閑話Ⅰ その心に抱くモノは
いつものように、日暮れになる前に遊びを切り上げ、自分の家へと戻る。周りの大人たちは、いつもと変わらぬ視線をぶつけてくるが、それには気づかないふりをして道中を切り抜ける。遊びで使っていた木の枝を片手に持ち、鼻歌を歌い、あたかも悪意ある視線には気づいていませんよと言わんばかりの行動をする。
ぶっちゃけ、慣れてしまった。
なれるなんてことがあるはずないことに慣れている自分に、少しだけ優越感を抱く。自分は子供ではない、大人へと片足を突っ込んでいるんだぞ、と思っているのだ。
歩いていくと、愛しの我が家が見えてくる。
里のモノは一切近づくことはしないが、それにも無視をする。
「ただいま!」
里のモノに弱ったところを見せないように、誰一人として話しかけない現状に違和感を抱いていないかのように、無垢で純真なモノであることを証明するように、無駄に大きな声を出す。
帰宅を合図する、呼び声は廊下を乱反射しながら家の奥へと響きわたる。
その声が聞こえたのか、それとも気配で察知していたのか、家の奥から物静かな足音が聞こえてくる。
「お帰り、●●」
腰にまで届くウェーブがかったホワイトゴールドアッシュの髪の毛を揺らしながら、穏やかな雰囲気の女性が出迎えてくれる。
女性の顔を見た子供は、目を輝かせながらテトテトと音を立てながら走り出す。勢いそのまま、子供の背丈に合わせて腰をかがめてくれた女性の胸に飛び込む。暖かいお日様のにおいのする女性の胸に顔をうずめ、今日の出来事を話す。
いつものお姉ちゃんと遊んだこと。魔術について教えてもらったこと。里の外のこと。一つ一つのことに反応を示してくれる女性に、どんどん気分が良くなる。
あとね、あとね——
「それでね——。」
まだ話したりなくて、もっと女性に話を聞いてほしくて、もっと頭をなでてほしくて——瞬きをしたときには、お日様のにおいなんてなかったかのように異臭が漂った。目の前にいたはずの女性は消え、どこに行ったのだろうと首を動かす。
鉄のにおいがする。
この異臭は足元からきていると感じ、自分の足元を見ると、真っ赤になってしまった宝物があった。立つことを維持することもできずに膝をつく。女性の死体を直視するのを避けるために顔を上げる。遊んでいた時はきれいだった空は、自分の心情を現したかのように荒れていた。
周りには、悪魔がいた。
「7Zq!7Zqc@!」
「bezkpew@h4gt@jr@hu.yq@>nwn\9<bkjZtua!wec@hw@gquode」
何を言っているのか、理解もしたくなかった。けれど、見てしまうと何をしているのかはわかる。
笑っているのだ。
子供の背丈を大きくしたかのようなその醜悪な悪魔は、女性を見ながら笑っている。
自分たちが英雄であるかのように誇らしげに高笑うそれは、悪魔以外に形容できない
手のひらは濡れていた。
それが真っ赤なのか、透明なのか、はたまた群青色なのかはわからない。
でも、それを見てしまうと、抜け出せない穴へと落ちて行ってしまった感覚に陥らされるのだ。
眼が覚める。
「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅ」
乱れていた息を正す。
重苦しく乗っていた布団を上半身だけでもはがす。暦の上では冬も終わり春を迎えようとしているが、夜はまだ冷える。昨日の夜もそうだった。
見ていた夢を忘れるように、いつもの生活を意識する。ベッドのすぐ横にある窓のカーテンを開け、外を見る。木々が欝蒼とした森しか見えないが、それでもいい。
見ていた夢がフラッシュバックして咄嗟に身をかがめる。
いまだに慣れることない幼いころのトラウマに体を震わせる。夢の中ではどんなに悠然としていも現実はこの程度だ。
震えが静けさに収まり時を見つけたのか、いつの間にか震えは止まっていた。
ふと、自分の身体が汗まみれであることに気づく。寝汗でも掻いてしまったかなと自分を納得させて、顔を上げる。
本来、朝日が入る角度だが、外界の空には厚い雲が定住していた。




