婚約者候補になる
エリーゼが城での茶会を終えて家に戻ると、家の前で母のタチアナが待っていた。
「お帰り、エリーゼ。あら、頂き物?」
「え、えぇ……」
「こんな貴重な物をいただいてしまうなんて、どこのご令嬢から?」
「え、あ、あの……」
母にどう伝えようか悩んでいると、慌てた様子の父レイモンドが屋敷の中から出てきた。
「戻ったか、エリーゼ。お前たちに話がある。部屋に来なさい。」
エリーゼとタチアナが執務室に入ると、レイモンドは神妙な面持ちで話し始めた。
「それは、殿下からいただいたのだな?」
エリーゼは驚いて目を見開いた。まさか父から言われるとは思ってもみなかった。
「エリーゼ、そうなのだな?」
「……はい。」
「そうか。城から手紙が届いたんだ。婚約者候補として城に参上するようにと書かれている。」
「ええっ!?」
レイモンドは一通の手紙をエリーゼに差し出した。その手紙は、お茶会の招待状と同じ上質な紙に、王家の紋章が刻印されている。手紙を広げると、そこには父が言う通り、王太子の婚約者候補として城に参上するようにと記されてあった。
「お父様、これはお受けできません。私、殿下に失礼なことばかりしてしまったんです。お名前を伺うまで殿下だとわかりませんでしたし、会話もできませんでした。婚約者候補の方は他にもいらっしゃるのですよね?それでしたら、私はお断りしても……」
「お断りすることは難しいよ。」
「どうしてですか?」
「それを受け取ってしまっただろう。断ることはできなかったと思うがね。」
エリーゼは、手の中にあるロマーネヴィヨンのボトルを見つめた。あの言葉にはこんな意味があったのか。
「お返しします。お城に持って行けば……」
「殿下からいただいた物をお返しするなんて、できることではないよ。」
「ではどうしたら……」
エリーゼは悩んだ。受け取らなければならない状況だったとは言え、そのせいで自分が婚約者の候補になってしまったと思うと一大事だった。
「エリーゼ、どうしてそんなに嫌なの?お城に行ってみたいと言っていたじゃない。今日だって、お城に行くことをとても楽しみにしていたのに。」
母の言う通りだった。エリーゼは、今日の茶会に行くまでは城に行ってみたいと思っていた。茶会に行けると決まったときは、ものすごく浮かれていた。でも、行ってみると知らなくて良かったことも見えてしまった。
「少し、嫌な思いをしてしまったかな。」
「……」
「そうだったのね……」
タチアナは、エリーゼの頭を優しく撫でた。
「エリーゼ、この話をお断りすることは難しい。一度、行ってみてくれないか?殿下もお前の所作を見れば、候補から外したくなるだろうからね。」
「ひどいですわ……でもそんな気もします。」
「今度は庭園だけじゃなくてお城の中に入れるわよ?それにまた頂けるかもしれないじゃない、それ。せっかくだから、楽しく考えましょう。」
母はロマーネヴィヨンを指さした。母の言う通りだ。断ることが難しいのなら、楽しく考えよう。エリーゼは、今日食べた食事やケーキ、ロマーネヴィヨンの味を思い出した。
たくさんいる候補者の中の1人ということは、茶会にいた令嬢の中に混ざると言うことだ。そうなれば、マナーや作法の酷さは嫌でも伝わってしまうだろう。城へ行けばすぐに候補から外されるはずだ。エリーゼの考えは前向きになっていった。