白雪姫と遊ぶ
「ご機嫌よう。王女殿下」
「王妃様!」
マルガレーテの部屋にカタリーナが顔を見せると、マルガレーテは顔をぱああっと輝かせ、とことこと駆け寄って来る。
「王女殿下。今日は貝合わせをしましょうか?」
「やりたいです! やりたいですわ!」
二つに切り離された二枚貝の貝殻を元の貝の形に戻したとき、ぴたりと合うのは元々一対だった組み合わせのときだけだ。
テーブルに並べられたたくさんの貝殻から、対となる貝殻を見付けた数を競うのが貝合わせという遊びだ。
最近カタリーナは、頻繁にマルガレーテと遊んでいる。
マルガレーテの母親は亡くなっている。
父親のフィーリップは、彼女にあまり関心がない。
王宮での彼女は、孤独だった。
今世では、カタリーナも早くに母を亡くしている。
母親の喪が明けてすぐ、父親はこれまで愛人関係だった子連れ女と再婚した。
カタリーナより二歳年下の連れ子は、母が亡くなるより前に生まれた腹違いの妹だった。
父親は、愛する女性との子である妹を可愛がった。
継母である後妻の侯爵夫人は、実子の妹だけを可愛がり、カタリーナは冷遇した。
その関係が当たり前になる頃、侯爵夫人のカタリーナに対する扱いは少しだけ酷いものになった。
カタリーナの扱いには口を挟まないのが家庭円満の秘訣だと理解した父親は、無用なトラブルを避けるべくカタリーナの冷遇を黙認した。
その冷遇が当たり前になる頃、またカタリーナの扱いは少し悪いものになり、そうやってじわじわと彼女の扱い酷くなっていった。
嫁ぐ直前にもなると、もはや公然と虐待が行われていた。
緩やかに深刻化したために、ハッツフェルト家の者たちはその残酷さに鈍感になっていた。
マルガレーテを、自分のような目には遭わせたくない。
自分の継母のような、あんな最低な人間にはなりたくない。
だから彼女には優しくしたい。
(いえ、言い訳ね)
そう考えてから、それを否定する。
今世でのカタリーナは、誰からも愛されていない。
ハッツフェルト家ではもちろん、王宮に来てからもずっとそうだ。
(きっとわたくしは……寂しかったのね。
この子が笑顔を向けてくれるだけで、心の深いところが癒やされていくのを感じるもの)
全てを持ち合わせた大人が、憐れな子供に救いの手を差し伸べる。
母を亡くした五歳の継子とその継母なら、そんな関係が普通だろう。
でも自分たちは、そういう上下の関係ではない。
孤独で寂しい者同士がお互いに身を寄せ合う、そんな対等の関係だ。
マルガレーテを救いたいのではなかった。
彼女によって救われたかったのだ。
自分のしていることは、実は至って利己的だということにカタリーナは気付く。
「次は、お人形さん遊びなんてどうかしら?」
「やりたいです! やりたいですわ!」
お人形さん遊びやごっこ遊びは、実は意外に難しい。
普段のマルガレーテの生活を知らないとあまり上手くできない。
だからカタリーナは、彼女の普段の生活について彼女付きの侍女たちに詳しく聞いた。
何度かの調査でマルガレーテの生活をある程度把握できて、ようやく彼女とお人形さん遊びができるようになった。
マルガレーテと接する人間は限られている。
特別なことがない限り、彼女と接するのは侍女と教師だけだ。
ごっこ遊びなどでは、彼女はいつも侍女役だ。
「うわあああ!」
それに備えてカタリーナは今日、ワゴンや食器、ケーキなど侍女が普段使う物のミニチュアを用意した。
それを見たマルガレーテは、目をキラキラさせて感嘆の声を上げる。
本来、王女ならこの程度の遊具を手に入れることは難しくはない。
裕福な商家の娘だって、この手の物なら持っている。
しかしマルガレーテには、そういった物を与えられていなかった。
フィーリップは彼女に関心がない。
ゼッキンゲン夫人は、成績を落とす原因になるようなものを予算申請したりはしない。
マルガレーテの侍女たちもまた、必要最小限のものしか予算申請していなかった。
洗脳されていたときのカタリーナは、出会うなりマルガレーテを罵倒し始める継母だ。
継子を毛嫌いする王妃の機嫌を損ねることを、侍女たちは恐れていた。
「王妃様!
このお皿、とっても小さいですわ!
わたくしの手のひらに二枚も載りますの!」
マルガレーテは、紅葉の葉ほどしかない小さな手のひらを差し出して見せる。
舌っ足らずな言葉ではしゃぐ彼女を見て、カタリーナは幼かった頃の自分を重ね合わせてしまう。
今世で幼かった頃、ある日突然、自分の周囲が激変して両親が唐突に自分を溺愛し始めることを夢見ていた。
自分にはそんな都合の良いことは起こらなかったが、マルガレーテには起こっても良いのではないだろうか。
カタリーナ自身もまた、それで寂しさを埋めることができるのだから。
無邪気に喜ぶマルガレーテの相手をしながら、カタリーナはそんなことを考える。
「王妃様。次はいついらっしゃいますか?」
「王女殿下さえ良ければ、毎日でも来たいわ」
「わ、わたくしは毎日が良いです!
絶対に、絶対に、毎日が良いです!」
カタリーナが退席する時間になって沈んだ顔を見せるマルガレーテだが、毎日来たいというカタリーナの希望を聞いてぱああっと顔を明るくする。
(くるくると表情が変わるわね。
とっても可愛いわ)
素直な表情の変化は、王宮ではまず見られない。
カタリーナとの時間が終わることを駆け引きなく寂しがってくれ、自然な笑顔で自分と遊ぶことを喜んでくれる彼女を見て、言葉では上手く言い表せない喜びが心の深いところで湧いてくるのが分かる。
ただ一緒にいるだけで喜んでもらえるなんて、今世ではこれまで一度もなかった。
それを嬉しく思う自分は、やはり寂しかったのだとカタリーナは思う。
また明日来ることを約束して、マルガレーテの部屋を後にする。
当初はカタリーナを怖がっていたマルガレーテだが、初めて遊んだその日にはもう、態度をころりと変えてしまった。
あっという間に、屈託のない笑顔をカタリーナに向けるようになってしまった。
今の両親が突然態度を変えて自分を可愛がり始めるところを、カタリーナは想像してみる……。
関係が改善できて嬉しく思うことは間違いない。
でも自分なら、その変化をすんなりと飲み込むことはできない。
今まで理不尽な扱いを受けてきたのは何故なのか。
今までの辛い思いは何だったのか。
疑問や悔しさ、悲しみといったものが嬉しさとともに湧き上がって来て、複雑な思いになるだろう。
そんな簡単に、気持ちを切り替えられない。
マルガレーテのように笑うなんて、自分には到底できない。
子供は凄い。
この切り替えの早さは、純粋さの証だろう。
恨み辛みを引き摺らない清らかさを、自分がもう失ってしまったものを、マルガレーテは持っている。
廊下を歩きながら、カタリーナはそう思った。




