モーモー牧場
そして夜がきた。日付が変わり、今日はエルヴィス・アーロン・プレスリーの89回目の誕生日であり、阿部千代の42回目の誕生日でもある。エルヴィスは42歳でこの世を去った。阿部千代は42歳になった。しかしこんなものは単なる数字遊びだ。数字遊びに本気になりだすと、分解して、ノイズを消して、余った数字を全部足すと悪魔の数字になる、などと言い出す。連中はどんな数字でも悪魔の数字にしてしまう。災害が起こった日付、悲劇が起こった時間、足したり、引いたり、掛けたり、割ったり。なんらかの意味のある数字でなきゃ気が済まないのだ。それでもって、真相に迫ったと満足してしまう。なんとも羨ましい精神構造だ。すぐに真相に辿り着いちまう。すぐに隠された意図に気づいちまう。連中が言うには世界の闇は小学校レベルの算数で暴けるらしい。興味深くはあるが、足を踏み入れたくない領域だ。悪意はないが、驚愕すべき馬鹿野郎ども。
昭和99年1月8日。阿部千代は42歳になった。1と8を足すと9になる。昭和99年の99と並べると999となり、その数字をひっくり返すと666。阿部千代は山羊座であり、黒ミサを司るバフォメットは山羊頭の悪魔と知られている。これらの結果がなにを暗示しているのかは、各々の判断に任すことにしよう。
今夜のBGMはもちろんエルヴィスだ。甘いね。声が甘い。これはとろけちまうよ。エルヴィスがもし生きていたら89歳か。なんかイメージとしては大昔の偉人って感じだけど、おれの母方の祖父さんよりも年下なんだよな。なんつうか、時代感覚がよくわからなくなるね。祖父さんは92歳でご健在。札幌で今日も元気に時代劇を観ていたことだろう。北海道庁職員を定年まで勤め上げた真面目な男。米に牛乳をぶっかけて食うのが好きで、風呂上がりには欠かさず棒付きミルクアイスを舐めるミルキーな爺さんだ。おれの名付け親らしいけど、おれは彼の下の名前も知らない。いや見かけたことはあるけど忘れてしまった。孫甲斐のないやつだな。素直にごめん。牛乳も大嫌いだしな。それは仕方がない。体質に合わないんだから。
彼の子は二人姉妹で、5人いる孫の中でも男はおれだけなので、おれが産まれたときは大層喜んだそうだ。こういうことを考えると、さすがにちょっとおれも背筋が伸びちゃうね。でももう手後れだ。ごめんよおじいちゃん、おれはこんなんになっちまった。おれはおれ以外になる気はなかったけど、貴方のためにもうひとり、公務員になったおれを用意してあげたいよ。どうやらそれが貴方の願いだったらしいからさ。
祖父母は孫に甘いっていうけど、孫も祖父母には甘いんだよな。もちろん腐るほど例外があるのは当然として。おれは両親の悪口ならいくらでも書けるけど、やっぱり祖父母を悪くは書けないね。そこまで接点がないからなんだろうけど、なんなんだろうね、この感じ。
エルヴィスの話が祖父の話になってしまった。まあエルヴィスのことなんて音楽のことしか知らないし。正直なところエルヴィスのこと書いたって面白がるやついないだろうし。おれの祖父さんの話だって面白がるやついないだろうっての。いや、だってホカホカのご飯に牛乳かけて食べるんだよ? すごくない? どうしてもそれだけは書きたくなっちゃったんだよ。それ以外は単なるおれの感傷だね。センチメンタル反対! おれの文章からセンチメンタルを追い出せ! わかったわかった。
さて。今日は成人の日だね。ということは成人式があるわけだ。大人になってからびっくりしたことのひとつが、ほとんどのやつが成人式に出ているってことだね。マジで仰天したもんな。だってさ、普通に考えて自治体主催の式典なんて行きたくないじゃん。おれはてっきりごく一部のマジメくんマジメちゃんくらいしか行かないようなもんだと思ってたからね。むしろ気合い入れたり楽しみにしていたりするやつの方が圧倒的に多いって知った時の衝撃ったらないよね。おれのなかの常識が崩れたよ。いまだに不思議なんだけど、なんでそんなに成人式に行きたいんだろう? いや親が晴れ姿を楽しみにしているから渋々……とかならまだわかりますよ。でもみんな自発的に行くんでしょう。そのためにわざわざ地元に帰ったりするんでしょう。意味がわからないね。だって19、20歳なんて、まだ地元の連中と会うのだって久しぶりって感じでもないじゃん。ほとんどのやつがまだ結婚したり子どもいたりしないんだから、いつだって会えるじゃん。地元から出てないやつなら、毎日一緒に遊んでたっておかしくない年頃じゃないですか。なのになぜ? お金もらえたりするの? 成人式になぜ行くのかって質問を何人かに投げかけたことあるけど、納得のいく答えが返ってきたことは一度もないね。謎だよ。マジで謎。成人式のなにがそんなに若者を引き寄せるのか。ただひとつ言えることがある。おれと仲良くなるやつは、成人式に行ってないやつが圧倒的に多い。このへんに謎を解く鍵があると睨んでいるね。
いやこればっかりは逆張りじゃないのよ。こればっかりはって言うか、いっつも別に逆張りじゃねえよ。本当に不思議なんですよ。成人式ってそんなに楽しいのかなって興味もある。楽しいとしてだ。なぜみんなはそれを知っていて、おれはそれを知らなかったのか。当時おれが仲よかった連中、いやいまも仲いいけどさ、そいつらの中では話題にもならなかったよ? まあ、成人式行く? 行くわけねえじゃん。みたいなやり取りはあったかもしれないけど、あってもそれくらいだよ。いったいどこで、ぼくらとあなたたちで共通認識がずれたのでしょうか。わからないね。さっぱりわからない。
42歳が書くことではないね。今更にもほどがある。でも一度世に問いたかったのよ。なんか出てる前提みたいな感じがいまだに不思議でさ。どうでもいいっちゃどうでもいいんだけど。この季節になると、気になることではある。で、確か前は成人の日って日付固定で1月15日じゃなかった? なんかいつからか1月の第2月曜日になったよね。これがまたおれの誕生日とよく被るんですよ。体感的には3年に1回は被ってるね。おれが学生の頃は1月8日って始業式の日なのよ。首都圏はね。だから休み明けに久しぶりに会うやつらに、今日はおれの誕生日だからなにか寄こせよって言う、持ちネタ的なものがあったわけ。……まあいいや。どうでも。始業式とか言ってたらなにか悲しくなってきちゃった。おれたちはいつまで学校を引きずって生きていくんだろうな。学校なんて行かなきゃよかった。どうせ学校なんて教師も生徒もつまらなくてダサいヤツらしかいないしよ。体育祭の応援団とかやってるヤツらが急に威張り出したりするのなんじゃアレ。クソみたいなヤツに、ちょっと阿部くんたち真面目に練習してくれる~? って言われた時の衝撃ね。びっくりしたもんねマジで。はあ? なに? 応援団やると急に偉くなっちゃうの? どういう理屈で急におまえがおれに強気で命令できるわけ? いまだに思い出してたまにムカついてしまう、しつこいおれだよ。名前も覚えてるもんな。田中、てめえ。あれだよね。なにかの実験で、普通の人たちを看守役と囚人役に分けてみたら、本気で看守役が威張りだしたみたいなやつあるでしょう。ああいう感じ。超不愉快。でも実際にそういうことしそうな連中ばっかりだもんな。つーか組織の上下関係とかそれに近いでしょう。結局のところ役じゃん。ごっこでマジに威張られても困るんだよな。おれがハラスメントを嫌うのってそういう理由よ。結局ムカついて終わるのね。




