猛悪の大魔女
まだ少ししか投稿してないのに感想ありがとうございます
感想読むの大好きなんで、とっても嬉しいです!
遅くなると思いますが、時間を見つけて少しずつ返信していきます。
少々お待ち下さいませ。
宮廷呪術師たちによって鏡の調査が行われた。
カタリーナがうっかり漏らした証言は、鏡の機能を把握するには十分だった。
分解して調査するまでもなく、証言に従った検証だけで呪術具であることが確認できた。
特定の質問をすると、精神支配の呪術が発動する仕掛けだった。
――鏡よ鏡。壁の鏡。この世で一番美しいのは誰?――
それが呪術発動のキーワードだった。
洗脳の効果は、それほど長く続かない。
三日もすれば効果がなくなってしまう。
だから侍女たちは、毎日カタリーナに問い掛けをさせていた。
三日で洗脳の効果は無くなるが、呪術の残滓は長く残る。
大事を取って一週間ほど安静にし、その後も呪術師が許可するまで無理はしないように、とカタリーナは申し渡された。
(ようやく、部屋から出られるわ!
退屈な引き籠もり生活も、これで終わりよ!)
今日で、その安静にしていなくてはならない一週間が終わる。
カタリーナはこの日を心待ちにしていた。
先ずは、フィーリップの許へと向かうことにする。
「礼を言いたいのはこちらの方だ。
おかげで政治的にかなり有利になった」
フィーリップの執務室をまた訪れたカタリーナは、感謝の意を伝えた。
それで返って来たのがこの言葉だ。
冷涼な美貌は相変わらずだが、カタリーナに向ける眼差しは前回訪問時よりも大分優しい。
侍女たちはハッツフェルト家の者たちで、鏡もまたハッツフェルト家から持ち込まれたものだ。
おかげでフィーリップは、ハッツフェルト家に責任追及することができた。
当主であるハッツフェルト侯爵を、宰相職から降ろすことができたのだ。
露骨に王家を乗っ取ろうとするハッツフェルト侯爵は、フィーリップとしても頭痛の種だった。
フィーリップの言う「政治的にかなり有利になった」は、そういう意味だ。
「新しい侍女はハッツフェルト家が用意するが、少し時間が掛かるようだ。
不便を掛けてすまない」
「新しい侍女ですが、陛下にご用意をお願いできませんか?」
「なに?」
(やっぱり、驚いているわね)
王家に侍女を用意させるということは、王家の監視の目を側に置くということだ。
カタリーナの行動は筒抜けになってしまう。
加えて、ハッツフェルト家が派遣しようとしている侍女を断るなら、家とも距離を置くことになってしまう。
後ろ盾である生家と距離を置くのは、自身の足場を崩すことに等しい。
どちらも、王宮では致命的だ。
だが致命的なのは、カタリーナがハッツフェルト家の一員としての立場を崩さない場合の話だ。
王家の陣営に移籍するなら、大した問題にはならない。
現状、カタリーナが味方に付けられる勢力は限られている。
しかし、身を寄せる勢力をゆっくり吟味している時間は無い。
『真実の鏡』は、王家が贈ったものではなかった。
ハッツフェルト家が独自に調達したものだった。
従順な愚女を、さらに呪術具により洗脳していたのだ。
『ハッツフェルト家の愚女』でさえしないようなことを、これからさせる計画だったのは間違いない。
このままハッツフェルト家の一員でいるなら、捨て駒として使い潰される羽目になってしまう。
そうなる前に、家とは距離を置くつもりだ。
離脱後に身を寄せる先としては、夫である王を選ぶのが現段階では最善だ。
「もちろん構わないが……君はそれで良いのか?
周囲からは、私の側に立ったと見られることになるぞ?
言いたくはないが、今の王家は……味方したところで利はあまり無いと思う」
(王としての資質は十分ね)
カタリーナは感心した。
フィーリップとしては、自分の立場を有利にする提案だ。
それなのにフィーリップはすぐには飛び付かず、カタリーナに確認を取っている。
『ハッツフェルトの愚女』にも分かるように説明を添えて。
愚女の無知を利用するようなことを、彼はしなかった。
王宮政治は狐と狸の化かし合いだが、表面的には誠実に見える必要がある。
政治とは、数度で終わる取引関係ではない。
引退まで数十年続く長丁場だ。
露骨に不誠実な行いをすると、そのつけは後々まで尾を引いてしまう。
将来も見据えたフィーリップの対応は、為政者としては及第点だった。
今の王家は、フィーリップの言うように風前の灯火だ。
前王が早世したため、フィーリップは幼くして王位に就いた。
それからほどなくして、病床の母親もこの世を去った。
両親を早くに亡くし、頼れる味方もいない幼い王が政権を維持するため、王家はいくつかの有力貴族家と協定を取り結んだ。
それら有力家に対して、王家は何があっても武力行使をしない、という協定だ。
協定により、一時的には政治も円滑に進むようになった。
しかし、武力制裁の心配が失くなったことで、有力家は好き放題に王家を侵食し始めた。
このまま行けば、そう遠くないうちにこの政権は倒れる。
そのとき、王家の側に立っているなら命まで失うことになる。
王家に味方しても利が無いというのは、そういう意味だ。
ここで王家の側に立つのは、沈み掛けた船に今更ながら乗り込むのに等しい。
「ええ。構いませんわ。
わたくしは、ハッツフェルト家ではなく陛下の側に立とうと思いますの」
にっこりと笑ってカタリーナは答える、
前世のカタリーナは、女王として献身的に国を支えてきた。
そんな彼女としては、この国の腐敗ぶりは我慢ならないものだった。
腐敗貴族を一掃し、国を立て直すつもりだった。
(もっとも、わたくしが立て直したいのは、王家ではなくこの国の秩序なのよね。
もし陛下もまた腐った林檎の一つなら……この人も取り除いてしまうわ)
いくつもの有力貴族家から利権を取り上げる国家の大手術だ。
当然、命懸けの戦いになる。
しかし、カタリーナに躊躇いはなかった。
(政は、命懸けでするものですもの。
命を惜しんでは、王族なんてできないわ)
何も考えてなさそうな笑顔の下で、そんな勇猛な考えをしていた。
「ありがとう。
では、そのように手配しよう」
礼を言うフィーリップは笑顔だが、その目は笑っていない。
刃のような鋭さで、注意深くカタリーナの様子を探っている。
(何かの策略かもしれないって、疑っているのね?
それで良いわ。
その程度の慎重ささえ無いなら、王なんて務まらないもの)
探るような視線は、不快ではなかった。
むしろ、ビジネスパートナーとして安心できるものだった。
「それから、侍女たちの処刑をわたくしにお任せ頂きたいですわ」
「すまないが、処刑はできない。
ハッツフェルト家との関係が悪化し過ぎてしまう。
あの家から身元引受人が来たら引き渡す予定だ」
「それは、陛下が処刑された場合のお話でしょう?
わたくしが直々に処刑するなら問題はありませんわ。
実の娘の不始末ですもの。ハッツフェルト家が抗議などできるはずがありませんわ。
わたくし強っての希望であることの証拠として、署名付きの嘆願書もご用意しますわ」
「……あの者たちは、君が幼い頃からずっと仕えて来た者たちではないのか?」
「ええ。ずっと虐待されていましたの」
カタリーナは、幼くして母を亡くしている。
その喪が明けてすぐ、父親は今の侯爵夫人と結婚した。
その継母がカタリーナに付けたのが、あの侍女たちだ。
侯爵夫人の顔色だけを窺い、これまでずっとカタリーナを虐げ続けた。
「なるほどな。積年の恨みを晴らしたいのか」
「恨みがあるのも事実ですが、別に報復のために殺すわけではありませんわ。
政には、私情を差し挟むべきではありませんもの。
あの者たちを処刑するのは、その必要があるからですわ」
「必要がある?」
「ええ。王妃の洗脳なんて、本来なら斬首は免れない重罪ですわ。
その道理を曲げたのは、わたくしの父、ハッツフェルト侯爵の権力です。
国政を預かる王家の者として、権力による紀律の歪曲は最小限に抑制するべきだと思いますの。
特に、あの者たちが犯したのは、不敬ではなく不忠です。
国を揺るがす元凶となるものは不忠だって、わたくしは思いますわ。
ここは、恩赦を与えるべき場面ではありません」
フィーリップは呆気に取られた顔で、まじまじとカタリーナに目を向ける。
「……驚いたな。
政治に携わる者としての、しっかりとした信念を持っているのだな」
「お褒め頂き光栄ですわ」
「それに、恩赦という言葉も知っているのだな。
政治の勉強もしているようだ」
「……」
カタリーナの笑顔は、引き攣ってしまう。
(そのレベルだと思っているのね……)
確かに、前世の記憶取り戻す前は知らない言葉だった。
それどころか、国王や王妃の仕事内容さえ知らなかった。
「とっても偉い人」程度の認識しかなかった。
◆◆◆◆◆◆
「あなたは! 自分が何をしたか分かっているのですか!?」
「旦那様に知られたら、ただじゃすみませんよ!?」
「そうです! 旦那様はきっとお怒りです!
良いんですか!? 旦那様はもちろん、ご家族全員に嫌われてしまいますよ!?」
「今すぐ、私たちの助命を陛下にお願いしなさい!
すぐに陛下のところに行って、平身低頭お願いするんです!」
カタリーナが牢に行くと、侍女たちが騒ぎ出す。
鉄格子の向こうの侍女たちは、牢の壁から生えている鎖に左手首が繋がれている。
壁と手首を繋ぐ鎖はそれほど長くないので、鉄格子のところまでは来られない。
それでも、その鎖をぴんと張らせてカタリーナに迫り、目を血走らせて怒鳴り声を上げる。
鏡の洗脳が解けたことは、侍女たちも知っている。
それでもこんな態度なのは、カタリーナの扱いが昔からこんなものだったからだ。
幼くして母を亡くしたカタリーナは、家族の愛に飢えていた。
愛されようと懸命に、無意味な努力を続けて来た。
侍女たちは、侯爵夫人と繋がっている。
侯爵夫人に悪く報告されることを恐れ、どんな扱いを受けてもずっと耐えてきた。
(馬鹿だったわ。
あんな屑共に愛されようと思って、必死で努力するなんて)
過去の自分を振り返って、その愚かさを自嘲する。
カタリーナは、前世の記憶を取り戻した。
愛情いっぱいに育ててくれた前世の両親のことも想い出している。
敬愛して止まない優しい両親の記憶があるからこそ、今の両親の最低ぶりが鮮烈な対比としてよく理解できる。
カタリーナはもう、彼らの愛情を求める気にはならなかった。
衛兵に牢の鍵を開けさせ、カタリーナは牢の中に入る。
「ふふふ。あなたたちが屑で本当に良かったわ。
だって、心が痛まないもの。
羽虫を踏み潰すみたいに気軽にできそうね」
そう呟いてカタリーナは嗤う。
楽しそうな顔のカタリーナが侍女の一人の頭を掴むと、侍女の頭上に複雑な模様の光が浮かぶ。
頭を掴まれた侍女は悲鳴を上げるが、そう長くは叫んでいられなかった。
二、三秒もすると悲鳴は止み、侍女は見る見るうちに皺だらけになり、三十代後半の侍女が老婆になってしまう。
それを見て、他の侍女たちは絶叫する。
今世では、魔法の修練を行っていない。
この体には、魔力を溜める器が作られていない。
器が無いために魔力がほとんどなく、魔法使いとしては何もできないに等しい。
前世でしていたように巨大な力を振るうには、まずは魔力の器を作ってそれを大きくし、それからそこに魔力を溜める必要がある。
魔力の器の生成と拡張は、一朝一夕でできるものではない。
長期間に亘って厳しい修練をしなくてはならない。
しかし、正攻法に依らないなら一瞬で終わらせる方法もある。
それがこの『吸星法』という外法だ。
星、つまり人の運命を吸収し、そのエネルギーにより器を生成・拡張するのだ。
運命が尽きれば、命も尽きる。
細胞の一つ一つに至るまでの全ての運命を吸い取れられたなら、老人のようになって死んでしまう。
「いやああああ!!! 呪術よおおおおお!!!」
「あら? これは呪術ではなく魔法よ?」
「なんですか!? その禍々しい術は!? 今すぐそんなことは止めなさい!! 神々は許しませんよ!?」
「魔法ですもの。魔の道の業なんだから、禍々しいものが多くて当然でしょう?」
「こんなことをして!! 地獄に! 地獄に堕ちますよ!?」
「そうね。ハッツフェルト家での生活は、本当に地獄だったわ。またそうなるかしら?」
いかにも女王らしい、寒気がするほど優雅な微笑みを浮かべ、カタリーナは泣き喚く侍女たちと楽しげに会話を交わす。
茶飲み話をしているかのような軽い口調で会話に応じつつ、全員から星を吸い取ってしまった。
人の命は尊い。
これは魔法でも言われることだ。
人に宿る命は、宿命と呼ばれるものであり、人の運命を指し、つまり星のことだ。
命という尊いエネルギーは、万能に近い。
それを用いるなら、あっという間に魔力の器を形成し拡張できる。
『吸星法』は僅かな魔力でも扱える。
少ない魔力で発動させたら吸収に時間が掛かる、というだけのことだ。
だから、今のカタリーナでも扱えた。
少ない魔力でも使うことはできるこの外法だが、難易度は極めて高い。
数千年に及ぶ前世の歴史の中でも、この外法を扱えた者は片手で数えられるほどだ。
これが使える数少ない一人だったからこそ、前世のカタリーナは『猛悪の大魔女』と呼ばれることになった。
万能のエネルギーである星はまた、魔力に変換することもできる。
尊いエネルギーを変換したなら、得られる魔力は莫大なものになる。
普通の魔法使いなら、魔力が尽きれば魔法は使えなくなる。
再び魔法を使うためには、調息して魔力を集めなくてはならない。
しかし戦場でのカタリーナは、敵兵から星を吸い取ることで、調息することなく大魔法を連発できた。
自国の兵士の命を吸い取り、それを糧に自国を蹂躙する前世のカタリーナは、敵国からすれば悪辣なことこの上ない存在だった。
「あら? どうしたのかしら?」
カタリーナが牢から出ても、騎士は扉を閉めなかった。
青褪めた戦慄の表情で、呆然とカタリーナを見詰めていた。
そんな彼に、カタリーナは優雅な笑顔で話し掛ける。
「い、いえ!
その……何も、王妃殿下が御自ら手を汚されることはないと思いまして」
そんなことを考えて、カタリーナを呆然と見詰めていたわけではないだろう。
得体の知れない方法で嗤いながら人を殺すカタリーナが恐ろしくて、目が離せなかったのだろう。
カタリーナはそう思ったが、それを指摘したりはしない。
不敬な視線を向けてしまったことを誤魔化そうとする彼に、騙されてあげることにする。
「気遣ってくれたのね? ありがとう。
でもね、たとえ名君と謳われる偉大な王だって、為政者の手は必ず血に塗れるものよ。
わたくしの手が汚れることを、気にする必要なんてないわ」
民を思う心優しい君主だって、殺人鬼や侵略者にまで優しいわけではない。
国を護るという巨大な責任を背負う以上、民を脅かす者たちには厳正に対処しなくてはならない。
自らの手が汚れることを嫌い、自分一人だけ血生臭い場所から遠ざかろうとする者には、玉座に座り民の命を預かる資格は無い。
カタリーナはそう思っていた。
(ふう。前世の水準にはまだまだ届かないけれど、それなりに戦える程度には器も拡張できたわ)
侍女を処刑したのは、国家の紀律を正すためだ。
しかし兵士の手を借りず自ら処刑することにしたのは、魔力の器の生成と拡張のためだ。
国を建て直すためには、魔法使いとして急成長する必要があった。
何だか殺伐としてますが、もう少ししたらほのぼのになります。
少しだけ我慢してもらえたら嬉しいです。