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王太子の仕事量

 ユリウスは次の日も休憩時間にやってきて、エリーゼと一緒にロマーネヴィヨンを飲んだ。その次の日も、そのまた次の日も休憩時間にやってきては一緒にロマーネヴィヨンを飲んだ。辛いレッスンに耐えているエリーゼは、次第にユリウスと過ごす休憩時間が癒しになっていった。

 

 ユリウスと休憩時間を一緒に過ごすようになって数日経った頃、エリーゼは、とある講義を受けて放心状態になっていた。


「こ、これが王太子様のお仕事なのですか……」

「はい。ここまでが毎日なさることです。それ以外にも……」

「ひぃーーー!」

「変な声を出さないでください。」

「すみません。」


 その日のレッスンは、王太子の公務についての講義だった。エリーゼはユリウスが担っている業務の多さを知って気を失いそうになっていた。


「ですから、王太子妃様は、王太子殿下とともに……エリーゼ様?」

「無理です……」

「まだ終わっていません。」


 エリーゼは机に突っ伏した。王太子妃になったら、王太子に同行する公務もあるだろう。手伝うこともあるかもしれない。しかしこんな量はこなせるはずがない。すると、廊下がにわかに騒がしくなった。


「今日は何かあるのですか?」

「殿下がご公務へ出かけられるようです。」

「外へお出かけになるということですよね?」

「はい。それもこちらに書いてありますが……」

「無理です……」

「エリーゼ様、しっかりしてください。」


 エリーゼは本に書かれているたくさんの文字を前に、また放心状態になった。マーラに注意されて頭を働かせようと思っても、体が拒否しているようだ。午前中のレッスンで受けた内容は、ほとんど頭に入っていない気がした。


「ではとりあえずここまでにします。午後はもう少しがんばってください。」

「先生……もう無理です。」

「休憩なさってください。少し休めばがんばれるかもしれません。」


 エリーゼにはマーラの顔が引きつっているように見えた。マーラが部屋を出ると、エリーゼは再び机に突っ伏して盛大にため息をついた。いつもなら休憩時間になれば王太子様がやってきて、一緒にロマーネヴィヨンを飲む。それが息抜きになって午後のレッスンもなんとか乗り越えることができていた。


 しかし今日、王太子様は公務で外出したばかりだ。先ほど出かけたばかりなのだから、ここへ来ることはないだろう。思えば、王太子様が来ない休憩時間ははじめてだ。午後に向けてどうやって息抜きをしたらいいのだろうか。


 エリーゼが考えていると、扉をノックする音が聞こえた。マーラが戻ってきたのかと思い扉に駆け寄ると、ユリウスが顔を出した。


「殿下!?」

「どうしたの?そんなに驚いた顔をして。」

「ご公務に出かけたとお聞きしたのですが……」

「終わったよ。だから一緒に飲もう?」


 ユリウスはいつものように、グラスにロマーネヴィヨンを注いだ。


「今日は講義を受けていたんでしょう?」

「はい。」

「あんまり難しく考えなくていいからね。」


 いつものようにグラスを合わせて、一緒にロマーネヴィヨンを飲む。でも、今日は頭の中がいっぱいで、グラスを見つめてぼーっとしてしまった。


「エリーゼ?」

「あ、はい。すみません。」

「疲れているなら、休んだ方がいい。僕から言っておくから。」

「いいんです。ちょっと頭がパンパンなだけですから。」


 その日の午後も王太子様のおかげでなんとか乗り越えられた。王太子様が休憩時間に来てくれなかったら、きっとレッスンを最後まで受けることはできなかっただろう。でもエリーゼは少しだけ気になっていた。


 公務で外へ行っていたはずの王太子様は、休憩時間に公務は終わったと言っていた。レッスンで受けた講義の内容に、そんなに短時間で終わりそうな外出の公務はなかった。今日の公務は例外だったのだろうか。



 エリーゼは帰宅してからレッスンのことを母に話した。


「お母様、今日王太子様のご公務について学んだのだけれど、ものすごい仕事量なのよ。知らなかったわ。」

「次期国王陛下ですものね。」

「私には無理だと思ったわ。」

「あなたは、王太子様ではないでしょう?」

「そうだけど、今受けているのは、王太子妃になる人のためのレッスンでしょう?私には無理だと思うわ。あんなにたくさんのお仕事をこなされている方の隣に立つなんて。」


 王太子様は大量の公務をこなしている。今はさらに休憩時間に来て一緒にロマーネヴィヨンを飲んでくれている。婚約者候補は自分だけではないのだから、茶会のときのように次々と訪れているのかもしれない。それを毎日やっているなんて超人ではないか。


「お仕事は多いかもしれないけど、意外と慣れれば平気かもしれないわよ?」

「どういうこと?」

「エリーゼは、毎日お城に行っているじゃない。そんな風に毎日繰り返していれば、当たり前になって慣れるんじゃないかしら。」

「私はまだ慣れてないわよ。毎日大変だもの。でもそうね、確かにお茶会で見た殿下は慣れているように見えたわ。あんなにたくさん人がいたのに、全員と話して……食べたり飲んだりもしないで……!」

「だから、王太子様のお仕事を無理にやろうとしなくていいのよ。慣れないことがでてきて大変な時に、殿下をお支えすればいいんじゃない?」


「でも、殿下にできないことなんてあるように見えないわ。」

「完璧に見える方でも意外とあるものよ。お話になってみたら?」

「えっ?」

「得意なことを知ることも大事だけど、苦手なことを知ることも大事よ?他のご令嬢はお好きなものしか聞かないだろうし、嫌いなものを聞いたら印象に残るわよ?」

「印象に残ってしまっては困るような……」

「せっかくお近づきになれているんだから、それくらいいいじゃない。」

「それくらいって……」

「殿下とお話しできる機会があるのなら、できるだけ楽しく過ごせた方がいいでしょう?」

「それは、そうだけど……」


 レッスンを受け始めたのは、早く候補から外してもらうためだったはずだ。王太子様の印象に残ったら逆効果な気がするが、王太子様に苦手なことなんてあるのだろうかと妙に気になった。レッスンは辛いのだから、休憩時間くらい楽しく過ごしてもいいのではないか。エリーゼは、いつか王太子様に苦手なことを聞いてみたいと思った。

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