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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
第2章 天頂に居座る彼女はその身を変えず
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第四十五話 蒼き環礁樹海

「それじゃ、行きますか」

 曇り空と欝蒼とした森ということもあって、朝の実感が薄い。そもそも、世界単位で朝の基準がない。

 飼育している鳥が朝を告げたらなのか、空が明るくなってきたらなのか、はたまた、自分が朝と思った時間が朝なのか。ヒナは眼をこすりながら変なことに思考を使っている。


 本格的に意識がはっきりしたのは天頂に太陽が昇ったときだったかもしれない。

 最近は、カナタに睡眠時間を増やせと言われて、増やしているものの、一向に眠気が収まらない。正確には、先日の疲れが残っているような感じだ。

 そうは言っても、この旅の休憩は極力少ない方がいい。

 当たり前だが、虚王は呑気に打たれるのを待っているわけでは無い。それこそ、いつカナタ一向を逆探知して壊滅させてくるか分からない。

 カナタも焦っているのか、いつもより足が速い気がした。


 まるで山を登っているようだった。

「ハァ、ハァ、ハー」

 訓練してきたから体力には自信がついてきたが、その自信も打ちひしがれている。三人のうち目に見えて疲れているのは、ヒナのみ。カナタもマーリンもケロッとした表情で欝蒼とした樹海を進んでいく。

 どれくらい時間がたっただろう。平時であっても時間感覚は狂い気味だが、樹海に入ってからそれの比にならないほど時間への理解が乏しくなっている。

「お。見えてきた」

 樹海の中にある、崖まで歩を進めると崖の下を見ていたカナタが反応を示した。

 ヒナも釣られて崖の下を見る。

「…何、これ」

 驚愕した。

 そもそも、樹海の中に崖が存在すること自体が異形であるのにも関わらず、その崖の下には魔光石が木々を埋め尽くしていた。

 眼のピントを合わせる。

 今までも、木々には魔力が帯びていた。しかし、それは木一本ではカテゴリーⅠの魔術ですら完成しないほどの僅かな量だった。

 だが、崖下に広がる木々には、カテゴリーⅡの魔術を使っても余りあるほどの魔力を帯びていた。


「意味が分かりません。なんですか此処は?」

 ここにきて、実に初歩的な質問を投げる。はじめはその大きさに、進むとその異質さに、問いを投げかけるしかなかった。

 自分の息を整え切った後まで、質問をしなかったのは賢明だったと自己評価した。なんせ―

「ここは樹海だ。それ以上でもそれ以下でもない。それよりもここがなぜできたかわかるか?」

 逆に問題を提示してくることになるのだから。


 息切れしたまま、この問題に直面していたら、きっと頭がパンクしていただろう。そう思ってしまうほどに悪質だった。

 ヒナが魔術の知識を勉強するようになってから、一年と少しだ。

 確かに、魔光石の基本的知識はある。


 龍脈の太いところに発生する自然現象。岩石の内部構造に、魔力が結合して発生する。龍脈の太さと、その龍脈に置かれた年月が大きさのものを言うらしい。

 しかし、今回は少しズレている。魔光石を形付けているのが岩石のような鉱物ではなく、樹木であり生物だ。事例としては()()ことを知っているが、それでもここまでの範囲を魔光石が埋め尽くすことは感覚的に否定したい。もしそのことが可能なら、魔光石はこの世界を埋め尽くしていてもおかしくはない。少なくとも、どこかで見られる既知の事象になっているはずだ。


「…わかりません」

 これまでの魔術知識を活用しても、求められた回答へは行けなかった。

 『なぜ』という問いへの回答は他の問答に比べて格段に難しくなる。ただ知っているだけでは答えを導けないからだ。知って理解して初めて『why?』への解が出る。現状はまさにその通りだった。ヒナは魔光石という事象を知っているが、理解はできていない。発生要因が複数あることなんて知る由もないのだ。

「まぁ、これは仕方がないね」

 カナタは崖に背を向け、ヒナに話し出す。バッと手を広げて、まるでここに在るモノが何か重要なモノであることを示すようにして口を開きだした。

「ここは巨大樹海の最奥、‟ブラオル・ミュルクヴィズ”。非魔術師には到達することのできない聖域だ」


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