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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
第2章 天頂に居座る彼女はその身を変えず
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第五十六話 妥協の果てにある信念

「————これは…?」

 浮遊感というか酩酊感を抱きながら、今の状況を把握し始める。

 町の中、厄災の来るまでは平和そのものだった魔物たちの集落。第三者視点とでも言うべきか、夢の中にいるような現状にいた。

「……何が」


 地面から5メートルほど離れた空中から町の営みをただ茫然と見ている。

 自ら動くことも、状況を打開することもできそうにない。

 どうしたらいいのか考えていると、視線の先にあった住宅の扉が勢いよく開いた。


「行ってくる!」

 猫の魔物。どこかで見覚えのある眼と柄。

「行ってらっしゃい」

 奥にいたのはヒナが集落で仲良くなっていた一人である、レーダーだった。

「じゃあ、あの子が息子のカストロさん?」

 見た目の年齢は自分と同じか一つ二つ下のようだった。けれど、レーダーから聞いていた様子とは違う。心を閉ざして何事にも無関心の様子を想像していたけど、どちらかと言えば活発という言葉が似合う。


 カストロが進むと、ヒナの身体も一緒になって着いて行く。なぜかは分からないがカストロの存在が此処では重要らしい。

(でも、なんで)

 疑問は尽きない。そもそも、ここに来るまで何をしていたかですらおぼろげだった。




 何もない平和そのものの一日が終わり、昨日を繰り返す二日目が終着を迎え、

 そして三日が過ぎた。


 ヒナは未だにカストロの背後霊のように過ごしている。

 朝から父の手伝いとして魔光石を取りに行き、お昼には仲間と一緒に食事をとる。夜の時間が来る前には仕事も終え、帰路へと着く。

 健全な日々だ。ヒナもハルジオンの一軒が無ければこんな生活をしていたのかな、と考えてしまうほどに恋焦がれていた光景だった。


 再び、朝が来る。

 此処には時間が無いのか、昨日の過ぎていく時間にも違和感があったし、夜の時間もあまり覚えていない。

 なぜこんなモノを見させられているのか、という疑問は取り除けなかった。

「行くわ」

 昨日と同様、カストロは家を出発する。

 道を覚えてしまったヒナは、またか、と諦めていた。

 確かに、健全で憧れていた日々だったかもしれない。けれど、自分の意思で動くことができない現状には不服でしかない。

(何か、変化は起きないかな)

 そう思われているのを分かっているのか、カストロは今までには見せない行動を始めた。

 魔光石が木々を覆っている場所へと向かう途中。カストロは昨日とは違う道を進み始めたのだ。


 ヒナの中に在る何かが、焦っているのを感じた。この先に何が待っているのかは分からない。


 だめ。


 そう言おうとしても、意味はない。

 冒険を楽しむかのように、非日常を謳歌するかのように、カストロは足を止めない。

 エイクスニュルニルが禁止をしている森の中だろうが、好奇心を抑えることは出来なかった。

 森には魔光石を踏みつける音だけが微かに響く。

 何処まで行っても光り輝く鉱石を付けている木々ばかり。

 ヒナの焦りはどんどん大きくなっていく。

 最早諦めていた身体の操作も全力で行う。

 しかし、その努力は虚しくも成果を生まない。


「…なんだ、あれ」

 気が付くと、カストロは足を止めていた。

 体を動かそうと頑張っていたからか、気づくのが遅れた。


「あぁ」

 ソレを見た時、すべてを察した。

『なんで、痛い、なんで、こんな目に、痛い、合わないといけないんだ』

 此処に来てから頭の中を木魂している懺悔の念は何なのか。

『あぁ、痛い、母さん、親父、痛い、ごめ———』

 今、視ているモノが、どうなるのか。


 カストロ(懺悔の主)がどうなっているのか。






「———!———ナ!———しっかりしろ!ヒナ!」

 朦朧としていた意識は、身体を揺らす感覚と慣れ親しんだ声によって回復する。

 混濁とした泥沼からの救出を図られたかのように落ちていた身体がゆっくりと上昇していく。そして、ある程度の五感を取り戻すころにはカナタの申し訳なさそうな表情までしっかりと見えた。

「…ごめん。あんな化け物の心髄を簡単に見せるべきじゃなかった」

「いえ、気にしないで、ください。収穫も、ありましたから」

「!」



 呼吸を落ち着かせながら、手に入った情報を共有する。

「————なるほど、確かにそれなら、奴の性質にも納得できる。……そうすると、ヒナしか討伐は出来ないと見るべきかな。

 しかも、その眼をフル稼働させながら、だ。相当難しいことは分かっているけど、できそう?」

 遠くの方で、魔術の炸裂音と獣のうめき声が聞こえる。

 マーリンとエイクスニュルニルが時間を稼いでいるようだった。


 ヒナは考える。

 もう一度、今度は継続的にアレを見るという事を想像する。

 想像するだけでも言い表せない吐き気が襲ってくる。ヒナはあれほどまでに、気味の悪い物は他にはないと断言できる。理解できないのではない、理解しようとしてはいけないモノだと本能も理性さえも、そう告げている。


 けれど———

「…やります」

 決意は決して固くない。

 言うなれば妥協の果てだ。

 それでも、見てしまったからにはやるしかない。


「…ハルジオンには手が届かなかった。けど、今なら此処には手が届く。手を伸ばさずとも、もうそこにあるんです。

 ……なら、今度こそ私の思う、善い事を成したい!」


 見てしまったのだ。

 体験してしまったのだ。

 共感してしまったのだ。


 日常を望まず、非日常への焦がれを。


 彼が非日常に出会ってしまったのは偶然か必然か、そんなのはどうでもよい。当の本人は自身の運命を恨んでいるのかもしれない。もしかしたら、後悔しているのかもしれない。

 けど、その中でも、分かっていることもある。



 彼は、最悪を望んでいたわけでは無い、という事が。


お久しぶりです。

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