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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
第2章 天頂に居座る彼女はその身を変えず
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第五十話 好奇心は猫を殺す

 猫の魔物であるカストロは日常が嫌いだった。


 此処、ブラオル・ミュルクヴィズは滅多に外敵が来ない。来たとしても、エイクスニュルニルが追い払ってしまうのだ。町の魔物たちはそれを喜ばしいことだと考えているが、カストロには苦痛でしかない。

 朝起きていつも通りの朝ごはん。食べ終わったらこれまたいつも通り魔光石の採掘をする。

 魔光石は人には害になるが、魔物にとってはとても良い栄養源になったりもする。しかし、ただ魔光石を体内に摂取すればよいわけでは無い。魔光石を覆っている魔殻は魔物にも毒だ。エイクスニュルニルがここを統治するようになってから、魔光石は栄養源になることが認知されるようになった。それもあって、此処には悪性の魔物がいない。仮に生まれても本能的にエイクスニュルニルに従う。

「おい!そろそろ休憩するべ!」

 カストロの親父が叫んでいる。

「おう!」

 聞こえるように返答し、作業を止める。手に握られた魔殻で出来たピッケルのような物は無造作に地面に置き、いつもの場所へと移動する。

 何の変哲もない日々だ。

 だが、それが還ってこの生活に嫌悪感を抱かせる。

(何が楽しくて一日一日同じ行動しないといけないんだ。…ハァ。何か事件でも起きねぇかなぁ)

 同じ行動しかしない自分らを現しているかのように、空に浮かぶ雲はその姿を見せていた。


「おはよう」

 埋まらない未知への欲求は日に日に大きくなる。


「おはよう」

 自分には何か起きてもどうにかできるだけの力があると、信じて疑わない。


「おはよう」

 それでも、事件は簡単には起きない。


「おはよう」

 大きくなったその欲求は、小さな事件では解消されないようになってしまった。


 ある日、エイクスニュルニル様に客が来たと町の至る所で話題になっていた。

 期待した。

 自分の退屈を、この欲求を解消してくれる者が来たのだと。

 ……期待した自分を殴りたかった。


 まともだった。少なくとも、自分が求めているほどのネジが外れた者じゃなかった。キョロキョロトあたりを見渡していた奴も、自分には眼中が無いようだった。

 自分には力がある。それなのにそんな自分に目もくれないなんて、それはもう奴らの実力はそれまでであることの証明だ。

 確かに、猫の存在はどこにでもいたりする。けれどそんな愛玩動物如きと比べられても困る。自分はそんなものではない。自分はもっとすごい魔物で、それを皆が知らないだけだ。


 それからというものの、特に何も無かった。

 いつも通りの日常に、発狂を強引に抑え込んで過ごす毎日。

 もういっそ、この森から出ていこうかとも思った。けれど、結局面倒だと、足は動かない。

(俺が悪いわけじゃない。世界が、この森がつまらないのが問題なんだ)

 徐々に、カストロの精神は虚無になっていく。


 カナタたちがこの町に来てから数日がたった。

 カストロは久しぶりに‟楽しみ‟という感情を抱けていた。

 噂は回る。

 『近々、この森に厄災が生まれる』と。

 やっと、やっと自分の力を見せることができると、カストロは息巻いていた。夜になるとすぐに寝ることはせずに、意味もなく自分の部屋の窓から外を見る。窓ガラスに映る自分の横顔はニヤニヤと笑っていた。

(明日の早朝だ)

 勘だった。

 それでも疑うことはしない。

 まるで、明日が楽しみな子供のように興奮して寝付けない体を半ば強引に休ませ、明日に備えた。


 早朝。

 日も登っておらず、まだ薄暗闇が支配している時間帯だった。魔光石の採掘に使っていたピッケルのようなものを手に持ち、親にバレないように家を出る。

 シンとしていた。

 冷たい静寂は肌から体温を奪い、小さく体を震わせてくる。非日常感にドキドキを抑えられずに声を上げそうになる。それが日常への強制連行であることは分かっている。どうにか声を抑え、魔光石の光が邪魔にならないようにシートが被されている森へと足を進める。

 いつもの採掘場を抜け、大人の魔物ですら立ち入らないほど外側にたどり着く。


 カナタが仕掛けた、魔術には気づかない。


 どれほど歩いたのかわからない。

 立ち入り禁止区内に入ってからは数分と立っていないはずだ。カストロは絶壁をたどって立ち入り禁止区域の奥へと進む。

 魔光石化している枝をかき分け、魔光石化した草花を踏み、進む。


「   」

 声が響いた。

 朝を告げる音ではない。

 化け物の雄叫びのような声に、カストロは足を竦ませる。今までの歩幅の半分にも満たない歩幅で足を進める。

「ーーーーー」


 一瞬だった。

 思考も、発声も、反射すら否定された。

 カストロの腕を優に超える太さの触手は、カストロの胸を易々と貫いている。

(ああ。俺は一体何を夢見ていたんだろうか。実力が無いのは彼女たちじゃない。…俺か。あーあ、短い命だったなマジで。)

 触手に持ち上げられた体は空中に留まらさせ、複数の触手にまとわりつかれる。

 徐々に力がかかる。ゆっくり、ゆっくりと。

 メキッ、メキッ。

 そんな音は彼の耳には届かない。もうすでに、彼は音のない世界へと旅だってしまっているのだ。最早彼に聞こえるのは、自分の思考の声のみだ。

 腕の骨で、肋骨にひびが入る。

 音は聞こえずとも、痛みはある。回避不可能の触手から急所を外させたカストロ自身の腕が、還って自身を痛めつける。

(…………い、いやだ、しにたくねぇぇ)

 そんな思考を読み取れても共感できない化け物は、力を強めていく。彼の腕は軟体動物のように骨が無くなっていた。幸いなのは、それを彼は認知していないことだ。ただ痛みだけが彼を襲う。

(なんで、こんなことになったんだよ。なんでなんで、どうしよう、どうしよ、どうしよ)

 内臓は残り半分ほどになる。

 なぜ、自分は死ねないのか、そんな疑問を抱くことは無い。痛みは、その思考を上回る。

(どうしよ、あ、あ、あ、、あああああああああああああああああああ!)

 口から、鼻から、目から、ありとあらゆる穴から血が、体液が、排泄物が流れ出る。

 意識はない。

 けれど、命はある。自分がつぶれて、原型を留めていないことが直感的に理解できてしまう。

 意識が覚醒する。

 痛みによって覚醒することと、その痛みによって気絶する。その繰り返しだ。

(案dふぃあうあがrごあrgはろぎはヴぃうあれふぁあrぐいあrhぎうあrあrぃぐあ)

「         」

 発狂していた肉片を、化け物は笑っていた。


 突然、その笑いは矛を収め、静寂があたりを包む。

 化け物はまるで、おもちゃに飽きたかのように触手を戻し始め、初めのカストロを貫いていた触手だけが残った。


 自分の実力を視ることができなかった若者は、黒い、暗い触手の塊に圧殺されその体を皮と骨だけの物体に成り下げられる。

 黒い体躯に似つかない、真っ白で一切使われたことのない歯を浮かべ、化け物は猫の魔物だった残骸を食した。


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