第四十二話 陽光なくとも花々は咲き誇る (前編)
翌日。
旅立ちにはぴったりの曇天だ。
顔を上げ、そんなことを考えながら伸びをするカナタは、残り僅かとなった準備を再開する。保存食から野宿のための宿泊道具。今から出ると言われても問題ないぐらいには準備ができている。
「あっちはどうかな?」
マーリンの家の反対側にいる二人を思い浮かべつつ最後のチェックをし始めた。
膝をついて石を並べていく。
規則的に並べていくなんの変哲もない石ころは、徐々にその全貌がお墓のようになっていく。すべての町民をお墓にできるとは思っていないけれどできる限りのお墓は欲しい。
マーリンの家の周りにあった形の良い石を拾ってきてはそのような行動する。
「……」
マーリンは無言でヒナを見続ける。その行動が根本的には理解できないが、それでも止めることはできない。それぐらいのやさしさはある。
他にはもう良さげな石が無かったのか、並べ終えた石に手を合わせて目を閉じる。
「……なんか周りがさみしいと感じます。…マーリンさん何かいいモノってありませんですか?」
図々しいのは承知の上で一応聞いてみる。心のどこかにマーリンなら解決してくれそうだという謎の信頼があったのだろう。
「…じゃあ」
そう言って魔術を起動する。簡易的な物体転移の魔術を使い、家の中にあったであろう何かの種子を手に並べた。
「これは?」
「早熟草エーテルワイズ」
その名前はヒナも知っていた。エーテルワイズ。それは死者との別れは惜しいが、それでも前を向いて生きていくという決意を込められた花。花言葉は『大切な思い出』。
今のヒナの心境をうまく表していて、思わずにこやかに笑みを浮かべる。
「確かに、今の私にピッタリですね」
マーリンから種子を受け取り、お墓の周りに植えていく。
丁寧に植えきった後、手に着いた砂を落とす。
「エーテルワイズって、どれくらいで開花しましたっけ?」
膝を突きつつ首をひねり、マーリンの方へと顔を向けた。
「…七日、けど魔術を使えば別。…………Magic square vat envision /n Alast upp vat planta / r Hvis det blir det Allowable /e」
魔力がマーリンの魔杖を流れる。
「《Til að flýta fyrir》」
魔術にある程度の精通を見せるヒナですら、なんて言っているのかわからない魔術を使っていた。軽い疑問はあるけれど、それ以上に魔術の結果に目を奪われていた。
きれいな白い花が咲いていた。
乾燥に強い種であるエーテルワイズは、白い花弁を精一杯広げて自己の存在をこれでもかと主張する。
「———わあ。ありがとうございます。きっと母も喜んでいると思います。……こんなに綺麗なら私が近くにいなくても寂しくないかな」
涙は流さなかった。
「お、終わった?こっちも準備完了したよ」
家の入口の方に行くとカナタが魔導書を読みながら待っていた。
「はい。もう充分です。いつでも行けます!」
ヒナの準備はすでに完了しており、カナタの準備を待つ形だったのだ。
「あ。ごめん。その前にヒナに渡しておくものがある」
「私に、ですか?」
カナタは頷く。
「そう、多分ヒナ宛なはず」
「??」
ヒナは首をかしげる。
そんなヒナに答えを見せるようにカナタは木箱をヒナの前に出した。魔力に包まれた少し長めの木箱はどこかマーリンの魔力に近しい何かを感じた。
「これは、マーリンさんの魔術ですか?」
「ヒナなら開けられる」
肯定と受け取れるような回答に再度首をかしげたが、ヒナが手をかざすとその魔力は霧散し、ただの木箱に成った。
箱のふたは軽かった。片手でも開けられそうなほどの軽さで、中身を見るとそこには細身の剣が収納されていた。
「剣?」
隣で見ていたカナタはその中身を見ても何が何だかわからなかった。
「え……うそ」
けれど、ヒナにはそれが何だかすぐさま理解した。




