第七話 暗然たる心緒を胸に抱き
2024.07.01 追記
加筆修正しました。
結局のところ、徒歩で辺境のハルジオンまで行くことになった。これまでの道を足早に通っていたおかげもあってか半日もかからない。
「順調だったが、これではいつもと変わらない時間になりそうだ。カナタの嬢ちゃん、悪いがもう少し待っていてくれ、軽くだが馬車の修理をしようと思う」
「ええ。手伝えることがあったら言ってくださいね。少しはお役に立てるはずです」
「そうだな……。魔物が来ないか見ていてくれると助かるよ」
悩んだ末に出された内容に軽く了承して、カナタは先頭の方へと歩いていく。
馬の横まで着くと、カナタは鬣へと手を伸ばし軽くなでる。ブルルッ、と気持ちよさそうに声を上げるのを視て、思わず微笑む。
「ここら辺では魔物が出てきてもおかしくは無いが、運がいい。実に快適な道のりになりそうだ」とは下山直後の丘陵地を進んでいる時の業者のセリフだ。「そうですね」と笑いながら返していたが、魔物は出てこられないのだ。カナタの魔術によって威圧された魔物たちは業者を襲うことができない。
今も尚、その魔術は発動中であるために、魔物の心配はない。
アルターがそう言ったのは、体のいい言い訳だったのだろう。別段、嫌な気分にはならない。
馬を愛でていると、馬がけがをしていないことに気づいた。
(……馬を攻撃してないのか)
暇だったカナタは賊の批評を始めた。
強奪を良しと知るつもりは無いが、洗練されていない盗みのプロにため息をつきたくなる。プロでもなんでもないような人たちが盗みを働かなくてはいけなくなっている現状は随分とおかしい。
「はぁ」
いろんな意味を込めたため息が出る。
(どうしたもんかね)
しばらく空を眺め、現実逃避をしていると、「お~い」と、カナタを呼ぶ声が聞こえた。
「待たせたなぁ。とりあえず簡易的なモノは終わったからいつでも出発できるぞ」
「あ、わかりました。わたしの方は特に準備いらないのでもう行けます!」
地べたに付けていたおしりを軽くはたき、砂を落とす。魔術によって隠れている袋を持っていることを悟らせないように業者の方へと駆け出す。
「おぉ、それは良かった。それじゃあもう出発しようか」
カナタが馬車に座ることができないことを考えてか、アルターも一緒に歩きながら馬を引く。
小さな林群を通り抜けると、立派な平野に出てきた。
「まったく、ここ最近の大陸の治安はどうなっているのだろうね。国の治安がこんなことになったのはすべてあの虚王のせいだよ。
あいつはまともに政治をしていないって専ら噂されているのだから。嬢ちゃんもそう思うだろう?」
平野までくると、ハルジオンは目と鼻の先だ。
見慣れた土地まで来たことに気が緩んでいるのか、アルターは賊に襲われた原因を虚王へと押し付けて愚痴る。
「あはは、そうかもしれませんね。でもいいのですか?今こんな話していることも虚王にバレているかもしれませんよ。
一応彼はこの国唯一の魔術師であり歴代の魔術師の中でも最強なわけですから、どこで会話を聞いているかわかりませんよ」
カナタは完全に同意したい気持ちを抑えつつ、とりあえず答えをぼかす。
虚王と呼ばれる男がいる。
本名はヴォ―ティゲルヌス・アンブロセウス。
彼はいきなり表舞台に現れ、瞬く間に王へと君臨することになる。
一種の恐怖政治を強いてから、かれこれ数十年の月日がたっていた。
大陸全土に広がる領地を完全に統治し、空の実状をその手に握っている。
誰が呼んだか、『虚王』。語源なんてものはどこかに消え失せ、呼び名だけが定着した。
国民のだれもが、彼がこの国の王となった経緯は知らない。しかし、彼が王にふさわしい実力を持っていることだけは嫌でもわかる。
大半の者は何を用いたかも知らずに、この灰色の雲に覆われた空を見上げる。
ここまでが、一般的になっている虚王の顔だ。
しかし、ある程度の知識を持ったカナタにしてみればその質はより悪辣性が増している。
虚王はこの曇天を創り出す際、魔術を用いた。
他の魔術を行使するモノには到底不可能な術式を書き出し、実行したのだ。
大きな魔術を完成させるために、大気中の魔素は必要不可欠だ。もちろん、『曇天を創り出す』という規格外な魔術であっても例外ではない。
結果として、この土地の空気中の魔素は枯渇した。
これは100が50になるのとは違う。100が1になるレベルの枯渇だ。空気中の魔素を下に生きる生物は消滅、運が良くても根絶。
魔素に関与しない生物にとっても安い被害ではない。ありとあらゆる魔術的事象が低迷していったのだ。
つい考え込んで暗い顔をしていると、アルターはにこやかに話しかけてくる。
「ふっふっふ、大丈夫じゃよ。もしそうならわしはとっくの昔に首が飛んでおる。なんせわしは虚王が即位してからずっと反逆ともとれる会話をしてきたからのう」
(…どこが大丈夫なのだろうか。)と顔に出てしまっているだろう。
確かに、反逆とも取れる発言をしても、首は飛ばない。
仮に、王都で高らかに宣言したとて話は変わらない。慢心ともとれる彼のその言動は、国民を一種の恐怖に包ませていた。
「はっはっは。ジョークじゃよ。これを言うとお客たちの中でも盛り上がるんじゃよ」
共通の敵がある、という事なのだろう。
理屈としては理解できるが、それでも乾いた苦笑いがカナタの表情を独占する。
けれど、暗然としていた思考はクリアになっていた。




