フロリアン王子との対決 3/3 猛悪の大魔女による反撃
「勝てるか、とお尋ねになったのですか?
……正気ですか?」
フロリアン王子は、怪訝そうな表情でカタリーナを見る。
その視線を受けても、カタリーナは上品な笑顔のままだ。
国賓訪問のために十分な人員の警備を置いているとはいえ、王宮内の騎士は二百人程度だ。
王宮内の兵舎で暮らす兵士や工兵なども含めても、千人にも満たない。
対して、この場に展開する悪魔は、一万もの大軍勢だ。
その上、彼らは不死身でもある。
首を刎ねられても死なないし、腕を斬り落とされたところで痛がりもしないし、どれほどの傷を受けても恐怖することさえない。
たとえ兵数が同等だとしても、人間の軍ではおよそ勝ち目がない。
にもかかわらず、なぜかカタリーナの笑顔には余裕がある。
フロリアン王子には、それが理解できなかった。
「……ははは。戯れ言を。
では、証明してご覧に入れましょう。
我が国が誇る悪魔の軍勢は、この国など蟻を踏み潰すように蹂躙できることを。
ヘイ。サリー。
攻撃開始をお願いします。
この施設にいる人間全員を殺してください。
ただし、あそこにいる拘束されている者たち、および我が国の紋章を持つ者たちは対象外でお願いします」
「承知しました。
攻撃を開始します」
古代語による王子の呼び掛けに、黒い板が古代語で応える。
悪魔たちがカタリーナたちに襲い掛かる。
しかし、カタリーナたちを攻撃できなかった。
透明な膜のようなものに阻まれ、悪魔はカタリーナたちに近付けなかった。
カタリーナが防御魔法を使ったのだ。
カタリーナたちの陣容を見ると、中心にはマルガレーテを包む虹色の球体があり、それを侍女たちが囲んで自らの体を盾としてマルガレーテを衛り、その外側にはカタリーナとエミーリエがいて、さらにその外側で騎士やアシスタントが円陣を敷き、衛りを固めている。
透明の半球は、それら全てを覆い隠していた。
「お、お、王妃様!!
ど、ど、どうするの!?」
透明な膜で阻まれているとはいえ、全方位から襲い掛かろうと迫るアンデッドの軍勢は怖いのだろう。
ゾンビ映画が現実になったような光景に、エミーリエの声は震えていた。
「大丈夫よ。
前世でもね、似たようなことを経験したことがあるの。
死霊魔法で使役されるアンデッドの軍勢は、前世でも猛威を振るっていたわ。
戦う度に戦力を損耗するのではなく、逆に戦力を増大させ続けて、兵糧も睡眠も必要としない、どんなに劣勢でも恐怖することがないアンデッドの軍勢は、前世でも世界的に大きな脅威だったの」
「えええっ!!?
じゃ、じゃ、じゃあ、ヤ、ヤ、ヤバいじゃん!!?」
「言ったでしょう?
大丈夫だって。
世界が脅威を感じるなら、世界中の魔法使いがその対策を考えるようになるの。
すぐに対抗策の魔法が開発されて、世間に知れ渡っていたわ」
エミーリエを安心させるような穏やかな笑顔で、カタリーナはそう言う。
そして、指を交差させるように胸の前で両手を合わせ、目を閉じる。
『天にまします我らの神々よ。浄化の太陽、ここに賜い給え。聖の光により法理を正し、死者にあるべき安寧を齎し給え。神々の御心のままに』
前世の言葉で、まるで祈るようにカタリーナは唱える。
神々の力を借りる神聖魔法は、神々に奏上する詠唱を必要とする。
それが前世の言葉でも問題はない。
偉大なる高次の神は、次元を越えて存在する。
この世界の神々も、カタリーナの前世の神々も、結局は同じ神々だ。
カタリーナが詠唱を終えると、王宮の上空五十メルトほどのところに、直径一メルトほどの光球が生まれる。
光球は次々と数を増やしていき、庭園上空には無数の光球が浮かぶ。
そのすぐ後、頭上に浮かんでいた光球が一斉に強烈な光を放つ。
純白の光を放つ光球は、まるで間近に太陽が現れたかのようだった。
誰もが思わず目を閉じてしまうほどの、圧倒的なまぶしさだった。
強烈な光により、庭園一面が白へと染まる。
「な、なに!!?
ば、馬鹿な!!!
ありえない!!!」
無数の太陽と白い光が消えた直後、フロリアン王子は目を開けて驚愕する。
彼が目を開けたとき、勝敗は既に決していた。
全てのアンデッドが庭園に横たわり、ぴくりとも動かなくなっていた。
『猛悪の大魔女』にとって、アンデッド一万など物の数ではなかった。
「エラーです。
エラーコード七十一。
予期せぬ原因により、操作対象となるアンデッドが消失しました」
その場にいた誰もが呆然として口を開かない中、黒い板のその言葉は周囲にもよく聞こえた。
死者の魂は、冥府へと向かう。
これは天の摂理だ。
アンデッドとは、冥府の神の盲点を突き、その摂理に逆らうものだ。
カタリーナが感知魔法で調べたところ、悪魔の使役書は死霊魔法によってアンデッドを生成・使役しているのではなかった。
しかし、その原理は同じだった。
原理が同じなのは、カタリーナの予想通りだ。
偉大な神の目を欺く方法が、そういくつもあるわけがない。
前世の死霊魔法も悪魔の使役書も、その原理は、神の目を欺き、不自然な形で死者の魂を現世に留まらせるものだ。
危うい均衡を辛うじて保つ不安定なものだから、ほんの少し突き崩してやるだけで簡単にそのバランスは崩れ、神の目を誤魔化せなくなってしまう。
神を欺くことができなくなれば、冥府の神の絶大な力により魂は体から引き抜かれ、底知れぬ神の力で冥府へと還されてしまう。
魂が抜けてしまえば、アンデッドはただの死体だ。
カタリーナが使った神聖魔法は、そういった原理のものだった。
「ね? 大丈夫だったでしょう?
ターン・アンデッドは、前世でも有名な対アンデッド魔法だったの。
もっとも、神聖魔法を使える人は少なかったから、やっぱりアンデッドは多くの国で脅威だったけれどね」
強烈な光が消えてもまだ目を開かず、エミーリエは相変わらずブルブルと震えていた。
「なんまいだー。なんまいだー」と意味不明な独り言を繰り返す彼女に、カタリーナは優しく声を掛ける。
「きゃあああ!!」
「うわああっ!!」
突如、侍女や護衛たちが悲鳴を上げる。
茨の蔓で拘束され、必死にもがいていた騎士の一人が、みるみるうちに老人のようになり、だらりと体から力が抜けてしまったからだ。
実は、カタリーナが光球を生み出したのは、庭園上空だけではなかった。
王宮内の全ての施設の全ての階層に、光が届かず討ち漏らすことがないように、隈なく光球を生み出していた。
騎士の一人が老人のようになって死んだのは、彼から星を吸収することで魔力を補充したからだ。
マルガレーテを襲撃した騎士や貴族を、カタリーナは殺さなかった。
茨の蔓で拘束するだけだった。
そうしたのは、このためだ。
強力な霊宝との戦いに備え、魔力貯蔵庫として騎士たちを確保していたのだ。
領地戦で、カタリーナは大幅に魔力を増やした。
高機動飛行魔法や結界魔法などに続き、大掛かりな『浄化の太陽』の魔法を使っても、魔力にはまだ十分な余裕があった。
しかし、他にどんな霊宝を、フロリアン王子が隠し持っているのか分からない。
もしかしたら、力を振り絞って戦うことになるかもしれない。
そう考えたカタリーナは、念のために魔力を最大限に補充し、万全の状態を維持する。
「フロリアン殿下。
もう一度お尋ねしますわね?
たかがアンデッド数万程度で、このわたくしに勝てるとお思いですの?」
アンデッドを防いでいた魔法障壁が消えると、にっこりと気品ある笑顔を見せ、カタリーナは尋ねる。
「ぐっ! ……化け物め!」
『猛悪の大魔女』の圧倒的な力を目の当たりにして、もはやフロリアン王子に余裕はなかった。
忌々しげに睨み付ける彼を見て、カタリーナは確信する。
この王宮を制圧できるほどの戦力を持つ霊宝を、彼はこれ以上持っていないと。
「だ、だが! これさえ!
これさえマルガレーテ王女に食べさせれば、私の勝ちだ!」
(!?)
フロリアン王子は、右手に持っていたキューブ状のものを投げた。
マルガレーテを包む虹色の魔法結界を見ても、その効果までは分からなかったのだろう。
だから彼は、キューブを投げたのだ。
だが、何を投げられてもマルガレーテは大丈夫だ。
結界に阻まれ、彼女のところまでは届かない。
それでもカタリーナは、慌てて結界魔法でそれを包み、結界内部で極炎の魔法を発動させる。
太陽の表面温度を遙かに超える膨大な熱量により、キューブは燃えかすが残るだけになってしまう。
マルガレーテは大丈夫でも、周囲にいる侍女たちは違う。
あのキューブが割れてしまえば、中の果物の匂いが外に漏れ出してしまうだろう。
死ぬと分かっていても食べずにはいられないほど香しい匂いなら、誰かが食べてしまうに違いない。
だからカタリーナは、キューブを灰にしたのだ。
至近距離に超高熱が現れたが、周囲の空気は相変わらず秋空の下の爽やかなものだった。
キューブを包む結界は、熱を一切外に漏らさなかった。
カタリーナは、数本の茨の蔓を、追加で地面から出現させる。
半透明の茨の蔓で庭園にある石をいくつか持ち上げると、それをフロリアン王子に投げ付ける。
茨の蔓で投げているように見せているが、実際には念動魔法で飛ばしたものだ。
魔法により加速させた石は凄い勢いで射出され、魔法による制御で精確にフロリアン王子の両腕と片足に撃ち当たる。
「ぐあああああ!!」
仰向けに倒れたフロリアン王子は、苦悶の叫び声を上げる。
石が当たった左の太ももと両腕は、曲がってはいけない箇所が曲がってしまっている。
茨の蔓によって王子を拘束せず、こんな迂遠な方法で王子を無力化したのは、彼が極めて強力な呪術無効化のお守りを持っているからだ。
ここで茨の蔓を使ったら「式神の呪術により王子を拘束した」と周囲に思われてしまう。
千人級の呪術具を持つ者まで呪術により拘束してしまっては、カタリーナが持つ呪術が使い放題になる霊宝の存在自体に疑念を持たれかねない。
この国の霊宝は、力を失いかけている。
貴族たちがそう認識している現段階では、もうしばらくは「霊宝を持っている」と誤解させたまま方が、政治的には都合が良い。
だからこそ、茨の蔓ではなく、それが投げた石という物理攻撃だったのだ。
(!?)
次の瞬間、またもカタリーナの予期せぬことが起こった。
仰向けに倒れる王子が大きく口を開くと、その数セルチ上に突然、青い飴のようなものが現れたのだ。
また冥王の兜を使って、収納された物を外に出したのだろう。
青い飴は重力に従って王子の口の中へと落ち、王子はそれを呑み込む。
「うわっ! 気持ちわるっ!
手と足が変な動きしてる!」
「治療用のナノマシンを服用したためです。
接合する前に、骨の位置をナノマシンが調整しているのです」
不自然なところで曲がっていた手足が、人間の筋力で動かしているとは思えない動きで真っ直ぐな状態になる。
それを見てエミーリエは驚き、セルビータがその理由を彼女に説明する。
(やっぱり、治癒の霊宝を持っていたのね)
『こちらには治療手段がなく、相手方は治療手段を持つことが明らかな場合です』
マスターの急病時、どういった者にならマスターを引き渡すのかを尋ねたとき、セルビータはそう言っていた。
フロリアン王子が『白雪姫』の王子様なら、白雪姫の遺体を引き取った者なら、治癒の霊宝を持っているはずだ。
カタリーナは、そう考えていた。
(!? 空間転移!?
もしかして、あれが伝令神の羽靴かしら!?)
伝令神の羽靴とは、ブルークゼーレ王国が所持を公表している霊宝の一つだ。
高速での移動を可能にするもの、と言われている。
だが実際には、単なる高速移動が権能ではないようだ。
起き上がったフロリアン王子が、いつの間にか身に着けていた胸元の大きなペンダントに触れると、空間が急速に歪み始めたのだ。
空間の歪みは、王子の周囲、悪魔の使役書の周囲、そして牛のような置物の周囲で発生していた。
その空間の歪み方は、転移魔法のそれと酷似していた。
霊宝を警戒し、いくつもの感知魔法を展開していたカタリーナには、それが分かった。
あと数秒もすれば、彼は空間転移により、霊宝とともに遙か彼方へと消えてしまうだろう。
(さすが大国ね。
いくつもの霊宝で、何度もこちらの予想を覆してくるわ)
ブルークゼーレ王国の底力に、カタリーナは感心してしまう。
「今回は失敗しましたが、次はそうはいきません。
マルガレーテ王女は、必ずや私の物にしてみせ……」
捨て台詞を、フロリアン王子は最後まで言い切ることができなかった。
茨の蔓を操って、カタリーナが庭園の小石を投げ付けたからだ。
投げられた小石は魔法によって加速され、一瞬で音速の四倍を超えてしまう。
軽々と王子の胸に風穴を開けた小石は、その奥にあった樹木まで粉微塵に破裂させた。
今度の投石は、殺すつもりのものだった。
「きゃああああ!!」
「ヒイイイイ!!」
「な、なんてことだ!! ブ、ブルークゼーレの王子殿下を!!」
「ま、まさか、ブルークゼーレと戦争になるのか?」
「そんなことになったら、この国は……」
大国の王子殺害という歴史的大事件を目撃し、護衛や侍女たちは大騒ぎだ。
(これで戦争ね……)
護衛と侍女たちによる喧噪の中、倒れたフロリアン王子を油断なく見詰めるカタリーナは、そう心の中で呟く。
大国の王子だ。
できれば、殺さずに無力化したかった。
しかし、逃がすわけにはいかなかった。
彼の持つ霊宝が、悪魔の使役書や牛の置き物程度なら、殺す必要はなかった。
最悪の場合、逃がしても構わなかった。
だが、おそらくは伝令神の羽靴であろう、あの空間転移の霊宝は駄目だ。
ブルークゼーレ王国が、フロリアン王子が、あれを所持するのは危険すぎる。
ブルークゼーレ王国と戦争になり、あの国を滅ぼしたとしても、伝令神の羽靴があれば、王族たちに逃げられてしまう。
逃亡後、あの国の王族たちは他国の王族に保護を求めるはずだ。
フロリアン王子は、身を寄せた国を利用し、またマルガレーテの霊宝を手に入れようとするだろう。
ブルークゼーレ王国を利用したように、いかにマルガレーテの霊宝が強力なのかを王に吹き込み、この国を滅ぼして霊宝を奪うよう仕向けるはずだ。
そして最後は、禁断の異果を使い、マルガレーテを自分だけのアンデッドにしようとするだろう。
今回しようとしたことを、もう一度しようとするに違いない。
王子を殺してしまえば、ブルークゼーレ王国との戦争だ。
しかし、王子を逃がしてしまえば、ブルークゼーレ王国との戦争後、あの国の王族が身を寄せた国とも戦争する羽目になってしまう。
ここで王子を殺し、伝令神の羽靴を奪ってしまうのが、今この場でカタリーナが考える最善だった。
(……はあ。憂鬱ね)
今後を考えると、カタリーナは気持ちが沈んでしまう。
茨の蔓で拘束され、もがもがと声にならない声を上げ続ける貴族の中には、実の父親であるハッツフェルト侯爵もいる。
そのこともまた、彼女を暗い気持ちにさせた。




