侵攻の後始末2/3 カタリーナの決意
フロリアン王子の襲撃があった昨日、一日中マルガレーテと一緒だった。
今日もまた、日中はずっとマルガレーテと共に過ごした。
マルガレーテとずっと一緒なのは、襲撃で怖い思いをした彼女の心のケアのためだ。
それをカタリーナが担当したのは、フロリアン王子たちを一人で撃退したカタリーナへのご褒美でもあった。
たっぷりと英気を養えるご褒美に、カタリーナも大満足だ。
「そう言えば、捕縛された人たちの中には、ハッツフェルト侯爵もいましたよね。
王妃殿下は、どういった処分を望まれているんですか?」
これから、カタリーナは就寝だ。
もちろん、マルガレーテと一緒に休む。
今はその就寝の準備をしている真っ最中だ。
そこでジビラが、そんな問い掛けをカタリーナにする。
「……弁明の余地もない反逆罪ですもの。
除籍された者を除く一族全員を、斬首にするべきだと思うわ」
こういう質問を、ジビラがするのは珍しい。
怪訝に思いながらも、カタリーナは法規に則った模範的な回答を返す。
王国の法律上は、そうなっている。
反逆罪の場合、嫁いだり他家の養子になったりして除籍された者以外は、連座で斬首となる。
除籍された者も、反逆に加担していないか取り調べを受けることになる。
「法的にどういった処罰をするべきが、ということをお伺いしているのではありません。
王妃殿下のお気持ちとしては、どういった処分をお望みなんでしょうか?」
答え難い質問だ。
殺したいかと聞かれたら、自らの手では殺すことには抵抗がある。
かと言って、生きていてほしいかと聞かれても、できれば生きていてほしくはない。
自分を虐待していた家族に対する感情は、愛憎が入り混じる複雑なものだった。
「……何とも言えないわね。
二度と会いたくないし、二度と関わりたくない、あの人たちのことを考えたくもない、というのが本音だと思うわ」
心の平穏を保つためには、それが一番だ。
処分について、考えることさえ嫌だ。
それがカタリーナの本音だった。
それを聞いたジビラは「そうですか」とだけ悲しげに言った。
「ところで、王妃殿下。
今日のドレスは、これにしましょう!」
急に話題を変えたジビラは、笑顔で就寝用ドレスを広げて見せる。
「……それを、わたくしが着るのかしら?」
ゆったりとした作りの丈の長いそのドレスには、三匹のウサギが刺繍されていた。
ワンポイントではない。
胸にでかでかと刺繍されている。
サイズこそ大人用だが、幼児が着るようなデザインだった。
「そうです!
王女殿下は、絶対に大喜びですよ!」
あまりにも子供向け過ぎて、本音では着たくなかった。
だが、マルガレーテが喜ぶなら、とカタリーナは渋々承諾する。
◆◆◆◆◆◆
「まあ! ウサギさんのドレスですわ!
とっても、かわいいですわ!」
ジビラの読み通り、その就寝用ドレスはマルガレーテに大好評だった。
可愛らしく喜ぶマルガレーテを見ていると、つい顔が綻んでしまう。
「うふふ。
マルガレーテさえ良ければ、お揃いの就寝用ドレスを、今度作ってもらいましょうか?」
「ほしいですわ!
お母様とおそろいのドレス、絶対に、絶対にほしいですわ!
ウサギさんのドレスが良いですわ!」
マルガレーテは大喜びだ。
(さすがジビラね。
これだけ喜んでくれるなら、このドレスを着た甲斐があるわ)
心の中で、カタリーナはジビラに感謝する。
「お父様もお母様も、とってもお優しい方ですわ。
きっと仲良しになれると思いますの」
カタリーナのベッドで一緒に寝ているとき、マルガレーテは突然そんなことを言う。
仲良しの夫婦は、お互いを愛称で呼び合う。
マルガレーテは、侍女たちからそう教えられている。
そのおかげで、愛称で呼び合うなら仲良しで、そうではないなら仲が良くない、という図式が彼女の中で出来上がってしまっているようだ。
カタリーナは反省する。
マルガレーテに、こんなことを言わせてしまった。
少なくともマルガレーテの前では、フィーリップを愛称で呼ぶべきだった。
そうできなかったのは、フィーリップの一言が原因だ。
『一つ一つ手順を踏んでいこうと思う。
まずは、恋人同士になりたい』
そんなことを、以前フィーリップが言ったからだ。
この状況で、愛称呼びを自分から始めたなら、自ら恋愛関係に飛び込むようなものではないだろうか……。
前世を含めるなら、世界屈指のお一人様歴を誇るカタリーナだ。
恋愛の才能が皆無であることは、もはや疑う余地はない。
恋人同士になったところで、自分ではフィーリップを満足させられないだろう。
破局は目に見えている。
状況からして、フィーリップの気持ちが冷め、カタリーナの気持ちはまだ残っている、という破局になるはずだ。
王と王妃の関係だ。
そうなってしまっても、フィーリップからは離れられない。
すぐ身近にいる男性に、自分一人だけ想いを寄せ続ける悲しい状況が、その後何年続くのだろうか……。
「お母様は、お父様がお嫌いですの?」
「え?」
予想外の質問に、カタリーナは戸惑ってしまう。
難しい質問だ。
好感を持っているか、ということなら、もちろん好感を持っている。
しかし、男性として愛しているのかと聞かれると、返答に困ってしまう。
前世で恋をする歳の頃、カタリーナは、反政府組織のリーダーだった。
その地位の重さは、想像を絶するものだった。
冗談を言い合いながら共に食事をした戦友が帰らぬ人となる度に、信頼を寄せてくれる仲間の命が、未熟な自分に懸かっていることを思い知らされる都度、その地位の重圧に苦しんだ。
とてもではないが、恋愛にかまけている余裕などなかった。
今世で恋をする歳の頃、カタリーナは、ハッツフェルト家の一室に閉じ込められていた。
出会い自体が皆無であり、恋をする余地さえなかった。
恋とは、どんなものなのか。
カタリーナはまだよく分からない。
恋愛小説を読んで想像はしてみても、所詮は想像でしかない。
フィーリップに好感を持っていることは間違いないが、これが恋なのかと聞かれると、答えに窮してしまう。
「お母様?」
黙り込んでしまったカタリーナを、マルガレーテが不思議そうに見詰める。
「え? あ。
も、もちろん、嫌いではないわ。
優しくて良い方ですもの」
ちょうど悩んでいることを聞かれたので、つい考え込んでしまった。
しかし、マルガレーテはまだ五歳だ。
彼女の尋ねる好き嫌いが、恋愛の意味での好き嫌いであるはずがない。
それに気付いて、カタリーナは慌てて答えを返す。
「まあ! それなら、きっと仲良しになれますわ!」
カタリーナの答えを聞いて、マルガレーテは喜ぶ。
「お母様……ギリゾンが言いましたの。
勇気を出して一歩踏み出せば……仲良しになれるって。
ですからわたくし……勇気を出してオンブルを……しゃぼん玉遊びにお誘いしましたの。
それで……仲良しになれましたの……」
カタリーナの腕の中でうとうとしながら、マルガレーテが言う。
アシスタントにも個性がある。
空間操作能力を持つオンブルは、背丈はマルガレーテと同じぐらいで、内気で人見知りをする女の子だ。
そんな彼女と打ち解けるために、マルガレーテも努力したようだ。
その過程で、勇気を出して一歩踏み出すことを、彼女は学んだ。
娘の成長を実感し、カタリーナは嬉しくて胸が熱くなる。
涙が零れそうだが、今は素直に喜んでいる場合ではない。
彼女がこんなことを言うのは、カタリーナとフィーリップの仲を、彼女なりに取り持とうとしているからだ。
カタリーナが勇気を出してフィーリップとの距離を縮めることを、彼女は望んでいるのだ。
両親の関係改善のために、マルガレーテは幼いなりに頑張っている。
そんな苦労を、これ以上、子供にさせてはならない。
少なくともマルガレーテの前では、フィーリップと親しい様子を見せる必要がある。
そのためには、どういった方針でフィーリップとの距離を縮めるのかを早急に決め、動き出さなくてはならない。
腕の中にいるマルガレーテの温もりを感じながら、カタリーナはそう考えた。
眠りに就いたマルガレーテの頬にキスをすると、カタリーナは着替えのために寝室を抜け出す。
フロリアン王子による襲撃当日、カタリーナは朝までマルガレーテと一緒だった。
その翌日である今日の日中も、ずっとマルガレーテと一緒だった。
しかし、王妃という地位は多忙であり、今日の夜もずっと一緒というわけにはいかなかった。
フィーリップとの打ち合わせを、これからしなくてはならない。
◆◆◆◆◆◆
「今日はこれにしましょう!」
自信満々にジビラが言う。
マルガレーテを寝かし付けたら、次はフィーリップとの酒席だ。
深夜の酒席だというのに、ジビラはまた、無駄に気合いの入ったドレスやアクセサリーを持って来ている。
毎度のことなのでカタリーナには抵抗する気力もなく、なすがままに着飾られていく。
身支度を調えてもらいながら、フィーリップとの関係をどうするべきかについて、ジビラたちの意見を聞く。
「自分の気持ちが分からないなら、とりあえず陛下と恋人やってみたら良いんじゃない?」
ジビラに化粧をされるカタリーナに、エミーリエはそんなことを言う。
「もっと真面目に考えてほしいわ。
とりあえずやってみる、だなんて……」
カタリーナは、頬を膨らませる。
いい加減とも思える回答に、彼女も不満気だ。
「恋が実りにくい人ってね。
いろいろ考え過ぎちゃう人なんだよ。
余計なことをあれこれ考えちゃって、一歩も進めなくなっちゃう人なの。
王妃様って、まさにそのタイプだと思うよ
恋愛ってね、頭でいろいろ考えずに、自分の気持ちに素直に従うことが大事なの。
歳を取ると恋愛がし難くなるのも、若い頃みたいに気持ちだけで動かなくなるからだよ?」
「でも……よく考えもせずに恋愛を始めて、破局してしまったら大変でしょう?」
カタリーナの反論に、エミーリエは笑う。
「破局を、重く考えすぎだって。
別れてから、またよりを戻す人たちだっているし、もう二度とその人と恋愛できない、ってわけじゃないんだからさ。
別れてもまだ気持ちがその人にあるなら、転んでも立ち上がって、また恋人になれるように頑張り続ければ良いじゃない?」
目から鱗だった。
破局した後にもう一度頑張るなんて、カタリーナは考えたこともなかった。
カタリーナの恋愛に関する知識は、前世の少女時代に読んだ恋愛小説が主軸だ。
前世の恋愛小説では、本命の男性と結ばれた後に破局するものなんてなかった。
本命との恋が成就した後、主人公たちを待っているのは、永遠に愛し合う幸せな未来だった。
恋仲になったり別れたりを繰り返すなんて、前世の少女向け恋愛小説では考えられないことだった。
「……そうね。その通りね」
さすがは、エミーリエだ。
小説の中の恋しか知らない自分とでは、知恵の深さがまるで違う。
彼女こそ、現実の恋愛を何度も経験した恋愛強者だ。
カタリーナは感心し、エミーリエの意見に納得する。
「それにさ、やらぬ後悔よりやる後悔って言うでしょ?
失恋したとしても、別に悪いことだけじゃないと思うよ?
失恋して悲しかったのだって、受験で苦労したのだって、時間が経って振り返ってみれば、きっと良い想い出に変わると思うんだよね。
何事もね、積極果敢に挑んで、自分は頑張ったんだって、心から思えることが大切だよ。
そうすればきっと、還暦を迎える頃には、あのとき頑張って良かった、自分は全力を尽くして生きて来られた、後悔しない生き方ができて本当に良かったって、心から思えるようになるよ。
だから、結果なんかより、自分自身が納得できるぐらい頑張ることが重要だって、私は思うな」
カンレキの意味が、カタリーナには分からなかった。
だが、言いたいことは分かった。
前世での自分もそうだった。
死を目前にして、全力を尽くして生きられたことに満足したし、良い人生だったと思うこともできた。
もちろん、人生の中での全てが良い結果に終わったわけではない。
戦友が命を失う、という最悪の結果だってあった。
しかしそれでも、最善の結果となるよう力を振り絞ったことで、自分の人生には満足することができた。
戦友の死でさえ、神でもない自分にはあれが限界だった、と受け入れることができた。
もし、楽な道を選び続けて中途半端に生きていたなら、きっと後悔に塗れた最期だっただろう。
前世での今際の際では、恋ができなかったのが心残りだった。
あれはきっと、恋愛では全力を尽くしていなかったからだ。
前世での失敗を、今世でも繰り返すわけにはいかない。
カタリーナはそう思った。
「うん……やるわ。
わたくし、恋を頑張ってみるわ」
細い指をぎゅっと握り締めて、カタリーナは決意する。
「まずは、陛下を愛称で呼ぶことにするわ。
それから……えっと……何をすればいいのかしら……?」
恋愛経験に乏しいカタリーナは、いきなり迷子になってしまう。
「それはもちろん、陛下をベッドにお誘いすることでしょう?
貴族の場合、昔から婚約していたわけでもないなら、夫婦の恋愛はベッドから始まるものです」
カタリーナの眉を描きながら、ジビラは楽しそうに言う。
「む、む、無理よ!!
そ、そ、そんなの、絶対に無理よ!!」
顔を林檎のように染め、カタリーナは手をぶんぶんと振って否定する。
そんなカタリーナを、微笑ましい目で眺めながらジビラたちは笑う。
「王妃様は、ようやく文通始めたばっかりなんだし、初々しい中学生が交換日記を始めたみたいな段階だよね?
それなら次は、二人でお出掛けしたりとか、手を繋いだりとかじゃない?
王族のお出掛けは大変だろうから、まずは手を繋いでみたら?」
「そ……それなら……頑張れるかも……」
急にハードルが下がってほっとしたカタリーナは、手を繋いでみることへの挑戦を決める。




