夜会の一幕 ボールシャイト不可侵侯との交渉
カタリーナは、夜会のメイン会場の近くにある別室へと乗り込む。
ここは、夜会に参加した紳士たちがカードゲームを楽しむための部屋だ。
ここに来たのは、ボールシャイト不可侵侯がこの部屋にいると使用人から聞いたからだ。
「あれは! 死んでいるのか!?」
「あの遺体の服の家紋を見ろ!
ボールシャイト家のものだ!」
「あれが噂に聞く、王妃殿下の植物の式神か!」
カタリーナが部屋に入ると、集まっていた男性貴族たちが大騒ぎを始める。
カタリーナの右腕には、半透明の茨の蔓が巻き付いてる。
何本もの茨の蔓はカタリーナの背後に伸びていて、宙に浮かぶいくつもの遺体に巻き付いている。
茨の蔓で繋いだ遺体を引き連れるように、カタリーナは歩いていた。
実は、茨の蔓で遺体を持ち上げているのではない。
浮遊魔法で浮かせている。
半透明の茨の蔓は、宙に浮かぶ遺体を引っ張っているだけだ。
浮遊魔法で移動させることもできるのに、わざわざ茨の蔓で牽いているのは、式神で運んでいるように見せるためだ。
驚いて手の中のカードを落としてしまったボールシャイト侯爵の前に、カタリーナは運んで来た遺体を山積みにする。
「まさかっ!!?
まっ、まさかっ、イーヴォかっ!!?」
どの遺体も髪は白く皺だらけで、まるで老衰で死んだようだった。
別人のようになっても、そのうちの一つが自分の息子だと彼は気付いた。
転げ落ちるように椅子から降りたボールシャイト侯爵は、床に横たわる遺体を抱き締める。
老人は、息子の遺体を抱き締めるだけではなかった。
遺体の首元からお守りを取り出して、中から呪符を取り出すこともしていた。
続けて、他の遺体のお守りからも中身を取り出して確かめている。
息子の死を目の当たりにした直後でも、状況把握を忘れていない。
貴族らしい貴族だ、とカタリーナは思った。
(でも、動揺して冷静さを欠いているわね。
今、それをするべきではなかったわ)
今ここで中身を確認したら、家ぐるみの犯行だとカタリーナに教えているようなものだ。
呪術無効化のお守りを着けた者を殺すなら、お守りの防御力を上回る強力な術を用いる必要がある。
そんな術を受けたら、お守りには防御限界を超える負荷が掛かってしまい、呪符は燃えてしまう。
しかし、イーヴォたちの呪符は破損していない。
呪術ではなく吸星法で殺したからだ。
魔力を用いることで効果を発現させる吸星法は、分類としては魔法に属する。
カタリーナは、お守りの中身を獣皮紙の切れ端に入れ替えていた。
呪符が見付かると、呪術以外の方法で殺したことに気付かれてしまうからだ。
そうなると、呪術が使い放題というカタリーナの霊宝の存在にも疑念を持たれてしまう。
ちなみに、カタリーナが遺体から抜き取ったのは呪符だけではない。
魔眼の魔法で呪術具を探して、イーヴォの持つ呪術具を全て抜き取っている。
隷属の呪術具や、女性の性的興奮を高める呪術具など、カタリーナを楽しむための呪術具を彼はたっぷりと用意していた。
ろくな使い方をしないことは間違いないし、おそらくは王家の財産の横領して作らせたものだ。
これら全てを、カタリーナは没収してしまった。
「貴様っ!! 息子を嵌めたな!!?」
呪術無効化のお守りを身に着けてカタリーナを襲ったのに、返り討ちにされてしまった。
お守りを確認したら、中身はただの紙だった。
お守りの中身が紙だと知らずに、襲撃してしまったということだ。
おそらく、カタリーナが事前に入れ替えさせたのだ。
ボールシャイト家に間者を潜ませ、それをしたのだ。
そしてカタリーナは、襲撃計画を知っていたのに敢えて襲撃を受けた。
正当防衛の口実を作った上で、堂々とイーヴォを殺したということだ。
全てはカタリーナの手のひらの上であり、イーヴォは彼女に謀殺されたのだ。
侯爵が「嵌めた」と言うのは、その意味だろう。
そう理解してカタリーナはほくそ笑む。
狙い通り、ボールシャイト侯爵は間者の存在を確信してくれた。
これからボールシャイト侯爵は、いもしない間者を捜し始めるだろう。
後継者が殺されたのだ。
捜索は大規模なものになり、粛正も厳しいものになるはずだ。
しかし、そんなことをすれば家門内は動揺し、結束は乱れ、人手も足りなくなる。
家門の力を、自分たちの手によって落としてくれる。
内部のごたごたで忙しいため、しばらくは王宮でも大人しくしてくれるはずだ。
これが、お守りの呪符を入れ替えたカタリーナのもう一つの狙いだった。
「あら。ひどい誤解だわ。
庭園でわたくしを手籠めにしようとしたから、返り討ちにしたまでよ?
もう恐ろしくて、力加減を少し間違えてしまったの。
ごめんなさいね?」
そう言ってカタリーナは優雅に笑う。
「きっ、きっ、貴様あああっ!!!」
その優雅な笑顔と謝罪とも言えない謝罪が、よほど癪に障ったようだ。
ボールシャイト侯爵は、杖で殴り掛かろうとしてしまう。
だが貴族たちの前で王妃を殴ったら、家は多大な代償を支払う羽目になる。
彼の侍従たちは、必死で侯爵を止める。
「こ、こ、このままでは済まさんぞっ!!!
絶対に赦さんっ!!!」
「あら。奇遇ね?
ちょうどわたくしも、同じことを考えていたの。
王妃の貞操を汚すことを企んだ不忠極まりない家を、このまま赦すつもりはないわ」
「き、貴様如き小娘に何ができる!!?」
「領地戦を申し込みますわ」
カタリーナがそう答えると、場が静まり返る。
次いで、大爆笑が起こる。
「王妃殿下。
領地を侵略されない限り、王家は領地戦を仕掛けられないんですよ。
もう少し、勉強された方が良いと思いますよ?」
ボールシャイト侯爵と同じテーブルに座り、彼とカードゲームをしていたオルローブ侯爵が笑いながら言う。
「そうですぞ。
どうやら頭の方は、それほどご立派ではないようですな?
金輪際、政治に口を挟むのは止めるべきですぞ?」
そう言うのは、彼らと同じテーブルに座るアウフレヒト辺境伯だ。
オルローブ侯爵もアウフレヒト辺境伯も、ボールシャイト侯爵と同じく不可侵貴族だ。
有力貴族は有力貴族で集まり、同じテーブルでゲームを楽しんでいた。
「王家があなたたちと取り結んだ不可侵の約定だけれど、正確には『王国領に侵略行為があった場合のみ、騎士団および軍を出動させることができる』というものよ?
制約を受けるのは、騎士団と軍だけなの。
王妃は含まれていないから、わたくしなら自由に出陣できるわ?」
「……まさか、王妃殿下お一人で参戦されるおつもりですか?」
驚愕した顔で、オルローブ侯爵はカタリーナに尋ねる。
「ええ。そのつも――」
「お待ち下さい!
私は、王妃殿下に剣の忠誠を誓った身です!
当然、私も参戦します!
侍女も参戦できるはずです!」
カタリーナの言葉を遮って声を上げたのは、ジビラだった。
「ジビラ。
あなた、ちゃんと分かっているの?
領地戦って、とっても危ないのよ?」
「……どの口が、そんなこと仰ってるんですか?」
しばらく二人の口論が続いたが、結局カタリーナは、猛烈な剣幕のジビラに押し切られてしまう。
王家側の参戦者に、ジビラが新たに加わった。
「どうかしら? ボールシャイト侯爵?
この領地戦、受けてくれるかしら?」
「……いいだろう。受けて立とう」
ボールシャイト侯爵は、忌々しげな顔で応じる。
「そういうことでしたら、私は王妃殿下にお味方しましょう」
「私も、王妃殿下にお味方して王国への忠義を示しますぞ?」
アウフレヒト辺境伯とオルローブ侯爵が、すかさずカタリーナ側での参戦を申し出る。
領地戦で勝利した場合、ボールシャイト家は当然、勝者の権利としてカタリーナの霊宝を要求することになる。
あるいは、領地戦の最中にカタリーナから奪ってしまうかもしれない。
霊宝は、王家を名乗るために必要なものであり、王の証とも言える貴重なものだ。
ボールシャイト家が造作もなくそれを手にするのを、他の有力貴族たちが許すはずもない。
ここに他の不可侵貴族がいたら、彼らも参戦していただろう。
カタリーナの申し出を受けたら、こうなることは必然だった。
もちろん、ボールシャイト侯爵だってそれは分かっていた。
彼はそれでも、領地戦を受けざるを得なかった。
後継者を殺されながら領地戦から逃げることは、名誉を重んじる貴族としてできなかったのだ。
ボールシャイト侯爵が悔しげな顔をしているのは、カタリーナの策により不利な戦いを強いられる羽目になったからだ。
カタリーナが不可侵貴族と領地戦をしようとすれば、必ず他の不可侵貴族がそれを妨害する。
結局、不可侵貴族家同士で戦うことになってしまい、ただ費用だけが嵩むだけだ。
そんな提案に、普通は乗らない。
だからカタリーナは、イーヴォを討ち取った。
貴族として譲れない状況を作り、ボールシャイト家に領地戦を受け入れさせた。
もっとも、彼を討ち取った理由はそれ以外にもある。
彼は、王宮の財務部に巣喰う凶悪な害虫だった。
処刑されても仕方ないほど、権力を乱用して王家の財政に打撃を与えていた。
莫大な費用を掛けたお守りも、おそらくは王家からくすねた財産で作ったものだ。
(第一段階は上手くいったわね。
でも、まだよ。
これでは全然足りないわ)
カタリーナに味方する貴族たちは、霊宝を渡さないために戦うのだ。
ボールシャイト家に致命傷を与えるための決死の突撃なんて、絶対にしない。
兵の損耗を抑えるための、消極的な戦い方をするに違いない。
ボールシャイト家もまた、無理をして攻めたりはしないだろう。
不可侵貴族家、それも二家が相手では、強気に攻めたところで霊宝を奪える可能性は低い。
面目が立つ程度の小競り合いをして、適当なところで手打ちにするだろう。
それでは駄目だ。
カタリーナはそう考える。




