第三十八話 彼女の眼がしめすものは
明けましておめでとうございます。
間隔は大きいとは思いますが、今年も細々と投稿させていただきます。
ハルジオン崩壊から早くも、一週間が経過した。
ハルジオン跡地の中から使えるものは無いかと探しては見たものの、火力に負けて原型を留めていないものばかりだった。幸い、地下室が存在する家ならばある程度の武器や道具は手に入った。
「ただいま」
返事がないことがわかっていても挨拶はする。見繕ってきた両刃剣を片手に持ちながら、ドアを思いきり開けた。建付けが悪いのか、わたしがこの家に嫌われているのか。と、ドアに心の中で文句を言いながらリビングに荷物を置きながら隣の部屋に足を進める。
「入ってもいいかい?」
カナタはコンコンコンっとリズムよくノックを鳴らす。すると、中から「どうぞ―」と優しい声が聞こえた。
部屋に入ると、ベッドの上で上半身を起こして読んでいたであろう本を、横の小テーブルに置いているところだった。部屋の奥に見える本の先からは小さくしおりがはみ出されている。読書の途中なら悪いことをしたかなと思いつつも、こればかりは仕方がないかとベッドの近くにあった椅子に腰を掛ける。背もたれのない椅子は軽い悲鳴を上げるようにギギッと音を立てた。
「はい。それで?どうですか体調のほどは」
いつものセリフを合図に、ここ最近毎日している問診が始まった。これには身体的な理由もあるけれど、主に心理的健康の理由でもあった。
「うーん。だいぶ良くはなったんですけど、なんか目の疲れだけ取れないんですよね」
片手を頬に当てながら、ヒナは軽く笑って見せた。
「相変わらずか。でもこればかりは魔眼関係だからなぁ」
ハルジオンの崩壊でヒナは深く絶望し、自分の無力さを呪った。魔眼があるにもかかわらず何をするにも後手に回り、感知することも予知することもできなかった自分の眼に失望した。 それに呼応したのかどうかはわからないが、ヒナは無意識のうちに魔眼の酷使し、体内の魔力が欠乏していしまったのだ。
「魔眼の動力も魔力だから、時間によって魔力が回復すればよくなると思ったんだけど。そう簡単でもない、か」
カナタは軽く頭を悩ませていた。
だが、どれほど頭を悩ませようともヒナとカナタではそもそも体の構造が違う。体の構造が違うのであれば、自分に置き換えて考えることもできない。エルフは魔力との親和性が非常に高い。それこそ、人を含めない他種族の中でもトップレベルだ。だからこそカナタに言わせてみれば、ヒナの体調不良は理解できなかった。
このことをマーリンにも相談したが結論として、人間だから。という結論しか出なかった。
考えているカナタを見て咄嗟に何か言った方がいいかと思いヒナは自分の身体を今一度軽く動かしてみた。
「目以外だと、特に変化はないですね」
「…そっか。わかった。じゃあ今日の問診はこれで終わりにしよう」
手をパンと叩き、話の区切りを作ったカナタはこれまたいつも通り雑談へと話がシフトする。
魔導書でわからないところや、魔術の可能性。他にいい話題は思いつかないのか、二人とも魔術の話題しか出さない。
数刻もすると、魔術の話題もなくなってくる。それを皮切りにカナタは、寝室を出ようと動き始める。座っていた椅子を部屋の端の方へと追いやり、ヒナに『それじゃあ』と一声かけてから退出する。
「……バレバレだよ」
いくら魔術の話を楽しそうにしても、わかってしまう。これでも一年間彼女と一緒に過ごしたのだ。嘘をつくときの仕草なんてものは当然のように認知している。
自分はもう何もできないと言っているようにしか見えないヒナをカナタは責めることも諭すこともできない現状にため息をつく。リビングの奥にある窓の向こうは相も変わらず曇天で、カナタの心象を表しているみたいだった。
ふとリビングを見ると、マーリンもリビングに戻っていたのか、紅茶セットを机に広げていた。空気を読めないマーリンに今この時だけは少し感謝している。
「どう?」
「どうも何もないよ。マーリンのことだからわかっているんでしょ」
この二人にとって会話をするということはそこまで重要ではない。お互いに何を考えているのか、理解するつもりもないのだ。
マーリンに無言で紅茶を勧められたカナタは、しぶしぶ暑すぎる紅茶を飲み始める。暑すぎてちびちびとしか飲めないが、この際それでもよかった。
時計の針の音がリビングに響く。
「で、どうするんだ」
しびれを切らしたカナタは、紅茶を飲み干すのを待たずにマーリンに話しかける。紅茶を飲むのを邪魔したことに思うところがあったのか、マーリンは少しの間を開けてから口を開いた。
「…ヒナしだい。……彼女の能力は必要不可欠」
わかっている。
自分たちの成そうとしていることにはヒナの、あの眼の協力が必要不可欠だ。けれど、どこまで行こうともその不安感は付きまとう。
「けど、あんな精神状態でまともに戦えるのか?…少なくとも自衛ができないと犬死になるよ。そう、せめてハルジオンの一件以前の腕前を見せてもらわないと」
その不安感に甘んじてしまおうかと、時間を稼ぐことぐらいはしたい。けれどそれがマーリンにとっては無意味にすぎないことカナタにもわかっていた。
そのことを証明するかのようにカナタからの問いにはうんともすんとも言うことはせず、ただじっとカナタの眼を見ていた。そんなことはあなたが一番理解しているでしょと言わんばかりに。
目を見られるのは嫌いだ。特にマーリンには見られたくない。彼女に見られると過去に何かあったわけでは無いが、なぜだか後ろめたい気持ちに苛まれる。
マーリンの無言の圧力を回避するかのように現実逃避を始める。それでもマーリンはカナタの目を見ることをやめない。
「————参った。わかったよ」
結局、圧力に負けたカナタは降参するかのように両手を軽く上げる。
「…一つだけ」
カナタを見ていた眼を伏せ、紅茶を口に運びながらにカナタの動きを停止させた。
「ん?」
「彼女、空を見たことないわよ」
「……さすがにそれぐらいはわかるよ」
さっきまでとは打って変わって目を見ることなく話しているマーリンに呆れながら残りわずかとなった紅茶を胃の中へと入れていく。
「さぁ…。それじゃあ、少し話してみるわ」
椅子の音を立てながら、その場を後にするカナタ。マーリンにとって娘同然の二人の会話は簡単にいくとは思っていないのか、ダイニングをテラス暖かい光は気難しそうにするマーリンの顔を優しく照らしていた。




