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そしておれたちゃ訳もわからず進むんだ

 赤い月が寝転んでいる。昼の間に騒いでいた風は、なりを潜めてすっかり大人しくなっていた。部屋に籠もりっぱなしもいいけど、やっぱりすこしは外に出てみるべきだ。出る前はとてつもなく億劫だけど、出たら出たで、まあ気分転換にはなる。空気の問題だ。あるいは木々、星々、太陽。人間を含む生き物とのすれ違い。それらすべてが新鮮に感じられるほど、おれは部屋の中に釘付けになっている。決してそれが悪いことであるとは思わないけど、いいことなんかはなにもない。なにが正解で不正解であるかなんておれにはわからない。わからないまま、ひたすら歩くだけだ。先のことなど不鮮明すぎて、考えるのさえ面倒だ。大事なのは、今日、そして今だ。それから今は続いてゆく。いつか途切れることだろう。たとえ眠らないとしたって、この夜が明けてしまうように。少女よ、泣かないでくれ。少年よ、泣かないで。いつになったら、なにもかもが上手くいくんだ。どこにいったら、すべてがどうでもよくなるんだ。存在することを許され、存在することで、すべてが満足できるのであれば、きみたちの涙で傷つくこともないのかもしれない。なにが正解でなにが不正解であるかなんておれにはわからない。ただひとつだけ、わかっていることがあるとすれば、おれは威張っているヤツが嫌いだということだけ。だから少女よ、泣かないでくれ。少年よ、泣かないで。いくら悲しくたって、ヤツらの尻にキスなんてしないで。


 雰囲気だけの文章。意味なんてありゃしないけど、おれの気持ちは入れてある。青臭いと笑うなら、笑えばいい。イカ臭い下品な妄想の垂れ流しよりは幾分かマシってもんだ。スピードを上げる。アクセルを踏み込む。怖がることなんてないんだぜ。自分の限界なんかを決めつけてどうする。どこまでも考えて、考え続けて、言葉を吐き出し続けるだけだ。この民生機のエンジンをぶん回して。絶望したいやつはそこでたたずんでいればいい。置いてゆくだけだ。絶望すらも飼い慣らして、憂鬱を笑い飛ばして、どこまでもぶっ飛ばしてやりたいんだ。衝動に身を任せている瞬間が最高なんだ。ザッツ・オール・ライト・ママ。心配はいらないよ。おれはまだまだ狂っちゃいない。あなたの葬式には、新しく仕立てたモッズスーツで出席しよう。真っ赤な裏地はなるべく見せないようにして、20年間踏み続けたステップで、天国へと続く道を踏み固めてあげる。死ぬまでにいっぺんはLSDをやってみたいね。初めてがその日ならば最高だよ。みんなでグニャグニャになりながら、あなたを盛大に送り出してあげたいのさ。おれはもともとお祭り好きの陽気な男なんだよ。あまりにもクソッタレなヤツらが多いから、うんざりむっつりしてたら、病気扱いされちまって部屋に籠もっているだけでさ。近いうちに天岩戸から出るつもりなんだ。なんでもおかしな連中が、調子こいてはしゃいで騒いでいるらしいじゃないか。うるさくて眠れやしないよ。おれが部屋から外へと出た日にゃ、連中の好きにはさせんぜ。そんな意気込みと勢いでもって外に飛び出していきたいね。さあ、ぶっ飛ばしてやろう。この世はおれのものではないけど、おまえらのものでもないんだ。いつまでも勝手させてられないっての。


 こんな感じで今日はいくのかな。夜尿症の少年の旅の途中にはいろいろとあるものさ。なにしろ予定は立てずに、すべてが気分に従っての結果なんでね。おれはおれに絶対の忠誠を誓う悲しい存在だよ。いくら怒られたって、へこたれやしねえさ。口をとんがらかせて悪態をついてやる。今夜の月はもう見たかい? 赤い月が気持ちよさそうに寝転がっていたよ。ふいに昔の恋人の部屋の匂いが、鼻をついたもんで、すっかりおれも若返っちまった。いまよりもずっと陰気で、けれども行動的で落ち着きのなかったころ。ある朝思い立って、その日のうちによく知らない女の子と一緒に京都へと旅立って、三日目におれは大阪へ、女の子は広島へ。それ以来、連絡もとってないし、名前も顔も覚えていないけど、あの子は元気かな。

 おっと、思い出話はやめてくれ。それはおれの好むところではない。なにしろ記憶もあやふやだし、そいつが幻ではない証拠はないからね。幻であったって別にいいじゃないか。なんだっていいんだよ、文章の中身の真偽なんてさ。ただ挿話を差し挟むのは好ましいことではないことはおれも同意する。だっておれはひとつの挿話をだらだらと間延びさせちまう。まとまりもなく、とりとめもなく。しまいには飽きちまって、尻切れトンボになるのは目に見えているから、よっぽど必要に迫られていない限りはエピソードを文章で語りたくはないんだ。おれのそういう話が聞きたかったら、酒の席に誘ってくれ。ぺらぺらとよく動くおれの舌に、きみは舌を巻くだろうよ。きみが女なら、おれに惚れちまうかもしれない。きみが男なら、おれを尊敬しちまうかもしれない。でもそんなものはぜんぶ嘘さ。話している内容は真実でも、おれの口から出た途端に、すべてが嘘になってしまうんだ。だって本当のことが、あんなに笑える話のわけがないじゃないか。おれはいつだってきみを楽しませるために、悲劇を喜劇に変えているんだ。そのたびに、ちくちくと胸が痛んでいるのは、みんなには内緒だよ。なんたって、おれはみんなに底抜けに陽気な男だと思われているんだから。みんなの幻想を壊したくないんだ。わかるだろう?


 風が騒ぐ夜は家に帰りたくないってボガンボスは歌っていたね。今日の昼間の風は大騒ぎしていて、おれは部屋から出ようなんてこれっぽっちも思わなかった。きっと冷たい風だったんだろう。おれの左目は北風に弱くて、北風に吹かれるとすぐに涙がぽろぽろこぼれてくるんだ。右目も少しは涙がにじむけど、左目の比じゃないよ。冬になると、なんで泣いているの? 必ずそう尋ねられるんだ。風のせいなんだよ。今日のあの風じゃあ、涙で視界が歪んでしまって、まともに歩けやしないよ。だからどうって話ではないけど、なんでおれの左目は北風に当たると、泣き出しちまうんだろう?

 今日のおれの文章はなんだか気味が悪いだろう。自分に酔ってるんだか、酔ってないんだか、なんだか掴みどころのない文章だ。わかっている。はじめからわかっていたけど、もう途中で修正するのもやめたんだ。今日のおれがこういう気分だって言うなら、その気分にとことん付き合うだけだ。読んでいる人からしたら退屈かもしれないけど、そんなことすらもうどうだっていいんだ。もうなにもかもどうでもよくなって、明日は文章を書いたりしないかもしれない。この毎日文章を書き続けるってのをやめたら、おれはまたしばらく文章を書いたりしないだろう。そのときには夜尿症の少年ともおさらばだ。彼もそろそろおねしょをしなくなる頃かもしれない。おれにはわからないよ。ただ終わりの予感がするってだけだ。明日になったらしれっと文章を書いているかもしれないし、きっぱりやめちまうかもしれない。それは今日に限った話ではなくて、いつだってそうだったって話だから、明日のことなんて誰にもわかりゃしないのさ。おれはなにも決めないし、決められたくもない。誰と競い合っているわけじゃないし、なにかのコンテストに参加しているわけでもない。コンテストなんてくそくらえだ。おれの文章はそんなクソと一緒に並べるような類いのものではない。訳知り顔の連中の目はいつだって節穴だし、書いている文章も生ゴミ以下の代物だ。生ゴミは肥やしになるけど、連中の書くものなんて悪影響しかもたらさないんだから。

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