第二十九話 “シロ”との邂逅
お久しぶりです。
カナタがマーリンによって召集される3か月ほど前ーーー
「それじゃ、お母さん。買い物に行ってくるね!」
「ああ。気を付けてね!」
元気な母の声が家の奥から聞こえてくる。
今の時間は、部屋の掃除だろう。そう考えながら、曇天の空の下を駆け出す。
小さな町の最奥、ハルジオンの長が住む家からまっすぐに行けば基本的になんでも揃う露店街に出る。最奥と言っても、辺鄙な場所ではないし、長と言ってもそこまで裕福でもない。けれど、食べるものには困らない。尊敬している父の仕事で、ある程度の売り上げをもたらしているからだ。
「そろそろ、王都についたかなぁ」
ハルジオンで主に農業ができない冬に加工した石を用いた石細工を王都の方へ売りに行っている。
王都の方角の空を見る。
何処までも続く空には、その空に追従するかのように灰色の雲がある。何処までもあるその雲に軽いため息をつきつつ、母を待たせないためにも買い物を急ぐ。
「お!ヒナちゃんじゃないか!よかったらどうだい、このカボチャ。大きいだろう!」
露店街に着くと、さっそくハルジオンの農作場でとれた大きなカボチャを勧めてくる。
「ごめんね、おじさん。今日は買うもの決まっているの」
「そうか、それは残念だ。野菜が欲しくなたらうちに来な!安くしとくよ!」
「うん。ありがとう!」
おじさんのおすすめを断って、どんどん奥へと進んでいく。小さな町であることを感じさせないような賑わいを見せるこの露店街はいろんなモノが売っている。
本筋である道からそれたところにもモノはある。人通りが少ない道を進んでいると、小さな、少しぼろい古民家が見えてくる。
「お兄ちゃん!いる!?」
扉を開けると同時に大声を上げる。すると奥から木のきしむ音を立てつつ、こちらに近づいてくる。
「はいはい。そんなに大きな声を出さなくても聞こえているよ。…相変わらず、元気だねヒナ」
小汚い建物に反して、シミ一つついていないエプロンを携えた男は、笑みを浮かべながら歩いてくる。その歩みは建物と連動して、密かにリズムを刻んでいた。
カウンターの前に移動するのについていく。昔からの癖だ。
「今日もあれでいいの?」
「そう!」
「もう準備は出来ているよ。はい、こちら銅貨2枚になります」
あくまで仕事であるようにふるまい、対価のやり取りをする。
ウナー。
気が付いたら足元には猫がいた。でっぷりに太って、寝っ転がっている姿はお饅頭のような猫は『なでてもいいぞ』と言っているようにお腹を見せる。
「キャスパー、また太った?もう、ダメだよ。これ以上太ったら身動き取れなくなるよー」
優しく、毛並みを整えるように背中をなでる。気持ちいいのか、発言に対する反応か分からないけれど、ニャーニャー鳴いている。
もっとなでてあげようとすると、気が済んがのか大きいお腹を持ち上げて、ノッシノッシとお店のはじっこに行ってしまう。
看板娘ならぬ、看板猫は今日も元気だった。
「最近は餌の量は減らしているんだけどな。どうやら町にいるネズミを狩っているらしい。いったい、どこにネズミを狩れるだけの俊敏性があるんだか…」
呆れたようにペットフードの店主である幼馴染が愚痴る。
「あはは。確かに謎だね。……あ、そろそろ戻らないと。洗濯しなきゃ。ありがとうね、お兄ちゃん」
「おう。おばさんにもよろしく言っといてくれ」
「うん!またね。キャスパーも!」
「ナー」
「ただいまぁ」
家に帰り、お母さんに聞こえるように声を張る。
いつもなら「おかえり!」と奥から返事が来るだけだが、今日は何故か足音も同時に聞こえてくる。
何だろうと思いながら足音の方へと進んでいくと、廊下でお母さんと鉢合わせる。
「おかえり、急だけどいま大丈夫?」
「……え?まぁ大丈夫だけど…」
「じゃあ、こっち来て」
手を取られ、リビングの方へと引っ張られる。別に手を引かれずとも自分で歩けるけど、と思いつつおとなしく引っ張られる。
「ほら」
リビングには、猫がいた。ここ最近家によく来る真っ白い毛並みをした野良猫だ。何となく名前を『シロ』にしていた。
「……?ほらって、シロじゃん」
シロの他には何もいない。何か特別なモノがあるわけでもなく、ただ机の上にシロが佇んでいるだけだ。
「お母さん?どう言うこと……?」
母親に説明を求めるため、後ろに振ろうとする。
「こんにちは」
一瞬だった。
刹那の時間、目を離しただけなのにそこにシロはいない。代わりにそこには真っ白いローブを見にまとった、病的なまでの白さをした肌をした女性がいた。
そして、リビングだった部屋は、何かで出来ている真っ白な部屋に成っていた。
「へ……?」
「私はマーリン。あなたを迎えに来たわ」
これが私、ヒナ・リズウェルとマーリン・ガブローズの初邂逅だった。
この土日で何話か更新できそうですのでお待ちいただけると幸いです。




