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逆光でよく見えないよ

 よくわからんね。こればっかりは本当によくわからん。昨日は最悪な気分で、超つまらないものを書いているっていう自覚に罪の意識すら覚えていたっていうのに、読み返してみたらここ最近で一番おもしろいでやんの。もちろん個人の感想ですけど、書いた当人の感想ですから信憑性は抜群でしょう。文章ってのはある程度苦しみながら書いた方がいいのかね。おれはでもそんなの嫌だね。毎回そんなことしていられないよ。しかしわからん。どうにもよくわからん。書き上がった文章の出来はどうでもいいとか言っておきながら、しっかり出来を気にする阿部千代さん。かわいいね。気分で書いているからそうなるんだよ。矛盾をぜんぶ正直に放つ。不純な動機など一切なく。嘘を書いているつもりもないし、ぜんぶ本当だなんて信じちゃいないし。世界で一番おもしろい独り言。それが夜尿症の少年さ。世界とはちょっとぶち上げすぎじゃない? まあいいじゃない。景気良くいこうぜ。ハッタリは派手なほどおもしろい。そうでしょう?


 書くことでしかおれはきみの前に現れることができない。書くことでしかきみはおれの存在を許してくれない。なんらかの到達点を求めて書き続けてはいるけれど、きみこそがその到達点なのかもしれない。でもなにかが決定的に欠けている。もしかしたらなにもかもが欠けているのかも。きみはおれの存在を信じてくれるかい。意味のない祈りに耳を傾けてくれるかい。叫ぶわけではないけどうめき声には似た祈り。気乗りがしないときには、自分を騙して書くさ。格差について考えないことは難しい。狂おしいほどの嫉妬の炎に巻かれて、美味しく焼けました。あしたになったらぜんぶ忘れちまうよ。だから書くよ。書き留めるよ。飽きたらやめるよ。そしてまたゼロから初めから。空っぽにみえる袋の中から、欠片を拾ってきみに投げつけよう。ところできみはいったい誰なんだい? そいつは解決不可能の難題大問題だ。考えの埒外、もしかして勘違い、いやそんなことはない。おれはきみの存在をしっかり感じているし、きみのことをあれこれ想像して楽しませてもらっている。この文章を読んでいるきみのことをね。

 虚構という現実の前にはおれたちは無力だ。そして残酷な現実がおれたちを打ちのめす。悲しいことばかりだけど、悲しんでばかりはいられない。悲しみの沼に沈んでゆくアルタクスの悲劇をおれは忘れやしない。つきまとう不安と絶望に正面切って喧嘩を売ってやらなければ。書くべきことを失うわけにはいかないのであります。しょうもない偽善には付き合っていられないから断固として拒否を貫きとおしてやろう。おれには責任があるんだ。書き始めたからには、書き続けなければならない。だから責任を全うしよう。努力なんていうものはクソ喰らえだ。そこまでしてかじりつく価値のあるものが、ここいらにあるってのかい。勝ち組、負け組、せいぜい仲良く喧嘩しな。おれはそのどちらにも与しはしないよ。超強力な独立勢力。その勢いにおののいて震えてろ。その間、おれは道ばたの花でも眺めているとしよう。


 なにを言っておるんだこいつは。そう訝しむ諸君に朗報だ。この世界のどこかにいる同胞への私信だ。おれは書くことがないってことをもってまわった書き方で書く。そうやって煙にまく。筋が明快でわかりやすい文章なんてものは大抵の場合はまやかしだ。体裁だけ整えられちゃいるが、その実馬鹿でも言えるおためごかしばっか。わかりにくい文章にこそ答えが眠る。その答えはきみ自身の中に元からあったものだ。そいつがきみを芯から感動させるんだ。きみはきみの中できみを発見する。おれの文章がきみにディスカヴァーを促す。例えばおれが横文字を多用するのはなぜか? それは多くの場合において横文字を使った方が文字数が多くなるからだ。その上、なんだか頭がよさげに見えるだろう。まあこれは冗談という本気だけど、もうひとつ大切なことは、辞書には載せることのできない言葉のニュアンスだ。発見とディスカヴァー。意味は一緒だとされているけれど、湧き上がってくるイメージは違うものだろう? そういうものを拾い上げて提供してゆきたい。それが帝京魂! おれの友だちは野球で帝京に進んだけど、ベンチ入りさえできなかった。中学時代は結構名の知れたピッチャーだったんだけどね。


 晩飯を済ませて文章に相対すると気分がすっかり変わっていた。今日の晩は豪勢だった。返礼品でもらった松阪牛。ブランド牛なんて初めて食べたよ。めっちゃ美味かった。こんなもんだ。おれが実際にたったいま経験したことを文章にしようとしてもこんなもんなんだよ。ただまあ食い物のことを文章にしたって、それがなんなのさって気持ちがおれにはあるんだろう。読んで楽しいものと書きたいものは違う。おれが文字にするべきことはあまりにも限られている。その上、そいつはなかなか言葉になってくれないときている。求道者みたいな口ぶりだけどあまり深くは考えてないから気にしないでくれ。なにも気にせず読み進めてくれればいいんだ。おれの書く文章に栄養なんて入っていない。どうせカウチポテトのような文章だ。くだらないTVでも点けながら、へらへらと読んでくれて構わないよ。マジで読まれたって困る。いや困りはしないか。むしろどこかにマジで読んでくれている人が必ずいるって信じているナイーヴなおれだよ。部屋が牛肉臭いね。ものすごい油と煙だったものな。確かに美味かったよ。だけどいま思えば、少々脂っこくてしつこかったな。叙々苑の焼き肉を思い出すよ。あんなものを毎日食いたいとは思わない。一生に一度でいい。人生一度きりの叙々苑の翌朝、おれは盛大にゲロを吐いた。しょんべん横丁の裏側っていうか表側? 小滝橋通り手前の怪しい薬屋で、二日酔いに効く薬をくれって店の親父に言って出された2000円くらいする小瓶を買って、店の表でそいつをぐいっと一息にやったら、あまりにも臭くて不味くて、腹の中がぎゅるんと回ったような感覚とともに吐き気が人生最高値を叩き出し、胃の中のもの、叙々苑の焼き肉とビールとシャンパンの詰め合わせ、と一緒にリバースしたのだった。薬屋の親父が飛び出してきて、ちょっと店の前で吐かないでよ、なんて文句を言ってきやがったから、バカヤロウてめえが妙な薬を出すからじゃねえかって応じたけど、そのあとのことはよく覚えていない。おそらくふらふらしながらバイトに向かったのだろう。


 まったく人生ってやつはひどすぎて、手に負えないもんなんだ。ごくふつうの人生を生きているおれのようなやつにしたって、収まりの良いエピソードなんてなにひとつないんだから。ぱっと頭に思い描けるのは、いつだって冷え切った路上の明け方のような過酷でうすぎたない記憶ばかり。でもきっとそれが生きる糧になっているんだろう。そう思わなければやってられないよ。さて今夜もそろそろ、この文章を締めにかかろう。この作業は文章を書くなかで一番嫌いだ。もともとオチって考え方が嫌いな性質なんだ。どんでん返しなんて、やってる方は楽しいかもしれないけど、やられたこっちからしたら馬鹿にしてるのかって文句をつけたくなるじゃないか。あとはクライマックスだと思えるくらい盛り上がるひと山があって、そいつを越えたと思ったら真のひと山が用意されているってやつ。ゲームに多いパターンだ。パターンなんだよなぜんぶ。龍が如くなんてぜんぶそれだ。でもなぜだろう? 龍が如くを嫌いになれないのは。いつもいつも馬鹿みたいな話に付き合わされて、クソつまらない殴り合いをプレイさせられて、大半が興味を持つことのできないアクティビティという糞の山。だけどなぜなんだろう? おれ、龍が如くのこと、めっちゃ好っきゃ。

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