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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
第1章 陽光なくとも花々は咲き誇る
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第三十三話 勇士に成するは礎を(後編)

 ヒナの成長がとても速い。

 カナタの教えた魔術の基本知識、剣技の型、戦いの駆け引き等々、とても一年では習得することができるはずがない量の教えをヒナは会得している。

 けれど、あくまでそれは人間の範疇であり、これから戦うであろう虚王とその側近たちはこれの比ではない。それをヒナも何と無く分かっているのか、一年も続く修行に文句を言わないでいる。


「それじゃあ、魔術の打ち込みを始めようか」

 午後になると、いつも通り魔術の実践方式の鍛錬が始まる。内容はとても簡単で、遠くにある的に向かって魔術を叩き込む、ただこれだけだ。そして魔力変換が出来なくなるまで続けていく。

 魔力の変換量には人によって差が生じる。変換するのに体力を食って、最後には変換をすることもできずに膝をつく。

 カナタやマーリンは魔力に変換する必要が無いが、あえて変換するにしてもヒナの数十倍の量が変換できる。その魔素を魔力に変換する量を増やそうとするにはその変換の限界まで魔力を変換することだ。そうすることで、より多くの魔素を変換しようと体が成長していく。


「……Magic square vat envision /n Undine vat element /f Former vannsprut spyd/r Hvis det blir det Allowable /e……《is spyd》」

 監督するカナタの隣で黙々と魔術を編み、そのまま氷塊を放つ。まっすぐ進むが、途中から()()が激しくなり、的には掠ることしかできなかった。

 惜しいなと感じていると、隣から魔杖が地面に落ちる音が聞こえた。

「すみません。もう無理です…」

「ふむ。今日は、連続使用でカテゴリーⅡの魔術を25回か。昨日から変化はなし、けど魔術の操作は昨日よりもうまくいっているね。まぁ、しっかり上達しているね」

 鍛錬開始時は、連続でも3回が限度だったのを考えると、とてつもない成長だ。だが、最近は目に見えた成長が無く、ヒナ本人も少し不安になっている節がある気がする。


「焦らないでもいいからね。これに関しては根気がモノを言うから」

「……はい」

 この後はどうするのか聞くと、「休憩してから、剣技の方の復習をしています」というので、先に戻らせてもらうことにした。

 相変わらず備え付けの悪く、軽い力では開くことのない扉をギギッと音を立てながら入る。家の奥の方からはかすかなハーブの香りと、獣の匂いがした。どうやら今夜は獣肉のハーブ焼きらしい。

 自分はエルフだが、獣肉は好きな部類だ。故郷では嫌いな奴が大半を占めていたためか、基本的に肉は出てこない。

(初めて見た時はびっくりしたなぁ)

 昔を懐かしみながら、マーリンが集積していた魔術書を勝手に見る。



 魔導書を一冊見終わるころには、日が傾いているのか、外の暗さが深まり始めていた。

 ふと耳を傾けてみると家の外から剣を振る音が聞こえてくる。マーリン曰く、ヒナはわたしに会う半年前までは剣を握ったことすらない素人だったらしい。もともと剣の才能があったのか、それとも魔眼が影響しているのか、新しく読む魔導書を選びながらそんなことを考えていた。


 緩やかに時間が過ぎ、そろそろ夕餉の時間になる。

 剣の振りぬく音をBGMにして魔導書を読んでいたカナタを、剣を力強く握りしめ振るヒナを、オーブンの肉を注視していたマーリンを大きな揺れが襲った。

近々、最新話を投稿すると思います。

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