エリーゼとの出会い
王太子ユリウスは、城の自室でため息をついた。庭園で開かれる茶会に参加するのは何度目だろう。いつまで続ければ良いのだろうか。茶会は国王命令だ。どんなに面倒でも断ることはできない。
「ミハエル、お前はいいよな。」
「私だってちゃんと仕事してますよ。」
執事のミハエルは、普段は執事服を着用しているが、茶会の日はいつもと違う服装だ。
「お腹すいたなぁ。」
「今日は60名です。先週よりは早く終わるんじゃないですかね。」
「だといいなぁ。」
「がんばってください、殿下。」
ミハエルはユリウスを見送ると、執務室を出て、庭園に向かった。
「今日はどなたかいらっしゃいますかね。」
ミハエルは、庭園の奥にあるテーブルの上に手際よく食事やケーキを並べていった。全て並べ終えると、テーブルのまわりを歩いては、お皿の配置を微調整した。
「まさか……来る!?」
いつもはこうして綺麗に並べても、令嬢が来ることはなかった。しかし今日は違う。1人の令嬢がこちらに向かって歩いてくる。
ミハエルは普段、滅多なことがない限り慌てることはないが、この時ばかりは緊張した。茶会は何度も開かれている。その度にテーブルをセットしてきたが、ここに令嬢が来るのははじめてだ。ミハエルはドキドキしながら、サーブしているふりをした。
ミハエルはチラチラと令嬢の方を観察していた。見たところ、城では見かけない顔だ。郊外の令嬢だろうか。令嬢は、悩んでいるのか中々お皿を取ろうとしない。
(食べていいんですよ〜食べてくださ〜い)
ミハエルの心の声が届いたのか、令嬢はお皿を手に取ると、あっという間にチョコレートケーキを口に頬張った。食べた!と思った瞬間、令嬢は自分に向かってずんずん向かって来る。少し身構えていると令嬢は、突然自分に向かって告げた。
「このケーキ、すごく美味しいです!作られた方に伝えていただいてもよろしいでしょうか!」
突然のことで呆気にとられていると、令嬢はもう次のケーキを手に取っていた。
(この方なら……)
ミハエルはしばらく食事を続ける令嬢の様子をそれとなく観察していた。ケーキや料理だけでなく、果物も食べている。ミハエルの中に確信のようなものが生まれた。
ミハエルは奥のテーブルを準備すると、令嬢に声をかけた。ベリーのタルトがおすすめだと伝えると、令嬢は思った通り食べたいと言い、テーブルまで案内した。そして、お腹がいっぱいになっている様子の令嬢に声をかけて、庭園の中にある邸宅のテラスに案内した。
(殿下、早く来ないかなぁ。)
ふかふかのソファーで嬉しそうにしている令嬢を見ながら、ミハエルはユリウスが会場に現れるのをワクワクして待った。
こういうところに現れるユリウスはものすごくキラキラしていて、見るものを圧倒する。ザ・王太子なのだ。きっとこの令嬢もユリウスに目を奪われるに違いない。
しかし、ミハエルの期待とは裏腹に、庭園にユリウスが現れても令嬢の反応は薄かった。気になってはいるようだが動こうとはしない。
(なるほど……)
ミハエルは、ジュースのボトルとグラス持ってくると、令嬢に声をかけた。
「よろしければ、こちらをどうぞ。」
「すみません。私、お腹がいっぱいで……」
「こちらをご用意致しました。」
ボトルを見せると、令嬢の顔はぱあっと明るくなった。ミハエルはグラスに注いで令嬢に差し出した。
(これはもう確定ですね。)
嬉しそうにジュースを飲む令嬢を横目に、ミハエルはユリウスのもとへ急いだ。
ユリウスは、いつものようにキラキラした笑顔を令嬢たちに振り撒いていた。ミハエルは、静かに近づいてユリウスに声をかけた。
「どうしたの、ミハエル。まだ終わってないよ。」
「殿下、見つけましたよ。テラスにお連れしていますので、来てくださいね。」
ユリウスが遠目に邸宅のテラスを見ると、令嬢が1人ソファーに座っているのが見えた。
「わかった。後で行く。」
ユリウスは、ミハエルが何をしたいのかよくわからなかったが、茶会の最後にテラスにいる令嬢のところに来いと言う意味を受け取ると、庭園にいる令嬢たちの輪の中に再び入って行った。
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ユリウスは庭園の令嬢たちと話を終えると、ミハエルに言われた通り、邸宅のテラスに向かった。
「ミハエル、いいの?こんなことして。陛下に何か言われても知らないよ?」
「いいんですよ。婚約者様が決まるんですから。」
「どういうこと?」
「さぁ、どうぞ。」
ユリウスは側近たちに離れて見守るように伝えると、テラスに足を踏み入れた。すると、ソファーに寄りかかって目を閉じている令嬢が目に入った。
「え……寝てるの?」
この茶会は、自分の婚約者を選ぶために開かれたものであり、どの令嬢も自分に気に入られようとして近づいてくるのが当たり前だ。それなのに、この令嬢は自分がこの場に来ることを考えずに、気持ちよさそうに眠っていた。
「……」
ユリウスはしばらく令嬢の寝顔を見つめた。彼女はあまりにも自由だ。ユリウスは意を決して声をかけた。
名前を名乗るまで、自分が何者なのかわからなかった彼女は、名前を聞くと慌てて頭を下げて、いつまでも頭を上げなかった。
(エリーゼ……)
エリーゼは目をぱちぱちさせたり、口をぱくぱくさせたり、その様子の全てが新鮮で、ずっと見ていたいと思った。
ふとテーブルに目を落とすと、飲みかけのグラスが置かれている。
「これ、好きなの?」
ユリウスもこのジュースが好物だった。ミハエルはこのことを言っていたのかもしれない。ユリウスは興味本位で聞いただけだったが、エリーゼはものすごく驚いて、家では飲めないからと、ユリウスが思ってもみなかった理由を叫んだ。
「ふっ、はははっ!」
エリーゼは自分とは違う世界にいる。もしかしたら、彼女と一緒にいたら今の自分を変えられるかもしれない。そう思ったユリウスは、邸宅の中からジュースのボトルを持ち出すと、エリーゼに差し出した。これを持ち帰れば、また自分と会わなくてはならなくなる。半ば強引な手ではあるが、ユリウスはエリーゼにまた会いたいと思った。
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ミハエルは茶会を終えると、真っ先にキッチンへ向かった。そして、忙しくしている料理長のヴォルトを捕まえると、茶会の料理を食べた令嬢がいたと伝えた。ヴォルトは目を潤ませた。
「ついに……召し上がってくださる方が現れたのだな……」
「お前に報告できて俺も嬉しいよ。」
「で、どうだった?美味しそうに召し上がっておられたか?」
「あぁ。それはもう信じられないくらい美味しそうに召し上がっていた。それでな、作った奴にお礼を言ってくれと仰られてな。」
「それはまた……泣けるな。」
「だろ?特に、チョコレートケーキを絶賛されておられた。1人で全部召し上がるのではないかという勢いだったからな。」
「本当か!?あのチョコレートケーキを!」
「真っ先に召し上がっていた。」
「ミハエル、少し待っていてくれ。」
ヴォルトは奥で片付けをしていた、まだ幼さの残る女性を連れて来た。
「チョコレートケーキを作ったのはシェリーだ。すごく良い腕を持ってるんだが、披露する場がなくて茶会のケーキを作らせたんだ。」
ミハエルがエリーゼがチョコレートケーキを食べたことを話すと、彼女は目に涙を浮かべた。
「よかったな、シェリー。嬉しいだろ?自分の作ったものを褒められるってのは!」
「はい!ありがとうございます。ミハエルさん!」
「お伝えできてよかったです。」
ミハエルは思いがけず、心が暖まって足取り軽く執務室へ戻って行った。
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茶会を終えたユリウスは執務室に戻ると、茶会に参加した令嬢のリストを確認して、何人か婚約者候補に選んだ。
「エリーゼ……」
ユリウスは、茶会で会ったエリーゼのことが忘れられなかった。しかし、茶会で会った令嬢の中から複数選んで報告せよというのが国王の命令だ。
執務机に向かってため息をついていると、執事服に着替えたミハエルが入ってきた。
「殿下、遅くなりました。」
「お疲れ様、ミハエル。はい、今日の分。」
ユリウスは、婚約者候補に選んだ令嬢の書類をミハエルに渡した。
「またこんなに選ぶのですか?」
「うん……」
「エリーゼ様に決められたのかと思っていました。」
「陛下から何人か選べって言われてるし。」
ユリウスは浮かない顔をしている。ミハエルは怪訝な顔をした。王命を守らなければならないのはわかるが、婚約者くらい好きな人を選んでも良いのではないか。何せユリウスは、あの時間潰しののうな茶会に、毎週笑顔を振りまいて参加しているのだ。それくらい褒美があっても良いはずだ。
「殿下、エリーゼ様にしませんか?エリーゼ様なら、一緒にジュースが飲めますよ?」
「ミハエル……」
「殿下も楽しかったですよね?あんなに楽しそうにお話になられているのははじめて見ました。」
「楽しかったけど……」
「殿下、このミハエルにお任せください。」
「何をするの?」
「エリーゼ様以外のご令嬢はお断りしましょう!」
「そんなことできないよ。」
「お任せください。殿下はエリーゼ様がいいのですよね?」
「……」
「ね?」
「……うん。」
「ですよね!がんばります。私。」
婚約者にエリーゼを選びたいのは山々だが、婚約者選びは国王の命令だ。婚約者を自分の判断で勝手に決めていいのかわからない。ユリウスは机の上にある書類を見つめた。