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王太子様との出会い

 令嬢たちがにわかに騒がしくなり、庭園の方を見てみると、何人もの側近を引きつれた美しい男性が現れた。庭園に咲くたくさんの花は、まるでその人のためにあるようで、令嬢たちの煌びやかなドレスも霞んで見えてしまうほどだ。


(すっごくキラキラしてる……)


 彼はしばらく会場を見回すと、近くにいた令嬢に声をかけた。どのような会話がされているのか、エリーゼのいる場所からはわからないが、二人はにこやかに会話を楽しんでいるようだった。


 一人の令嬢と話し終えると、彼は次の令嬢と話しはじめた。ここにいる全ての令嬢と話をするのだろうか。二人目の令嬢も楽しそうに会話をしているようだ。相変わらず、どんな会話がなされているのかここからはわからない。


(まさか私も話さなきゃいけない……とか?)


 庭園を離れた場所から眺めている自分と彼では、あまりにも世界が違いすぎる。きっと、他の令嬢たちのように同じ目線で会話をすることなんて不可能だろう。彼は段取り良く、令嬢との会話を続けている。相手の令嬢はみな楽しそうだ。もしかして、話し始めれば楽しく会話ができたりするのだろうか。


 エリーゼが神妙な面持ちでいると、給仕の男性がボトルとグラスを運んできた。


「よろしければ、こちらをどうぞ。」

「すみません。私、お腹がいっぱいで……」

「こちらをご用意致しました。」


 給仕の男性が運んできたのは、ワインのようなボトルに入ったぶどうジュースだった。それを見た途端、エリーゼの目の色が変わった。


(ロマーネヴィヨンだわ!)


 エリーゼは、喜びのあまり叫び出しそうになったのをどうにか堪えて、グラスに注がれるロマーネヴィヨンを見つめた。


 このジュースは、エリーゼが子供の頃、大人がワインを飲んでいるときに、ワインを飲むマネをしながら飲んでいたぶどうジュースだ。このぶどうジュースには品名がない。エリーゼは勝手に『ロマーネヴィヨン』というワインのような名前をつけて呼んでいた。


 ロマーネヴィヨンは、とても美味しい。それに加えてとても高価だ。そのためエリーゼの家では特別なときにしか飲むことができない希少なジュースだった。


 ロマーネヴィヨンのおかげで、エリーゼの不安な気持ちは吹き飛んだ。天気が良く、庭園にはたくさんの花が咲いていて美しい。ケーキや食事をお腹いっぱい食べて、今はふかふかのソファーでロマーネヴィヨンを飲んでいる。天国ではないか。


「幸せ……」


 エリーゼはふかふかのソファーにもたれかかり、あたたかな日差しを受けて、目を閉じた。


「こんにちは。」


 驚いて目を開けると、あの美しい男性が目の前で微笑んでいた。


「えっ!」

「ごめんね。起こしちゃって。」


 慌てて体を起こし、姿勢を正して座り直すと、彼は、目の前に美しい所作で腰掛けた。


「こんなところにいたんだね。」


 圧倒的な存在感を放つ彼を目の前にして、エリーゼは目をきょろきょろと動かした。ふたりが座るソファーを、何人もの側近たちが遠くから様子を伺っている。


「あぁ、ごめん。名前を言っていなかったね。ユリウス=レインドルフだよ。君は?」

「わ、わわ私はエリーゼ=サーチェスでございます!」


 エリーゼは慌てて立ち上がると、勢いよく頭を下げた。目の前にいるのは、ただの美しい男性ではない。王太子様だ。


「いつまでそうしてるの?」


 おそるおそる顔を上げるが、直視していいのかわからない。わからないことがいっぱいで、エリーゼはまばたきを繰り返しながら、そっとソファーに腰掛けた。


「そんなに緊張しなくてもいいのに。」


 王太子様と話していた令嬢たちは、にこやかで楽しそうに会話をしているように見えた。だから自分も同じようにできるのかもしれないと思っていたが、それは甘かった。何せ相手は王太子様だ。どんな会話をすれば良いのかわからない。


 会話の内容を必死に探すも、気持ちが焦るばかりで何も浮かばない。側近たちは何を話すのか興味津々な様子で待っているように見える。エリーゼの緊張は増すばかりだった。


 エリーゼは、会話になりそうな話題を探しては口に出そうかと悩み、結局こんな話題ではいけないと言い出せずに口をぱくぱくさせて挙動不審だった。


 無言の状況が続いて苦しくなってきた時、ユリウスは突然口を開いた。


「君は、これが好きなの?」

「んえぇっ!?」


 突然聞かれて驚いてしまい、変な声が出てしまった。慌てて両手で口を押さえると、ユリウスはテーブルの上にあるロマーネヴィヨンの入ったグラスを指した。


「あぁ!これですね!好きですよ!我が家ではあまり飲めませんので!」

「ふっ、はははっ!」


 盛大に吹き出して大笑いしているユリウスを前に、エリーゼは俯いた。どうしてこんなことを言ってしまったのだろうか。慌てるにも程がある。


「ちょっと待ってて。」


 ユリウスはくすくすと楽しそうに笑いながら、側近たちが控えている方へ歩いて行ってしまった。


 エリーゼは、俯いたまま両手を握りしめた。そもそも、今日の茶会に王太子様が来ることを知らなかった。その上、面と向かって名前を聞くまで誰なのかわからず、挙句こんな場所でのんびりしているところを見られて、最後にはこれだ。失敗しかない。


 王太子様はどこに行ってしまったのだろうか。帰れと言われようと、今後一切城に来るなと言われようと仕方ないが、父の仕事に影響が出たら困る。


「お待たせ。これどうぞ。」


 エリーゼが猛省していると、ユリウスはエリーゼの前にロマーネヴィヨンのボトルを置いた。


「こ、これは……どうすればよろしいのでしょうか?」

「あげるよ。好きなんでしょ?」

「受け取れません!失礼なことばかりししてしまったのに!」

「失礼なことなんて何もされてない。」

「でも……」

「王族からの贈り物は、受け取らないといけないんだよ?」

「そ、そうなのですか!?」

「そう。だから、これは持って帰って?」


 ユリウスの言葉に困惑しながら、エリーゼはロマーネヴィヨンのボトルを見つめた。受け取らないといけないなら、受け取るしかない。


「あ、ありがとうございます。殿下……」

「うん。楽しかったよ、エリーゼ。じゃあ、またね。」


 エリーゼが立ち上がって頭を下げると、ユリウスはたくさんの側近たちを引きつれて、その場を去って行った。


「どうしよう……」


 目の前にはロマーネヴィヨンのボトルが置いてある。思いがけず王太子様からロマーネヴィヨンをもらってしまった。しかも王太子様に対してあまりにも失礼な態度だった。大丈夫なのだろうか。父の仕事に影響が出ないだろうか。


「なんて言えばいいのかな……」


 家へ戻る馬車の中で、エリーゼは王太子様から受け取ったロマーネヴィヨンのことを、どう説明したらいいか考えていた。素直に王太子様からもらったと言ってもいいのだろうか。エリーゼは、眉間に皺を寄せたたま家に戻って行った。

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