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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
序章
3/61

第三話 彼方に届かぬ、アイ情を(後編)

2024.07.01 追記

加筆修正しました。

「…え、本当にどこか出かけるんですか?」


 朝食の後、食器の片づけをしている最中に、彼女は驚きの声を上げた。どうやら冗談だと思っていたらしい。


「まだ確証はないけどね。私の思っている通りならあの人に会えば理論が完成するはずなんだよ」


「その思考は何処(いずこ)からで?」


「初期の頃に、唯一うまくいきそうだった理論があったんだよ。それをさっき見つけたんだけど、どう

も結論部に違和感があってね。さっきまでそのこと考えていたのだけど、もしかしたらって理論を思いついてね。

 それを解決するのに適任な人に会いに行こうと思うわけ」


「はぁ、なるほどぉ」


 魔術理論の構築は、彼女の苦手分野だ。今の会話も、話半分で聞いていたのだろう。しかし、その代わりと言っては何だが、彼女は魔術形成の速度は目を見張るものがある。実験には大いに役に立つその才を存分に発揮している。

 食器についた水滴を軽く払う。最後に洗ったマグカップを布の上に置き「よし!」と、意気込む。


「さて、それじゃあ、掃除の続きをしようか」


「そうですね。パパッと終わらせましょう!」


 魔術の完成に近づいた事がうれしいのか、彼女はいつもよりも元気な気がした。

 私自身も、スランプの脱却への光が見えて、少し舞い上がっている。よくよく考えると、とても長い間スランプになっていた。最後に、仮理論を組み立てたのは何年も前だったか。


 彼女に指摘されるまでは、認めたくなかったが、自分が陥っていることを実感できた(できてしまった)。

 しかし、それも今日までだと思うと、足取りも軽くなるというものだ。


(そういえば、久々になるのか)


 これから会いに行く人を思い浮かべていると、ふと、昔の記憶を思い出す。悲しくも、美しい記憶は今なお健在で、朽ち果てることは無い。あれほどの体験は今一度味わうのは不可能だ、と自信を持って言える。


「それにしても、先生が助けを請える魔術系の人がいるなんて思いもしませんでしたよ」


 床に目を向け、一切こちらには視線を送らずに彼女は話しかけてくる。


「そう?…これでも魔術師の中では下の上ぐらいだと思っているから『教える』事ができる人の方が少ないよ?」


「…それだと私はどれくらいです?」


「………そうねぇ」


 動かしていた手を止め、考えるふりをする。


「下の下じゃない?」


「手厳しいっすね」


 私と彼女は無駄話に花を咲かせながら笑い合う。

 外に在る太陽は未だに上昇を続けていた。


 片づけは順調に進み、あとはゴミをまとめて処理するまでになっていた。


「さあ、ゴミが出てきたからついでにやりますか!」


「いつものですね」


 この家ではとある習慣がある。私が、新作の魔術作成に明け暮れていると、生徒である彼女の魔術を見る機会が減ってしまう。それを打破すべく、二人で決めた(習慣)だ。

 具体的に言えば、ゴミや、いらない物の処理は魔術を使って出力操作の練習をするというものだ。


「それが終わったら、準備して出発するよ」


「はい!」



 結果として、彼女の魔術練習は半分成功して半分失敗に終わった。前半の私が持っているタバコに火をつけることは出来たが、ゴミの方は不完全燃焼になってしまった。


「あれま、残念」


 そう言って私は、フィンガースナップをする。途端に、燃え残ったゴミは灰燼になっていく。横で見ている彼女はふてくされているのか、虚ろな目で炎を見ていた。


「……ほらほら、家に戻るよ。…出発は速いに越したことは無いからね」


「はいぃ」


 彼女は気の抜けるような返事をしながら立ち上がり、とぼとぼ、という言葉が合っているかのような動きで、家へと歩いている。


「気にしないでいいよ。私も、私の先生には及ばないからね。こればっかりは年季がモノを言うから」


「……そういえば、これから会う人はその先生なのですか?」


 声のトーンは明らかに低いが、それでも少しはマシになった気がする。


「そそ。…でも君も何回か会ったことあるよ」


「え?いつですか。それ」


「えぇっと。確か、去年の六月十七日だったかな」


 「ほら、この日」と言いながら、去年配布され、うちわになっていた建国パレードのチラシをポケットから取り出し、彼女に手渡した。


「それって、新王誕生祭の日ですか。今でも覚えていますよ。先生が国の要人と親しく話しているのですもん。何したんですか?」


 どうやら、魔術の結果よりも、今の話題の方が気になるらしい。気を紛らわせることができたのならよかったと安堵しつつどう説明した物かと考える。


「まあ、それは追々わかるよ。…というか、君にとってはそっち派か。私は建国記念日として覚えていたから、言われて気が付いたよ。新王誕生祭でもあったっけ」


「同じ日なので、そんなもんでは?……あの日に会った人と言えば、確か、迷いの森(ウィッチ・スコッグ)で出会った、ローブを目深く被っている人ですか?」


 彼女は怪訝な顔を浮かべながら、予想を語る。

 訝しむ気持ちも、分からなくもない。なんせ、そのローブの人は声を一切上げずに、何なら顔を見せずに、私と会話(?) していたのだ。何なら私も、件の人の顔を最後に見たのは数年も前になる。


「大正解。その人が私の先生の一人ってわけ。今は、藍の山嶺区、ツガザクラで隠居生活をしているらしいよ。実はもう一人、先生がいるにはいるんだけど……どっか行っちゃってね。行方知れずなんだよ」


 彼女は後に、この時の先生の顔はどこか寂しげで、行き場のない感情を燻らせていたようだったと語った。その考えは正解で、今現在私は晴天に思いを馳せ、目を細める。



 哀情を覆すほどの愛情があったことは彼方に送っていない。

 これほどまでに後悔の念に苛まれていることは他にはないだろう。それでも探してしまう。彼方にある感情を。この複雑な感情の行き場なんてモノは何処にも存在しないことは、等の昔に理解しているのに。


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