第四話 彼方で流離う、ユウ情に(前編)
2024.07.01 追記
加筆修正しました。
~新王朝 太陽暦八年 六月十五日~
王都クレマチス。
レイキャビック城を掲げられた、大陸一繁栄している都市だ。街の繁栄と城の建設は並行して行われなかったのもあり、少々変な場所に在るお城だが、それについて誰一人として文句は言わない。その大きな城は、白を基調とされた岩石で組まれた城壁と、それに囲まれた赤茶色の城肌は鮮やかにコントラストを示していた。
その城の執務室では今日も今日とて、業務に追われている少女とそれの補佐をする男の二人がいた。少女の外見は偶像的で、人であることを疑いたくなるような容姿をしている。長い髪の毛は無色透明で、後ろの景色すら覗くことが出来そうなほどだ。それに反して、彼女の眼には力強い色を宿し、真っ赤に染まった虹彩は見た者を固まらせ見惚れさせるモノだ。人外を思わせる容姿に、人々は畏怖と尊敬の念を同時に抱いている。王であることの才は他にはいないだろう。
しかし、その少女に付き従う男は、『普通』という言葉を体現したような見た目をしていた。元来の白髪ではなく、老化によって引き起こされた脱色で、所々黒い髪の毛が点在している。初老の見た目と、一七〇を超えるその体躯、そしてその身を包む燕尾服を以て執事としての姿を完成させていた。
「……こちらの書類にも印をお願い致します」
執事は主に付き従う者ではあるが、この二人にはその常識は通用しない。
王は執事に仕事の手伝いを簡単に頼み、執事も執事で王に言われる前に、仕事の半分を手伝いだす。そうは言っても、執事のできる仕事には限度がある。その限度を超えた仕事は王へと流れ、王もそれを許容する。
もし、他に国があり、その国がまともな主従関係を築いていたのなら突っ込まずにはいられないだろう。
「…やりたくない」
威厳を保つべき存在である少女は、仕事の山に対して放棄を宣言した。
「そうおっしゃらないでください。これでも減った方でございます」
「……」
太陽は上昇をやめ、そろそろ下降を始めようかとしているところだ。しかし、少女は朝からこの部屋と寝室しか移動をしていない。そう考えると、嫌気がさすのも納得がいくというものだ。執事も理解したのか、残り数枚の束を処理した後少女の眼前に控える雪山を切り崩してくれる。大変ありがたいことだが、少女からしてみれば焼石に水だった。
刻々と時間は過ぎていく。書類という書類は目に見えて減ってはいる。しかし、絶対的な量としてはうんざりさせてくる量だった。
太陽も下降を本格的に始め、空は徐々に青から赤へと変わっていくのが理解できる。
「こちら、追加の書類でございます。ご確認のほどよろしくお願いします」
疲労を一切見せることなく、黙々と作業していた執事はまとめて、書類を追加してくる。これが、王である彼女でしか対処できない書類であることは重々承知だが、認めることはどうしてもできない。
「多くない…?」
つい、文句のような言葉を発してしまう。最早、反射のように上げられた声は紙のこすれる音が支配していた執務室に大きく響く。
「そうでもありません。これでも半分ほど減っております」
そう言いながら、後ろにある書類の山々を見せてくる。今目の前に置かれている書類の束と同じぐらいの高さを誇る書類たちは、絶妙なバランスを以てその存在感を高めている。一体どういった区分で分けられた結果なのか気になっていると、
「こちらの書類には主様のサインが必要になる書類ばかりです」
察してくれたのか、先回りして回答してくれた。
「……仕方がない」
完全には納得できてはないが、あきらめの感情を抱きつつ書類の束を受け取る。
八年前、この王国を新しくするときに処理した書類たちよりは幾何かマシだと自身に言い聞かせ、仕事を再開する。
やがて、仕事用の机の上には、何も置かれていたに場所が増えていき、業務の終焉が見えてくる。また、下降に下降を重ねた太陽も、純白の城壁に陽光を反射させ、鮮やかに今日の終わりを告げていた。
「今日はこれぐらいにしましょう」
さすがにこれ以上の時間、業務をしてしまうと明日の業務に支障をきたしかねない。
「かしこまりませた。……紅茶でもお飲みになりますか?」
「お願い」
執事は、再び「かしこまりました」と返答し、業務室を後にする。
少女の後ろにある大きな窓の向こうには、明かりの灯った街並みが見える。いつもなら静かになっている時間でも、今日はそんなことない。一定の賑わいを見せる王都に頬も緩む。
王になったのは失敗だったかもしれない。そう思っても、この風景を見てしまうと、それは間違いだと感じさせられる。失敗だったかもしれないが、大きな意味はあった。なら、間違いではないと思う。
しかし、そのようなことをいくら考えようが、二日後には王位が変わる。
大抵物事を理解するのは、終わりが見えてからだ。今回の『王様の意味』という物事も、そうだったのだろう。
そのような思考を巡らせている間にも、時間は進む。無言だからか、室内には秒針の音が異常に響いている気がする。建国祭は刻一刻と近づいてきていることが実感させられる事への焦りはないが、あの子にあの事を話さないといけないほうが憚られる。
どうしたものかと考えていると、太陽は今日の仕事を終えたらしい。細い陽光を発している線の、太さをゼロになる。太陽は最後の力を振り絞って、一瞬、緑色の陽光が増した。
「やっぱりこっちの紅茶はおいしいね」