第2章 第9話 祭開幕
ついに体育祭が始まった。全校生徒が一堂に校庭に集まり、走って投げて騒いで、そして応援を競い合っている。そんな喧噪を涼しい部室から見下ろし、激しく息を切らしながらやってきた人物に笑いかける。
「おい……これはどういうことだ……!」
「どういうことって、見りゃわかるでしょ? 体育祭だよ」
俺よりもはるかにこの学校にくわしいはずなのに、校長は怒りと困惑が入り混じった顔で俺を睨んでいる。まぁ無理はない。なんせ……。
「どうしてゴールデンウィーク中に体育祭をやっているんだと訊いているんだ!」
そう、今日はゴールデンウィーク真っただ中のみどりの日。本来の体育祭はゴールデンウィーク明けの休日に開催する予定だった。それを前倒しにしたのは校長でも教師でも、俺でもない。
「そんなことは主催者に聞いてくださいよ。千堂雪華にね」
『みなさーん! 私の高校生活最後の思い出のためにも! 本気で楽しみましょうねー!』
マイクを通した千堂の声がサボっている俺の元にも届いてくる。この応援が俺に言っているように聞こえるのはさすがに自意識過剰が過ぎるというものだ。
「一体どうなっている……ちゃんと説明をしろ!」
「校長のくせにわかってないな。こうなるに決まってるだろ」
「なんだと!?」
今にも掴みかからんばかりの形相をしている校長に伝えてやる。この学校に蔓延している暗黙の了解を。
「誰かが責任を取って退学になれば、それ以外の奴は無罪放免見逃される。そうしたのは他でもない、あんた自身だろ?」
先輩と俺は一心同体だった。何をするにも一緒。金魚の糞のように見えていただろうが、俺が先輩と行動をしていたのは周知の事実だった。だが退学になったのは先輩だけ。それがこの事態の真相だ。
「あんたが公然と突き付けた退学宣言。それは他の奴らにとっては無罪宣告と同義だったんだよ」
無論これで俺の評価はさらに地の底に落ちた。先輩どころか後輩すらも切り捨てた正真正銘のニートだと。だがそんなことはどうでもいい。
「ありえない……だからと言ってこれだけの数が動くなんて……!」
「確かに千堂は先輩ほどのヒーロー性はない。でも人を動かすのは扇動力だけじゃない。後輩に庇われたとなったら先輩はどうする? 行動しなければ俺と同じニート野郎だ。それに今回見逃してもらったのはボイコットに参加した131人。当事者の数が陽火先輩の時とは段違いなんだよ。退学前に、せめて体育祭だけはやりたい。かわいい後輩がそう言ったらみんな動くさ」
もちろん現実はそう単純じゃない。この作戦を実行するために色々画策したが、校長にとっては関係のない話だろう。
「そんなことよりわざわざお休みのところ出勤されたんだ。仕事はしっかりとこなさなきゃな」
校長が焦りに焦っている理由。それはこの擬似体育祭が休日に無許可で行われていることだ。
「去年と同じじゃつまらない。もちろん新しい試みをたくさん行った。地域の方々の参加大歓迎、応援は一切の配慮もなしの超爆音。後夜祭では何の申請もせずに簡単な花火を打ち上げることになってる。せっかくのお祭りなんだ。派手に楽しくいこうぜ」
窓を開ければきっと聞こえてくるはずだろう。近隣住民の大クレームが。
「今は体育祭実行委員会の連中が進行を邪魔されないよう必死にがんばってるよ。あいつらは元々やる気自体はあった。ただまとまりがなく何がしたいかも不明瞭だっただけで、決して無能なんかじゃないんだ。それを千堂が扇動してまとめ上げた。当事者になったあいつらは中々悪くない。実に応援してやりたくなるが……それも時間の問題。だからあんたも急いで学校に来たんじゃないのか?」
続々と教師が集まってきている。体育祭もそろそろ終わりが近づいてきたってところかな。
「校長先生、あんたは権力者だ。この学校という組織に置いて誰も逆らえない絶対的な権力を持っている。でも同時に責任者でもあるんだ。この騒動を止められたとしても、責任だけは取らなければならない」
「……いいのか。千堂雪華も責任を取って……」
「千堂は退学なんだろ? だったら罪状はせいぜい不法侵入。逮捕だってされないさ。それにあんたはこれから関係各所に事態の経緯を説明する義務がある。そうすれば千堂の退学は校長の身勝手な独断だってことはすぐに明らかになる。その抗議のためって理由ならこれくらい情状酌量の余地はあると判断されるんじゃないか? ま、これはあくまで予想だ。どうなるかはあんた自身の目で確かめてくれ」
校長の悪行が明らかになれば千堂の退学は取り消される。そして校長は責任を取って……。
「……なんとかしろ」
もう校長が取れる手段は懇願しかない。だが態度が気に入らないな。まぁそもそも……。
「最初に言っただろ。今回の主催者は千堂だ。元々こうするつもりだったけど、千堂のせいで大きくシナリオが変わったからな。優しくて正義感の強い千堂なら何とかしてくれるかもしれませんよ」
俺が取り合う気はないと判断したのだろう。校長は一縷の望みをかけて部室を出ていく。
「それと一つ。これだけは言わせてください」
千堂の分を残すために色々言いたいことを抑えたが、これだけは。千堂には口が裂けても言えないことだから、言わせてほしい。
「あんたは餌にする人間を間違えた。千堂雪華は間違いなく、この学校を救うヒーローだ。それこそ、先輩にも負けないくらいのな」
俺が言葉にできる最大限の賛辞を言葉にし、今回の俺の役割はただ一つを除いて終了した。
「……これで終われると思うなよ」
当初は日にち現実と被せようかと思ってたのですが、よく考えたら意味のないがんばりだったので途中であきらめました。




