不安のあまりキキキと笑う
一行を書く。また次の一行。そしてまた次の一行へ。空白に文字を埋めてゆく作業。でたらめにやっているわけじゃない。さりとて計算しているわけでもない。なんというか、適当だ。適当に文章を書いている。渾身の力を込めた適当。
この文章を書くときは、なるべく調べ物とかネット検索をしないようにしている。これまで蓄積してきたものを、おれなりの言葉として吐き出したいからだ。意味わかる? 裸で勝負したいみたいな感じ。なんとなくわかってくれるよね。そう信じたい。
おれ自身に影響力はないけど、おれが操る言葉には影響力がある。友人と話しているときなどによくそう思う。友人が自分自身の言葉のように話すことが、以前におれがそいつに話していたことだということが、よくある。
それ、おれが言ってたことじゃん……そう思いながらも、少し嬉しい。そいつがおれの言葉に影響されたのがわかるからだ。おれが適当に放った言葉が。本当に適当なんだ。よくよく考えての発言じゃない。おれは適当なことしか言わない。そいつはまんまと騙されているってわけだ。でも基本的におれのことを舐めているから、おれに影響されているとは考えない。おれからの受け売りを、おれに話してみせる。間抜けなやつだ。けれど嫌いにはなれない。いいやつであることは間違いない。問題はおれだ。信じられないほどのカリスマ性のなさ。それが問題なんだ。
問題なんて言ってはみたが、どう問題なのかはよくわからない。なんとなく過小に評価されているような気がするだけだ。どうしてだろう。考えるまでもない。金を稼ぐ能力もなく、人望もなく、その名を轟かせたこともない。そういうやつは、どうやらあまり価値がないようだ。なんの価値? 知らないよ。相手にする価値とか、かな。あとは存在価値とか。生きている価値とか。その他大勢の中の澱みたいに思われてるのかな。思われてるんだろうな。思われているに違いない。
ふざけんじゃねえよ。なんて怒る気力も、最近はなくなってきたよ。へいへい、生きていてどうもすみませんねえ、なんて卑屈な態度で、人々を更に嫌な気分にさせるのが、最近のマイブーム。ナチュラルに見下してくるような連中に嫌がらせをしている瞬間、きっとおれの顔は生気を取り戻しているに違いない。だって楽しいんだもん。善人ぶったクソ野郎どもの顔が、不快に歪むその瞬間をおれは見逃しはしないよ。いいんだぜ、考えていることを言ったって。おまえが見下している存在におちょくられて、それでもまだ良いやつぶるのかよ。おれにはおまえらの性根が見えているんだって。腹ん中、煮えくりかえっているんだろう? 馬鹿は相手にしない、とかさ。そういう負け惜しみは聞き飽きたんだよね。本当におまえらその言葉、好きだよねえ。馬鹿は相手にしない。なにそれ、大学で習うの? もう馬鹿って言っている時点で相手にしてるじゃん。一矢報いたい気持ちがはみ出ちゃってるじゃん。しかしおまえ、馬鹿って。言葉を選びなさいよ。エレガントじゃないね。こっちのレベルに合わせてくれているのかい? なんとも親切なこって。
おれはなにと戦っているのか。過去だよ。過去と戦っているんだ。過去の対戦相手とスパーリングをしているのさ。過去はいつだっておれの中に怒りを呼び起こす。怒りはおれの心の汚いものを吹き飛ばしてくれる嵐だぜ。そして平穏が訪れる。怒りがおれに大きな慰めをもたらしてくれるんだ。最近のおれは世界樹に潜るか、怒るか、書くか、そのどれか。こんな活動を繰り返していたら、あっという間に頑固ジジイになっちまうな。それも仕方のないことだと思えてきた今日このごろです。うたた寝以外に睡眠をとらない生活。少しの刺激で飛び起きてしまう。まるで野生動物です。まるで? もともと野生でした。いつか野垂れ死ぬと思います。苦痛もそこまでの苦痛ではなくなってきたし。すべてを許しつつある。だから過去と戦うのさ。いまの連中は敵にもならん。すぐに逃げちまうからな。いいよ、お行き。もう捕まるなよー。
はい。また文章と呼べるかどうかのぎりぎりのものを書いていました。はい。やる気ないんです。はい。いいえ。やめません。書くことはやめたくありません。生きがい……ってほどのものではないです。本当です。そこまでのものではないです。生きがいなんてないです。あったらこんな風になってないと思います。ただ書いている瞬間は、ぼくが思う理想の生に近いものを感じることができます。感じていないときもあります。いまですか。いまはよくわかりません。普通です。はやく書き終わりたい気持ちはあります。なぜでしょうね。よくわかりません。本当にわからないんです。書くことが好きではないのかも。そんなことはないか。よくわかりません。まだ続けますか。いいでしょう、付き合います。付き合いはいい方です。誘いは滅多に断りません。というか先約がない限りは断りません。ただ誘いが滅多にないだけで。理由はわかりません。皆さん忙しいのでしょう。嫌われてはいないと思います。好かれてもいないと思います。好かれているよりの嫌われていないです。フラットというわけではありません。もうやめましょう。恐ろしくなってきました。この文章のファンに愛想を尽かされるのがです。ファン、いると思います。存在を信じています。じわじわと増えている最中です。そこまでの数はいないと思いますけど、数人は(いると思います)。たぶん。きっと。
手詰まり。自分から自分を行き止まりに誘導してしまった。本当によくわからん。おれはいつもどうやって文章を書いているんだ。おれはなんだ。なんなんだ。別に変なものを書こうとしているわけではないんだ。ただね、別に書きたいことなんてないしさ。伝えたいことなんてのもないし。どうしても言いたいこととか、表現したいこととか。まったくナッシング! 本当にいるのかな、ファン。いるって、絶対。おれは信じているよ。だってほら、阿部ちゃんの文章おもしろいもん。自信持とう。いや自信はあるんだって。でもこの文章を面白がれるほどの知性の持ち主が、この文章と巡りあうかどうかが問題じゃん。マッチングアプリみたいなもんだよね。なにが? いや説明するほどのことじゃないよ。つーか大体わかるでしょう。そういうことだよ。
つまり、あなたがいまこの文章を読んでいるのは、ひとつの奇蹟だということですよ。その奇蹟を、おれはこんな文章で迎えてしまっていいのかな、って話なんだけどさ。しょうがないじゃん。あんた、運が悪かったね。今日のおれはこんな感じなんだ。頑張ってはみたんだけどね。おれも書き始めるまで、自分がどんな文章を書くかわからないからさ。ちゃんと書き終わるかどうかもわからない。まあ……ちゃんと書き終わることなんて一度もないか。いつだって無理やり終わらせている。いまだって、そう。おれは文字数とにらめっこ。はやく規定の文字数になってほしい。ただそれだけ。それだけなんです。不誠実だと思いますか。あなたはそうお考えですか。ぼくはそうは思いません。価値観の違いでしょうかね。なんでしょうかね。なんでもいいっちゃなんでもいいですけど、それじゃあんまりにもあんまりじゃないですか。仲直りしましょう。ぼくたちが争う理由はないはずです。歩み寄る準備がこちらにはあります。おや、そちらは? どちら様? ああどうも初めまして、阿部千代と申します。以後よろしくお願いします。それでは。さようなら。




