表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/77

増殖する地獄の中で肥大化する自意識

 結局のところ欲求するものは、書きたいものを書きたい、ただそれだけだ。ただそれだけなのだけど、それがまったくうまくいかないものだから、どうしたものかね。

 おれの主張みたいなものなんて、所詮はただのヒステリー、八つ当たりだ。自分で自分の首を絞めて、それで虚しくなってしまう。どうしようもない駄々っ子だよ。なまじ頭の回転が鋭いもんだから、てめえの馬鹿さ加減にすぐ気づいちまう。ああ、それでも書きたいんだよ。書きたいものをな。

 絶望が追いかけてくるよ。やつの足は決して速くはないけれど、休み知らずだ。おれが少し気を抜いたら、すぐに絡め取られて窒息させられてしまう。やがていつかは捕まるだろう。確信めいた予感。諦めにも似た予言。それでも、おれはリアリストだから、ロマンを選ぶ。信じようが、信じまいが、どちらにせよ絶望が待っているのならば、手持ちのコインを、自分を信じる方で全ツッパだ。

 いつか書けるよ。おれの書きたいものが。それまで文章を書き続けることができるのであれば。


 今日のおれは賢人モードだ。昨日のおれは不良少年モードだった。ひと晩眠れば状態はくるくる変わっていくさ。機嫌、調子、バイオリズム、呼び方なんてなんでもいいぜ。要は自分ではコントロールできないものを内に抱えてるってことだ。おれはそいつに素直に従うよ。きっとおれのメンタル体かアストラル体がそれを求めているのだから。やつらにはちゃんと食いたい餌を食わせないとな。不満を溜めさせ過ぎると、反抗して爆発しやがるからね。

 おれにだってプリミティヴな欲求はちゃんとあるんだ。うまいものを食いたい。綺麗な女の子といちゃいちゃしたい。大金持ちになりたい。ちやほやされたい。おれのポテンシャルを存分に活かして運さえ巡ってくれば、もしかしたら可能性はあったのかもしれない。それくらいのささやかな傲慢さは持っているよ。

 けれどプリミティヴな欲求を生きる指針とするには、おれは自分を客観視し過ぎる。おれの審美眼が、根源的に野蛮に生きることを許さないんだ。おれはそんなおれで幸せだったと思う。ユニークとまではいかないが、狭い世界の中でくらいは、それなりに面白いものを書けているから。そして、文章を書くということについてだけは、人並み以上に真面目な姿勢で取り組めているから。

 悩みながら、迷いながら、頭をかきむしりながら、正解もわからないまま……おそらく正解など無いのだと思うが……わかっていながら正解を求めてしまう……それでも文章を書き続けるのは、悪くないね。生きてるって実感できる。実益なんて一切もたらしてはくれないが、おれはこういうことをするために生まれてきたんだってな。

 そして、書きたいものがある。それがどういうものなのか、はっきりとした形ではわからないけど、感覚としてなんとなくその辺に漂っている。そいつを追っかけ回すのさ。捕まるかどうかもわからないし、たまに苛々してしまうけど、虚無に囚われるよりはよっぽどマシってもんだ。

 結局のところ、おれもカモメ捕りのダンスの一員ってことだ。けれどおれのダンスは他の連中とはひとあじ違う。連中は空ばっかり見上げて、なるべく堤防へと近づこうとするが、おれはこの場所から一歩も動きやしない。信じているんだ。この乾燥した場所のどこかに、カモメが隠れているって。地べたに這いつくばって、もぞもぞ動くおれを、連中は嗤ってシカトするだろう。そんなものがダンスと呼べるかってな。ダンスなんだよ。これこそがダンスなんだ。体幹から指の先まで、意識はしっかり行き届いている。慎重かつ大胆に。ドラマチックに、もぞもぞと蠢く。相反したエナジーの衝突で、おれは大爆発を起こそうと企んでいるんだ。きみたちは目を逸らしてくれていて結構。きみたちに、おれのダンスが理解できるとは到底思えないからね。それはそれで、きっと幸せなんだろうな。おれはそれを幸せと呼ばないだけで。それを地獄と呼ぶだけで。


 なんだこりゃ。まるで詩じゃないか。おれが詩を書こうって気合いを入れている時よりも、文章を書こうとするおれは、たまにいい詩を書きやがる。詩を書こうとしていたおれは、そんなおれに嫉妬してしまうんだ。

 きみ、それをどうやって書いたの? さあ、わからないね。適当に書いていたら、こうなった。ほとんど頭なんて使っていないんだ。ふざけんなよ、おれが頑張って詩を書こうとしているってのに、こんなもんを適当に書かれちまったら、おれの立つ瀬がないぜ。そんなもん、最初からありゃしなかったってことだろう。思うにおまえはアプローチを間違えているんじゃないかな。詩なんて書こうと思って書けるもんじゃない。勝手にできているもんなんだ。その瞬間に、たまたまなにかを書いていた。それが詩だよ、おそらくね。再現の不可能性。そいつをじっくり考えてみる必要があるな。

 でもそれはまた今度にしよう。いまは文章を書いていたい。流れるように、淀みなく、意味もなく。今日のおれの文章はずいぶん丸っこいね。不満かい? いや、そんなことはないよ。ちゃんと棘は仕込んであるしさ。この棘で、痛い目に遭うやつのことを想像してみるのも、おつなもんだぜ。是非とも深々と刺さって欲しいものだ。

 おれってたまに芸術家みたいだよな。そうだな。そんな気分の時だってあるってだけだよ。芸術なんかにゃ興味はないよ。そもそも芸術ってなんなのかよくわからないし。もし、おれが良いと思ったものこそを芸術って言うのだったら、おれはまさしく芸術家だろうな。ま、どっちでもいいんだよ。カテゴライズしてどうするって言うのさ。肩書き下げてどこ行くのよ。きみはそんなもんだけで満足感を得られるのか? そいつはずいぶんと安上がりな価値観をお持ちでらっしゃる。ひとりの少女を思い出させるね。

 エロは気に入らないって表明したら、エッセイ年間ランキングに載りましたあ、って嬉々として言えるその立派な精神は、おれが14歳の頃にだってすでに存在しなかったな。下品な大人の真似をするガキ。エレガントじゃないね。背伸びの方向が明らかに間違っている。周りの大人はなぜ教えてあげないんだ。若者に否定されるのが怖いのか? 褒め殺しで、ひとりの少女の精神を歪めて楽しいのか? あんなに自意識を肥大させちまって。かわいそうに。病的なまでに肥大した自意識はいつか爆発するぜ。そうなったら、それはあんたらのせいだよ。自覚はあるんだろうな? よそん家のガキだから関係ないってか? 冷たいねえ。それとも、ありえないことだとは思うけど、もしかして本当に同レベルなのか? だとしたら、悲しい話だね。救いがない。まるで地獄だよ。


 ランク入りに情熱を捧ぐ少女のことは、ずっと気になっていたんだ。でもおれにはどうすることもできないね。本気で悲しいことだと思うよ。少女の近視眼的な発想を、窘めることなく、手放しで褒め称え続ける大人たち。こんな悲しい風景は見たくなかったよ。結局、なにが悪いって、大人たちが愚かなことが悪いんだよな。

 じゃあなんで愚かな大人が生まれてくるかって言ったら、そんなもん昔からいたから生まれちまうのは割合的にしょうがないことなんだけど、連中に発信力なんて昔はなかったから。愚かが拡散されることも、そこまでなかったわけだし、おれがそれをこの目で見ることもなかっただろう。結局インターネットなんだよな。

 ネットには功も、もちろんあるよ。もちろんあるんだけど、罪が巨大過ぎてな。あまりにも多くの愚かの種が撒き散らされ、それは日々、発芽し成長している。土壌も気候も完璧。なにもかもが揃っていやがる。毎日が初夏みたいなもんだ。

 もう人類はインターネットのない世界には戻れない。おれだって戻れない。もう後戻りはできないんだ。悲しいことだ。とても悲しいことだ。まるで地獄だよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ