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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
第2章 天頂に居座る彼女はその身を変えず
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第五十三話 ヴェールト流総合剣術

 一般的に、魔術師同士の戦闘は主に遠距離対遠距離になる。

 先手と後手に別れ、対応力の差によって勝敗が決まるのだ。

 が、それが一流の魔術師ともなると話は変わる。魔術とは技術の一つに過ぎず、勝敗を決する一つの要因に過ぎない。そのため、三流を卒業した魔術師は魔術とは別に他のアプローチを探すのだ。


 そのアプローチ方法は多岐にわたる。

 カナタと同様に剣を極めようとする者。

 あくまで魔術は遠距離の攻撃手段であるとして、弓を極めようとする者。

 結局、魔術がすべてを言うのだと自己暗示し、魔術のみを極める者。


 しかし、この中に正解はない。そもそも戦闘に置いての正答など存在しない。自分の癖や思考、感性によって答えは変わってくるのだ。結果的に人生の大半を使うことのなかった技術に充てる者は数多くいる。

 その点カナタは運が良かった。なんとなくで始めた剣の道は、彼女の性に合い、確かな実力を身につけることができていた。



「……始めましょうか」

 厄災に敬意はないが、敬語を使用するカナタの左手に握られた両刃の剣は白銀に光沢し、その身の堅牢さを如実に現していた。

 杖と剣、用途の異なる二つの武器を持ち、厄災の前に体を置く。

 剣先を厄災に向けつつ、魔杖に設定していた魔術の起動をする。

「《enhance》」

 体の動きが軽くなることを実感する。それでも、軽くなった体とは反対にカナタと厄災を覆う空気はひどく重苦しい物になっていた。


 何を合図にするかなんて考える必要もない。

 本能が身体を突き動かすことだってあるのだ。ならば、その本能に身を委ね切っても問題はない。

 厄災も、この重苦しい空気を感じているのか、不用意な動きを止めカナタを観察する。次の一手は何よりも重い物になるのだと、相対する者達は理解しているのだ。


 ゆっくりと、カナタは剣を持った腕を下におろし、自然体に近い装いを見せる。

 途端に、カナタの身体は霞み、厄災との距離を詰め切る。あと数歩で剣先が本体にまで届き得る距離にまで来ていた。

「         」

 意識していても、反応できなかった化け物は、声を上げるしかできない。絶叫とも、賛美とも歓喜とも取れる叫び声は、絶大な音圧を以て敵であるカナタへと浴びせられる。

 それでも、カナタは怯むことなくその一歩を踏み出す。力強く踏みしめられた足音は厄災に生まれて初めての冷や汗をかかせた。


 まるで豆腐を切るように軽やかに、剣を振るう。その姿は演舞を思わせるほどに美しかった。

 厄災も、触手を巧みに使いこなし、カナタの攻撃を防いでいる。一本一本の触手は簡単に切断することができても、剣は一本(有限)、対して触手は数多(無限)だった。その数多の触手たちは切断されたのちに、その原型を泥状に変え、ドロドロと地面に落ちていく。カナタの剣技の優秀さを示すように、地面は黒泥で染まっていた。


 左右や前方からだけでなく、後方を含めた四方八方にわたって触手がカナタを狙っている。身体機能を無理やり向上させているカナタは、後方から近づいてきている触手にも、一瞬でも視界に入りさえすれば対応はできている。

 そうは言っても、カナタと厄災では圧倒的にカナタの方が不利だった。圧倒的な物量の前ではどれだけ優秀な一でも攻め切ることは出来ない。


 数多くの触手を切断してきた。しかし、触手の宿主は自身の身体が削れていくことに反応を示さないだけでなく、身体機能の低下も見えてこない。この状況に、カナタは思った。本当にこの世界の生物ではないのか?と。マーリンから、世界には上下があることを聞いたことがある。ならば、此処よりも上のところから来た存在だと言われた方が納得する。


 無感動に、今の状況から考え得る可能性に思考を向ける。自分自身が出した仮説に一切の動揺を見せずにいるカナタに、一切の容赦なく触手は飛んでくる。先ほどの全方位攻撃よりも高密度の、普通の剣技だけでは防ぐことすらままならない攻撃にカナタはとある決意をした。

 その決意を胸に秘め、打開の方法を口にする。


「………ヴェールト流総合剣術《弧手毬》」

 カナタの身体がぼやけたかと思われたが、その時、全面から迫っていた触手がほぼ同時に原型が瓦解した。先ほどまでの切り口とは違い、まるで棘に覆われた物で傷つけられたような切り口だった。カナタの見せる美しい剣技は、触手の動きを数瞬止め、明らかな隙を創り出した。それを予測していたカナタは、隙を感じ取る前にはもうその一歩を踏み出している。


 歪な傷口への動揺は一瞬のことである。しかし、それ以上の時間、化け物は自分自身が切り付けられたことに気づかない。触手によって強固に守られていた化け物の本体は、ついにその体に傷を付ける。

「ヴェールト流総合剣術《音切草》」

 すれ違いの瞬間に、化け物の身体に上段からの一閃を加えた。しかし、切った感覚は無かった。


 液体のような、若干の粘性を帯びただけの物質のような、何処かおかしい感覚だった。

 油断はしていない。剣技一つで片付けることなんてできるはずないとは、重々承知の上だった。それでも、初めて見せた相手の隙に、心の中で達成感が満ちていたのかもしれない。


 カナタは後ろから来ている攻撃に気が付くのが遅れてしまった。

とても個人的なことですが、私生活が忙しくなった事と、1話~12話あたりまでの加筆修正をしていたら更新が遅くなりました。申し訳ないです。

加筆修正の内容はまとめて投稿するつもりなので、今しばらくお待ち下さい。(おそらく6月ごろ?)

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