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朝はいっつも知らん顔

 文章を書くというゲームを起動する。ゲームプレイヤーたるおれが、ゲームのNPCたるおれを演じ、おれの真相に近づいてゆく。そんなゲームだ。

 おれはこのゲームにハマっているようで、ハマっていない。どうにかしてハマろうと、頑張ってはいるのだけど。

 プレイ時間だけがかさんでゆく。プレイ進捗は曖昧だ。進んでいるようにも思えるし、遠ざかっているようにも思える。無重力の中に放り出されたような気分だ。攻略方法は自由と聞いていたのに、あまりにも不自由。なにも思い通りにいきやしない。

 たまにすごく不愉快になる。苛々する。そんな時はどうしたらいいのだろう。おれの場合はそうだな、文章を書くというゲームの中で、文章を書くというゲームを起動する。ゲームプレイヤーたるおれが、ゲームのNPCたるおれを演じ、おれの真相に近づいてゆく。そんなゲームだ。

 そして、おれは遠ざかってゆく。雨が降っていた。とても寒かった。


 朝からシャンパン飲んで酔っ払って、支離滅裂な文章を書いたと思っていたのだけど、読み返してみたらそこまで支離滅裂というわけでもなかった。ただあまり面白くない文章だった。いつもどおりの、調子が出ていない時のおれの文章だった。実はまだシャンパンは残っている。早く飲まんと気が抜ける。酸化しちまう。

 それはそうと、酔っ払ったおれは文章を書き終わるとすぐ、ぶっ倒れるように眠り、昼ごろに目が覚めた時には腹ぺこもいいところだった。普段だったら空腹なんぞは放っておくけど、酒を飲んだあとの飢えはなぜか耐えがたいものがある。アルコールを分解することで、体内になにかが足りなくなっているのだろう。きっとそれは塩分に違いない。なぜなら、しょっぱいものが食べたくなるからだ。しかし、このシャンパン本当にうまいね。なんだかリンゴジュースみたい。でもさすがにちょっと気が抜けている。早く飲んでしまわねば。


 池袋という街は何度きても苛々する。どいつもこいつも好き勝手に歩きやがって、邪魔くさいったらありゃしない。人が問題なのか、街が問題なのかわからないが、しょっちゅう人とぶつかりそうになる街だ。最近のおれは積極的にトラブルを避けているので、人と接触してしまった時はちゃんと声に出して謝るようにしている。今日も何回か謝らされた。

 どっちがはっきりと悪いってわけでもなく、こっちから謝ってやってるってのに、ひとりの若いサラリーマンが舌打ちしてきた時は、後頭部がざわざわするくらい逆上しかけたけど、耐えた。耐えてやった。耐えてみせた。どうだい、おれは我慢の子だぜ。なにもかもを飲み込んでみせてやったぜ。やればできるんだ。でもよ、あの野郎はなんだって舌打ちなんてしやがったんだ。もしかして、おれが謝ったからか? まさかとは思うが、おれが野郎にびびっていると思われたのか? おいおい、マジかよ。そりゃないぜ。つまりあれかい? おれはあいつに舐められちまったってのか? それはよくねえよ。

 突然振り返って走り出したおれに、おばちゃんがキャッと可愛い声を出した。ごめんなおばちゃん。でも別にぶつかりそうになってるわけでもないのに、いちいちそんな声出さなくたっていいじゃん。


 見つけた。おい、と声をかけるのとほぼ同時に、野郎のコートの襟首を掴んでぐいっと引っ張ってやる。やつがこっちに顔を向ける。驚愕の表情。目玉が飛び出してきそうだ。てめえこのやろう、こっちが謝ってんのになに舌打ちしてやがんだこのやろう、なめてんのかこのやろう、ああ?

 やつは両手を胸の前に上げて、手のひらをこっちに向けて固まっている。それで身を守っているつもりか? 本能が錆び付いてやがるな。よくそれで舌打ちなんかできたもんだ。まあこんなもんか。こいつが我に返る前に逃げよう。警察とか呼ばれると厄介だ。首を痛めたとか言いだしかねない。

 次やったらぶっ飛ばすぞこのやろう。そう言いながら、やつを押し出すように手を離してやって距離をとり、思いっきり睨みながら、やつがまだ混乱しているのを確認した。たぶんもう大丈夫だろうと踏んでその場を離れた。あいつも、おっかないやら恥ずかしいやらで、そそくさと逃げ出すだろう。変な知恵を働かせ始めるにはもうしばらく時間がかかるに違いない。あの様子じゃ、追っかけてきて後ろから襲いかかってくるような根性もないだろうし。


 まあ嘘だ。すまんね、嘘をついたよ。舌打ちをされた時点で、おれはやつを許すつもりなんてなかったんだ。ただその場で、こっちがこのやろうって突っかかっていったら、あっちだってそれなりに強気でくるでしょう。一度やつを泳がせ、油断させてから不意を突いたというわけなんだよ。余計なトラブルはごめんだからね。こっちが一方的になれる状況を作っておけば安心だからね。おれだって殴り合いとか罵り合いをしたいわけじゃないんだから。

 要はここですよ。と言って、おれはいま頭を指差しています。テクニックだから。こういうのも。クソ野郎をシメてやりたいけれど、面倒とか痛いのは勘弁って人はこの手がお勧めです。リリース・アンド・キャッチ・アンド・エスケープです。

 コツは相手になにも言わせないこと。ペースをあっちに渡してはいけません。ぜんぶおれのターンです。あと長々と喋ってはいけません。謝罪などを求めてもいけません。なにしろ考えさせてはいけません。相手の日常が崩れている間に、ババッと悪態をついて、さっと逃げましょう。気持ちいいからって長居を決め込むと、逆襲される可能性は加速度的に増えていきます。こいつ、やべえよ……と相手が思っているうちにその場から離れるのです。

 注意点として、もちろん本当にヤバいヤツにはこの手は効きません。たぶんひどい目に遭います。問題としては誰がヤバいのかよくわからないということです。だからまあ、ムカついたらとりあえずやってやりましょう。たぶん命までは取られません。

 やるのはクソ野郎にだけですよ。自分がクソ野郎になってはいけません。それでは、阿部ちゃんの、クソ野郎のシメ方講座、次回をお楽しみに!


 なんちゃってね。嘘だよ。もう最初っからぜんぶ嘘。池袋なんて行ってないよ。今日だって部屋から一歩も出ていないんだから。真に受けて実践に移してはダメですよ。デタラメなんだからね。

 書くことなくてさ。ついに嘘まで書き始めたよ。もうどうしようもないね。そろそろ潮時かね、店畳むか。そんなこと言わんでくださいよ、親爺さん! おれ、ここのラーメンが好きなんすよ……。上手く言えないけど、なんか、あったかい気持ちになれるんすよ。頼んますよ、親爺さん、店を畳むなんて言わんでください。

 なんだよこれ。いや本当になにを書いていいのかわからなくてさ。おれってどんな文章書いてたんだっけ? どうやって文章を書いていたんだっけ? なんか変なところにはまり込んだような気がするよ。

 かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう。サルビアの花を絞って、その液を額に塗るとチャクラが開くんだって。おれの親父が言ってたよ。おれの親父、頭おかしいから。あの野郎、もうくたばったかな。妖怪みたいな男だった。ひょうすべみたいなさ。おれもあんな風になるんだろうか。両手に魚持ってにやにやしながら、ふらふら歩いて、そのまま消えてゆくんだろうか。

 まあ粘り強く文章を書き続けるだけだな。大抵のヤツに足りていないのは粘り強さだ。なにかを受け取る前に、待ちきれずにやめちまう。クールに都合よくことが進むとでも思っているのかね。んなわけあるか。おれは違うぜ。元気もある。しつこさもある。陽気で陰気な男だぜ。そのうちいいことあるって。めげちゃだめだぜ。きみに言っているんだ、きみに。

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