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城のお茶会

「お前にこれを。」

「これは?」


 ある日、エリーゼは父から一通の封筒を受け取った。封筒には、王家の紋章が刻印されていて、見ただけで上質な紙であることがわかる。


「城で開かれる茶会の招待状だ。行ってくるといい。お友達ができるかもしれないよ。」

「お友達?」

「ああ、たくさんのお嬢さんたちがいらっしゃるようだからね。」

「楽しそうね!」


 エリーゼは、城でたくさんの令嬢たちと会話して楽しく過ごす時間を想像していた。


「お城のお茶会なんて参加できると思わなかったな。」


 城で開かれる茶会は、限られた人間だけで催される特別な催し物だと思っていた。女性が年頃になると招待されるという噂を聞いたことはあったが、郊外に住んでいるエリーゼは他人事のように思っていた。


 そして、今日がその茶会の日だ。とても天気が良くて暖かい。エリーゼは馬車を降りると、浮かれ気分で茶会の会場となる城の庭園に足を向けた。


「わぁ……!」


 暖かな日差しが差し込む庭園にはたくさんの花が咲いていて、煌びやかに着飾った令嬢たちが集まっていた。まるで別世界のようだ。


 エリーゼは自分のドレスを見下ろした。他の令嬢たちとは違い、ずいぶんと落ち着いている。でもせっかく来たのだから、友達を作りたい。エリーゼは、近くにいた令嬢に声をかけた。


 しかし、その令嬢はエリーゼの方を見ると立ち去ってしまった。彼女とは合わなかっただけかもしれない、そう思って別の令嬢に声をかけてみても、同じ反応だった。その後も何人か話しかけてみるも同じだ。ようやく話してくれる人が見つかったと思っても、なんだか距離を取られているようだった。


 友達がいないわけではない。むしろ家の周りはみんな友達のようなものだ。ただ、城の近くに住む友達もできたらいいなとそう思っていただけだが、これは少し堪える。エリーゼの耳に父の「お友達ができるかもしれない」という言葉が響く。


「ちょっと……今日は難しいかな……」


 エリーゼは、令嬢に声をかけることをやめて、庭園の花々を眺めながら、静かに庭園を歩いた。どこを見渡しても美しい花が咲いている。天気が良いから散歩するには最適だ。エリーゼは、令嬢たちから離れるようにして、庭園の奥へ進んで行った。


「わっ!」


 突然目の前にたくさんのテーブルが現れて驚いた。振り返ると、令嬢たちがいる場所からは離れてしまっている。


「お茶会じゃなかったの?」


 茶会というのだから、飲み物を飲む会だと思っていたが、テーブルの上にはたくさんの料理が並べられている。中には、華やかでおいしそうなケーキもあった。


「ケーキがある!」


 エリーゼの目は輝いた。先ほどのことは忘れてしまいそうだった。テーブルには取り皿が重ねられている。エリーゼはお皿を取ろうとして手を伸ばしたが、父から「お茶会では何も食べないように」と言われていたのを思い出した。


「マナーのことだよね、きっと。」


 エリーゼの父は子爵ではあるが、のどかな郊外にある田舎の子爵に過ぎない。代々受け継いだ領地を預かり、領民たちとのんびり楽しく過ごしているエリーゼの生活は、ここにいる令嬢たちの生活とは全く異なるものだった。礼儀や作法は、ある程度両親から教わっていたが、人前で見せられるものではないことは自覚している。エリーゼは、令嬢たちの立ち居振る舞いを思い出した。


「そうか、だからあんな風に……」


 エリーゼは、自分が話しかけた令嬢たちがいい顔をしなかった理由をようやく理解した。自分は郊外の人間で、茶会にいる令嬢たちとは違う存在なのだ。


「だったら食べないとね。せっかく来たんだから。」


 エリーゼは、お皿を手に取った。もしかしたらこれを、やけ食いと言うのかもしれない。


 エリーゼは、綺麗にデコレーションの施されているチョコレートケーキをお皿に取って、ひとくち頬張った。


「うわっ!何これ!?すごくおいしい!」


 甘さとほろ苦さの絶妙なバランス、口の中に入れたら一瞬で溶けてしまう儚さ。こんなにおいしいケーキは食べたことがない。エリーゼは、近くで給仕をしていた男性に駆け寄った。


「あの!このケーキ、すごく美味しいです!作られた方に伝えていただいてもよろしいでしょうか!」


 男性は面食らった様子で驚いている。男性の様子を見て、言わなくても良かったかもしれないと思ったが、この美味しさを誰かに伝えたいと思うと、抑えきれなかった。


 男性が苦笑いしているのを横目に、エリーゼはテーブルに置かれているケーキや料理、果物などを次々に食べた。どれも美味しくていつまでも食べていたいと思ったが、エリーゼは手を止めてお腹をさすった。いつもならもっと食べられるのに、ドレスを着ていて、あまり食べられない。


 すると、先ほど声をかけた給仕の男性が近づいて来た。ひとりで食べ過ぎだと咎められるかもしれないと身構えると、男性はにこやかにこう告げた。


「今日は、ベリーのタルトがおすすめなんですよ。お召し上がりになりませんか?」

「食べますっ!」


 思いがけない言葉に驚いたが、反射的に答えていた。男性に案内されたテーブルは、さらに奥まったところにあった。


「どうぞ。お召し上がりください。」


 テーブルの上には色とりどりのベリーで飾られたタルトが置いてある。給仕の方が勧めてくれているのだから、美味しいに決まってる。食べないわけにはいかない。エリーゼは、ベリーのタルトを早速頬張った。


「おいしい!とてもおいしいです!こちらもおいしかったとお伝えください!」


 男性は微笑んでいたが、もう気にならない。まだまだたくさん食べたかったけれど、ついにエリーゼのお腹が限界を迎えてしまった。隣にあるチーズタルトを食べられないのが悔しい。


「お休みいただける場所がございますので、ご案内致します。」


 男性について行くと、日の当たるテラスに、座り心地のよさそうなソファーが置いてあった。


「どうぞ。」

「よろしいのですか?」


 男性はにっこり頷いた。恐る恐るソファーに腰をおろすと、ソファーが沈み、体を包み込んだ。


「うわっ、すごい!」


 しばらくソファーの座り心地を堪能していると声が聞こえてきた。ふと顔を上げると、その場所からは、令嬢たちがいる庭園を見渡すことができた。遠目で見ても、令嬢のドレスはキラキラと輝いている。


「はぁ……」


 自分と令嬢たちの間にある差は、あまりにも大きい。遠くから見ていると、私がいる場所が現実で、庭園の彼女たちが幻想の世界のように感じてしまう。


 エリーゼは、気持ちを奮い立たせるために、ソファーに寄りかかって、先ほど食べたおいしいケーキや料理のことを思い出した。

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