夜尿症の少年
さてと。再開するか。これといった理由もなく、しれっとサボる夜尿症の少年は、今日も元気です。気づくと夜尿症の少年も20万字を超えていて、なんだかマヌケなことになってきた。そろそろ終わらせるか。どうしようか。と言っても文章を書き続けるのはやめようとは思っていない。単純にタイトルだけを変えて、また始めるだけだ。タイトルはいま考えついた。破傷風の少年。どうよ。どうよっつってもな。どうでもいいんだよな。おれにだって結構どうでもいいんだから、おれ以外の人にはもっとどうでもいいに違いないわけです。まあいつになるかわからないけど、思い立ったら吉日と言うからね。今回で夜尿症の少年は最後にする。最終回というわけだ。思えばいいタイトルだった。夜尿症の少年。不安と希望がないまぜになっている感じ? おれの言葉を選ぶセンスは時に電撃的だ。自分で言ってちゃ世話ねえよってか。だって誰も言ってくれないから。そう言えばいいタイトルだなあって感じて欲しいのよ。そういう意味では破傷風の少年ってのはちょっとよくないね。悲劇的過ぎる気がする。もう少し安心できるようなものが欲しいですね。潔癖症の少年、とか。ダメだね。センスない。離乳食の少年。それはもう少年ではなくて、幼児だ。偏食少年。お、ずらしてきたね。でも少年で四字熟語はちょっと避けたいね。あがた森魚の日本少年を思い起こさせるし。偏執症の少年。ちょっといい……かも? よくわからなくなってきた。つーかなんで少年にこだわっているのかがよくわからないけど。そこは、やっぱさ。シリーズ的な感じにしたいじゃない。なんとなく。背表紙を揃えたくなる感じよ。
というわけなんだけど。まあ最後にするっつったって書くことはもちろんないんだけど、それでもなんとかするしかないから、なんとかしてみようともがくおれをリアルタイムで描いてゆくのがおれの文章なわけだ。そんなもん誰が読むんだよって話なんだけど、まあ毎日楽しみにしてくれている人が20人くらいはいるらしいしさ、20人って少なっ、そう思う向きもあるかもしれないけど、そんなことはないよ。そりゃそんじょそこらのアホみたいな20人だったら大したことないっつうか、むしろはっきりと人生においてマイナスの効果しかもたらしはしないけど、おれの文章を毎日読む20人だよ? そんなもん、選りすぐりの精鋭に決まってるじゃないですか。顔も名前も知らない人たちだけど、それぞれ個人が強大な戦力を持っているからね。おまえみたいな甘ったれの雑魚とは違うんだよ。おまえって誰だ。おれがむかついているヤツらだよ。おそらくだけど、連中はおれのような態度の悪い独立勢力を死ぬほど馬鹿にしているだろうから、そういうヤツらのむかつく顔を想像して、クソ、殴りてえなちくしょう、そういう被害妄想的文章が夜尿症の少年なんですよ。
でも最近なんだかあんまりむかつかないんだよね。なんかむかつきよりも、どうでもいいやって気分が勝っちゃってる。そりゃ最初っからどうでもいいんだよ。どうでもいいのは当たり前なんだけど、それでも敢えてガキ臭いながらも、おまえらむかつくぜって書くから、おれって格好いいわけじゃないですか。え、勘違い? そんなことはないですよ。おれを格好いいって思わないんだったら、あんた心が死んでるよ。ダサい服を着て、ダサい文章を読んで、ダサい音楽を聴いて、ダサい連中だけで群れているから、そうなっちまうんだ。その他大勢。雑魚。モブキャラ。自分の中に軸のない悲しい人間もどき。なんであんたがそうなっちまったのかはおれにはわからない。おれはそんな風になったことがないから。ごめんね。あんたの気持ちがわからないんだ。でもあんたが悲しいのはわかるよ。そりゃ悲しいよな。おれだって、おれがあんたみたいなダサい人間になっちまっていたらって思うと、ぞっとする、しゅんとする……。毎日めそめそ泣き言だけしか吐き出せない悲しい人生。そんなもんはマジでごめんだって。
真夜中を駆け抜けて行く。もうおねしょなんてしてられないんだ。夜尿症。おれの中学時代の友人が、おそらくだけど夜尿症だった。そいつはなかなか暴力的なヤツで、ヤンキーまっしぐらって感じだった。いつかどこかで書いたけど、中学の入学記念の写真撮影の時に、おれの背中を蹴っ飛ばして凄んできたのが、そいつだ。
どうしてそうなったかはわからないけれど、おれとそいつは兄弟のように仲良くなった。2年に進級した頃には、ふたりともろくに登校すらしなくなって、おれはそいつの家に入り浸りになった。そいつん家が金持ちだったのは間違いない。でもそいつは完全に育児放棄されていた。ほぼ毎日おれはそいつの家にいたが、おれはそいつの親に会ったことはない。そいつと、引きこもりの高校生の兄貴。そのふたりの痕跡しかない妙な家だった。
おれはなにも聞かなかったし、そいつもなにも話さなかったから、そいつん家がどんな状況になっていたのかはわからない。そういう余計なことを聞かないところが、おれがヤツに気に入られていた理由だったのかもしれない。おれたちは、引きこもりのオタク兄貴をいじめたり、他の同級生と集まったりして、陰気にグレていた。ただ、その頃からおれははっきりと感じていた。おれは不良じゃない。連中は暴力的で、残酷だった。仲間内にはめちゃくちゃ優しいのに、それ以外のやつらには平気で暴力をちらつかせて、脅して、その様を見て笑っていた。おれは不良にはなれなかった。ノリについていけなかった。けど、なぜか一目置かれていた。それはおれが色々なことを知っていたからだ。
おれは連中のなだめ役だった。可哀想だからやめろって。もういいだろ、許してやれよ。そこまで悪いことしてないじゃんか。そこまで怒ることじゃないだろう。そんな感じのことをいつも言っていた。大体は聞き入れてもらえたけど、ひとりだけものすごく凶暴なヤツがいて、そいつだけは手に負えなかった。おれはそいつが怖かったし、嫌いだった。そいつもおれのことをあまり良く思ってない風だった。
話がとっちらかっちまった。おれと一番仲良かったヤツ。そいつの部屋が溜まり場だったわけだけど、そいつの部屋がまあ小便臭いわけだ。いまから考えると、そいつも気にしていたんだろう、香水をぶちまけるように使っていたから、小便と香水が混ざって、なんとも言えない臭いがその部屋には漂っていた。その頃のおれは、中学生にもなっておねしょをするようなヤツがいるなんて思ってもいなかった。それもワルっぽいヤツがおねしょをするなんて。だから、おれはこの部屋はいつ来ても臭いな、としか思っていなかったし、入り浸っているうちに慣れて、気にもしなくなった。
それが夜尿症の少年だ。そいつが今なにをやっているのか誰も知らない。地元の連中に聞いても、誰もなにも知らないと言う。めちゃくちゃ凶暴だったヤツは19の頃に死んだ。あいつは控えめに言っても狂っていた。もうひとり、身体が大きくてちょっと凶暴なヤツがいたけど、そいつはバイク事故で頭を手術して以来、笑顔を絶やさない柔和で大人しいヤツに変貌してしまったらしい。おれが実際に見たわけじゃないので、にわかには信じられないことだけど、証人が何人もいるから本当のことなんだろう。
夜尿症の少年はいまどこでなにをしているんだろう。おれは時々そいつの名前をネット検索してみる。もしかしたらヒットするかもしれない。犯罪者としてか、それとも成功者としてか。おれは別にどっちでもいい。ただもう一度、夜尿症の少年と会ってみたい。そして、あの時のことを謝り、礼を言いたい。
そんなわけで、サヨナラだ。おれはもう二度とここには来ないだろう。でもあなたは何度だって来てくれて構わない。何度だって夜尿症の少年に会いにきてくれ。それでは。




