことなど微塵も関係がない。たった一つ。あいつはやってはならないことをした。



「応援合戦は先輩が残した功績だ。それをなくすなんて許せないだろ」



 俺が普通に言ったその一言を、雨音はぽかんとした表情で受け止めた。そしてすぐにおかしそうに笑う。



「いいね! あんた狂ってるよ! そんな理由でここまでやるとかおかしいんじゃないの?」

「狂ってる? 何が?」

「ううん、わかってないならいい。最低な人間には最低な人間を、ね。うん、わかった。あんたに協力してあげる」



 雨音がひとしきり笑い終えたタイミングで俺のスマホが音を立てた。誰からの電話だと確認しようとすると、雨音はスマホをひったくり耳に当てる。


「ざんねーん、あんたの大好きな先輩はあたしと今デート中」



 それだけ言うと雨音は電話を切り俺に返してくる。誰からの電話だったんだ……。



「その代わり約束。絶対にあたしを幸せにすること。あたしのことが特別なんでしょ? だったら絶対守ってくださいね、せーんぱい」



 ……なんてことがあったのが約一週間前。ずいぶん遠いところまで来たって感じだ。



「まったく、聞いてた話と違いますよね。ボイコットは起きたけど結局失敗しちゃうし、体育祭の前倒し開催なんて聞いてないし、ここまで働かされるとは思ってなかったし。裏から全部やるって言ったけど、実際は千堂のやりたいようにさせるために裏から手を回すって感じだったし。校長だってほんとは辞任させる予定だったでしょ? ねぇ、あれから千堂と何があったの?」

「……別に」



 雨音には悪いことをした。俺だってあの時にはこうなるなんて思っていなかったんだ。千堂のことを、ここまで大切に思ってしまうなんて。



「まさか千堂に惚れちゃった? それならそれでいいよ。でも勘違いしないでね」



 俺の膝の上に乗っていた雨音が立ち上がり、俺の後ろに回る。そして囁くように、脅迫した。



「先輩が千堂と一緒に生きても、死ぬ時はあたしと一緒だから。一人で幸せになんかさせない。絶対に逃がしませんからね?」



 ……まったく。ずいぶんと面倒な後輩を抱えたもんだ。



「先輩! やっぱりサボってましたね!」



 頭を抱えていると、もう一人の面倒な後輩が勢いよく部室に入ってきた。そして雨音を見つけるとうきうきした様子で飛んでくる。



「あ、百井さん! 先ほどはありがとうございました!」

「だから言ったでしょ、あんたを助けたわけじゃ……」


「そうそうこれ入部届です。百井さんどの部活にも入っていませんでしたよね? 退学するって決めた時に考えてたんですよ。同好会の存続には最低三人必要。ちょうどいいですし百井さんに入部してもらおうって」

「はぁ!? なに勝手なこと言ってんのよ! それにあんたは学校に残ることになったんだからもう関係ないでしょ!?」


「でも思ったんです。百井さんには人助けが向いてるって。ほら、私を助けてくれたじゃないですか。私をいじめた反省の気持ちは嘘ではありませんよね? だったら人助けをして罪を償いましょう! 大丈夫です、百井さんが本当はいい人だって私知ってますから!」

「ちょっ……ふざけ……先輩こいつ何とかしてよ!」



 はは、いい気味だ。お前も千堂に振り回されてみるといい。俺の気持ちがわかるから。



「あ、先輩。今から部活動対抗リレーです。部員が四人になったことですし、ぱぁっと盛り上げていきましょう!」

「……え?」



 いつの間にか千堂の正義に爛々と輝いた瞳は俺の方を向いていた。



「最初に言ったじゃないですか、先輩は嫌われるような人じゃないって伝えたいと。部活動対抗リレーでアピールするんです! 先輩は最低だけど本当はいい人だって!」

「い……いやちょっと待て……。ほんとに嫌なんだって体育祭は!」


「さぁ、リレーで私たちの活動を伝えましょう! これで人助けの依頼もたくさん来るはず! 毎日人助けをして、この学校を幸せにするんです! それこそが責任ですよね、先輩!」

「……いいか千堂、責任ってのはな引っ張るな話を聞け!」



 おかしい。こんなはずではなかったんだ。俺はただ先輩の想いを継ぎたかっただけなのに。どうしてこんな、高校生らしい青春をしているんだろう。



 陰鬱としていた俺たちの夢が、千堂の輝きによってかき消されていく。それでも悪くないと思えてしまったのは、やはり俺が少しずつ千堂に惹かれているからかもしれない。そう思うとやはり屈辱的だった。

ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。これにて第2章完結です。少し長くなりすぎてしまいました。


次章からは物語が本格的に進み、真の敵との対決が始まります。どうか引き続きお付き合いいただけると幸いです。


またおもしろい、続きが気になると思っていただけましたらブックマークや☆☆☆☆☆を押して評価していっていただけるとうれしいです! みなさまの応援が続ける力になりますので何卒お願いいたします!

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