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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
第2章 天頂に居座る彼女はその身を変えず
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第六十一話 未来を読む主の本懐

 樹海の中では音が無かった。

 木々は静寂を生むが、今回は違う。ある種人為的に作られた静寂は智慧のあるエイクスニュルニルの感情を揺さぶらせてくる。

 一つの結論としては、彼は偽物なのだろう。地面に存在する土壌の性質、ひいては素粒子に至るまでのすべて、これらを理解することができる眼を持っているからこその結論だ。

 これ以上考えても仕方がない。マーリンには共有しておけば問題ないだろう。


「…戻りますか」


 地面の隆起も、ハチドリの死骸も、ホムンクルスの残骸すらもない。

 エイクスニュルニルはその場を後にした。





 ブラオル・ミュルクヴィズの唯一の街。その半分は崩壊していた。

 名称をすることのできない化け物の被害はあまりにも甚大だった。住宅は粉々に、街道にもはや形無く、住人は半分になっていた。

 ハルジオンを思わせるほどの災害。胸が苦しくなることもあるが、そうも言っていられない。ハルジオンは何もできなかった。けれど、今回は違う。十全ではないが守ることは出来たのだ。今はそれを誇るしかない。何より、部外者であるヒナが弱音を吐くのは何か違う気がした。


「白うさぎさん。これはどちらに運びますか?」


「ああ、ヒナさん。それでしたら西の方にまとめてあります。…もしよろしければ、戻ってくる際に資材を持ってきていただいても良いですか?」


 視線を下げ、荷物を持っていたヒナは西の方を見る。距離としてはそこまでない。


「…はい。いいですよ。どれくらいの大きさのモノが良いですか———」



「エイクスニュルニル」


「はい。なんですかカナタさん」


 白うさぎとの会話を遠目にカナタは話かける。

 ヒナはにこやかに話してはいるが、その心の奥にはハルジオンの惨劇があるはずだ。「私にもっと力があれば」と考えていなければ良いけれど。そう考えながら、どうやって話を切り出すか迷っている。

 そんなカナタの姿を見ていてもエイクスニュルニルは急かせない。話す内容が分かっているのか、それとも別の考えか。


「……分からない?」


「…いえ、分かりますよ」


「おかしいと思っていたんだ。…お前、分かっていたんだろう。ここまで被害が出ることも。わたし達がどうにかして攻略することも。……誰が原因で化け物が発生するのかも」


「………」


「なぜそのようなことをしたのかは、正直分からない。だけどさ、さすがに気づくぞ。未来を解析する中でもお前は感情だけはとてつもなく正確に読めていた」


「買い被りでは?」


「ふざけるなよ!お前の思考能力があれば、分かるはずだ!馬鹿がどんな感情を抱いてあんな行動に出たのか。ヒナが街の倒壊に関して抱いている思いもだ!」


 高ぶった感情はするつもりの無かった行動をさせてくる。

 カナタは右手に握られた魔杖をエイクスニュルニルに向け、いつでも魔術を撃てるようにしていた。ヒナが離れていたのが幸いだった。彼女が見ていたら本気だとバレてしまっていただろう。


「ええ、だってわざとですから」


「…ッ!」


 途端、カナタの魔力が爆発的に増加する。ヒナの眼を持っていないエイクスニュルニルですらその圧だけで分かるほどだ。


「重要なことだったのです。あなたも知っての通り、私の能力は未来視ではない(・・・・)。あくまで今ある現在から考え得る可能性を計算しているにすぎません。…その中で、最悪な結果も計算しています。ヒナさんの成長が足りない場合、あなた達の計画は破綻する。その成長は技量的なモノではありません。精神的な話です」


「………」


「私の計算できる範囲は見える範囲(・・・・・)のみ。それでもなお、最悪だったのです。その意味が解りますか」


「…わたし達の計画の破綻は、わたし達の死だけでは清算できない。この森、もしくは世界が崩壊するってことか」


「話が早くて助かります。今この段階で知っているのは私だけですが、あなた方の計画は世界の存続を担っています。仮に準備を怠って虚王を討伐できなければ、なぜかは分かりませんが世界が崩壊します。

 変数をこちらの都合のいいように変えても、その結果は変わりません。仮に私が虚王を討伐しようと動いたとて無駄でした。気負いする必要はありませんが、こちらとしてもできるだけのことはしておきたかったのです。理解はしなくても良いですが、あなたに敵対行動をした、というわけでは無いということは知っておいてください。

 ……ヒナさんにはこの話はしない予定です。あなた方にとってもそちらの方が、都合がよろしいでしょう」


「………」


 うつむくほかない。

 自身の背中に世界が乗っていることが、ではない。ヒナの成長を阻害していたのは自分自身であったことへの悔みだった。


「…ごめん。感情的になってた」


「いえいえ、気にしなくても良いです。私自身、今日の行いは誇れるものではありませんから」


 辺りは暗く、夜を告げるかのように魔物たちは魔術で光源を生み出していた。日暮れの時間は既に来ていたらしい。二人の論争を聞いた者はいない。ヒナはその場を離れており、魔物たちは空気を読み、近寄らなかった。





 ブラオル・ミュルクヴィズに朝がやってくる。

 先日の半壊を超え、屋根のある仮設の住宅だけは建設が完了していた。これからまた、日常が戻ってくるのだろうと、皆がそう思っていた。


「そろそろ、本題に入ってもいいかな」


 エイクスニュルニルとカナタの話合いは以前とは異なり、理性的なモノとなっている。そして、彼らを見守るようにヒナやマーリン、白うさぎと何人かの魔物たちがいた。


「ええ、そうですね」


「こんな時に、お願いするのもどうかと思うけどね。仕方がない、だろ」


 何の話をしているのか、理解しているのは二人を除いてマーリンのみ、ヒナも白うさぎも同様に把握しきれていなかった。

 そういえば、とヒナは思い出していた。この森に来た際、カナタは言っていたのだ。「エイクスニュルニルの角を貰いに来た」と。


「エイクスニュルニル、いいのか」


「ええ、私がいなくても統治は十分に可能です」


「わかった。じゃあよろしく頼むよ」


 少しばかり、不穏な会話を一時切り上げるかのように、エイクスニュルニルは立ち上がる。中心にあった大樹は多くの枝を犠牲に、カタチをぎりぎり保ち続けていた。その大樹にエイクスニュルニルが触れると微量の発光を見せた。


「この、街にいるモノに告げます」


「……」


 大樹を魔力媒介にして告げられた声をカナタは、まっすぐに見つめている。ヒナも困惑をしていたが、カナタの真剣な表情を見てからは、冷静さを取り戻していた。


「結論から話します。私は、少し休眠します」


 告げられた結論が住民に届いたのか、町の方からざわめきが聞こえてきた。


「ッそれは、どういう——」


 これまで、冷静を貫いてきていた白うさぎすらも、同様を口にしてしまっている。


「これは、決まっていたことです」


 しかし、その声はエイクスニュルニルには届いていない。

 ひたすらに、言わなくてはならないことだけを紡ぐ。


「あの厄災を討伐すること、それに伴う被害。最低限に抑えることは出来ましたが、あのモノは想定を超えてきました。この街を守護するのに必要不可欠な、この大樹も形を保つのがやっとの現状です。よって、私は自らの角を二本、大樹とカナタに差し出します。大樹は兎も角、英雄であってもよそ者のカナタに渡すのはなぜだと思われる方もいると思いますが、渡すこの流れまでがこの町の被害を最大限減らすすべなのです。理解してください」


 ここで、やっと理解できた。彼の体内で起きていた魔力循環の違和感。魔力の心臓のようなものが他生物より強大だと誤魔化されていたが、違う。角へと流れていく魔力が大きかったのだ。

 牡鹿には角を生え変わる時期があると聞く。魔物であっても基となっている動物の性質を持っている以上、エイクスニュルニルにも同様のことが言えるのだろう。嘘は言っていなかった。確かに、魔力の心臓のようなもの、角は大きかった。けれど、アレは心臓なんかではない。際限なく自身の魔力を吸い上げるデメリットしかない器官だ。


「もしかして、始めから」


 誰にも聞こえない声量でヒナは驚愕を示す。

 エイクスニュルニルは初めから厄災によってもたらされる被害がここまでと予想し、カナタが来ることを予見し、最善の未来を描くために、ここまで観測していたのだ。

 生物ならば、怖気づくであろう自己の排他。矛盾にも等しい行いを彼は容易く行えている。未来を視ているからこその思考の行きつきなのかどうかは、ヒナには分からない。


「ですが、それでは統治者がいません」


 周りの状況なんて気にしないかのように彼は言葉を続ける。


「ですので白うさぎを、私が休眠している間の統治者とします。白うさぎ。これからはヒ―デン・ヒルヴィと名乗るように」


「はい!このわたくし、ヒ―デンが必ずや統治をして見せます」


「…よろしくお願いしますね」


 そう言うと、エイクスニュルニルの角は発光を始めた。光る様は魔光石に似ていて、曖昧な色を見せている。みるみる内に角は重力に負け、地面へと落ちようとする。

 体内の大部分の魔力を司る角の欠損は身体機能を奪っていく。


「エイクスニュルニル様!」


 白うさぎ、ヒ―デンに続き多くの魔物はエイクスニュルニルへと近寄る。

 自らの足で立つこともできない魔物の王は象徴的だった角はもう無く、残るのはただの獣のようだった。


「まだです。カナタ、こちらでやらせて頂きますね」


「…ああ、頼むよ」


 最期の力を振り絞り、エイクスニュルニルは自らの角を錬成していく。魔術によって練られた純度の高い魔力物体。形を成させることは至難の業であったとしても彼の手つきに迷いはない。

 徐々に刀身ができてきて、その身が剣へとなっていく。


「…名は、変在剣カルンウェナン。どうぞこれを」


「ありがと、エイクスニュルニル」


 短いやり取りの後、彼の身体は地面に溶けていく。

 決して、誰も泣かなかった。ヒ―デンはもちろん、数多いる魔物たちも彼の王の安らぎを邪魔することをしないように、ひたすらな静寂が森を包んでいた。

お久しぶりのところあれですが、少しばかり宣伝を。


新作「エリンジウムの花束を」を書きました。こちらとは違って、全体の話も短く、既に最終話を投稿しています。もしよろしければ一読を。

最近はそちらの方に注力していたこともあって更新が遅くなってしまいました。申し訳ないです。因みに、「エリンジウムの花束を」は百合小説です。

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