第二十七話 融解知らずの決意
「ヒナは魔術理論に疎いっぽいね」
ホムンクルスの核を全て壊しきり、カナタの魔術を完全に解除し切った。ハルジオンの方には報告する必要がないので、直接マーリンの家に戻る。
その道中に、カナタはヒナにそう言った。
「それは、まだ勉強したことないですから…。疎いのではなく、無知なんです」
少し頬を膨らませながら、ヒナは文句を言う。
「それは少し間違いだよ、ヒナ」
「……と、言いますと?」
ヒナの後ろにいたカナタはすぐに否定した。ヒナもその否定に反応して後ろに振り返る。
「簡単な話だよ。魔術理論は全ての生物で共通の学問だ。どのような魔術行使をしようにも、全ての基盤となる魔術理論が存在する。だからね、完全な無知はありえないんだよ」
「そんなの、屁理屈です」
「じゃあ少しばかり、魔術理論について話をしようか」
足を止めることはせずにカナタは、ヒナの隣まで来て指に魔力を集中させ始めた。
「Avaruus vat kuva /r Hvis det blir det Alllowable/e……《ilman lukua handstil》」
詠唱を終えると、カナタの人差し指には紫色に光る魔力が見えた。先ほど見せてもらったあの美しい魔術とは少し違う、規則に反した魔術にヒナは思わず声を上げる。
「あれ?なんかさっきの魔術とは違いますね」
「ん?ああ、さすがだね。これは《固有魔術》というやつだよ」
「《固有魔術》?」
「そ、まあそれは今回は置いといて、今は魔術理論の話だ」
「大気中には魔素と呼ばれる物質が存在し、目に見えないだけで、そこら中にある。それらを魔力に変換して体内に保管する。ーーーここまでは、ヒナも理解しているね」
無言でうなずくヒナを見て、カナタは続きを話す。
「ここからがヒナも知らないであろう部分だ。その魔力は、基本的に魔術を使わなければ減ることはない。考えれば当たり前だけど、消費には魔術使用しかないってわけ。…で、その魔力は魔術を使うと魔術発動に必要な魔力を残して残りは空気中の魔素に還るんだ」
「え、そうなんですか?」
以外そうに、ヒナはカナタの方を見る。ずっと魔術を使った後に出ている魔術残滓は魔力だと思っていたヒナは今の話に驚きを隠せなかった。
「そう。魔力はあくまで、体内に定着させるために作り替えたモノなんだ。さっき、魔術を使うと魔力を消費すると言ったけど、実際は魔力を魔素に戻してそれを消費しているんだよ。面倒でしょ?」
ヒナは軽くうなずく。
「確かに面倒です。合理的じゃないです。それこそ魔素のまま体内に保管したらもっと楽に魔術ができるんじゃないですか?そっちの方がもっと効率もいいと思うんですけど…」
「当然の疑問だね。でもねそう簡単にはいかないんだよ。どうしても解決できない問題があるからね。その答えは簡単、『魔素は人体に毒だった』それだけだよ」
少しの間、静寂が流れる。
カナタはヒナが驚いているであろうから、話の続きをあえてしないでいた。ヒナは、そんなカナタの耳のことを考えていた。耳の、この話をしている今でもずっと何か変化の魔術でも使っているのか、少しとがった人にしては長い、そんな耳をチラリと見た。
「…あの、それはカナタさんにとっても毒なんですか?」
意を決して、ヒナはカナタに話を振った。彼女がどんな反応を示すのかはわからないけれど、聞かずにはいられなかった。
この興味をずっと伏せることは出来ないという確信が、心のどこかであったのかもしれない。
「……それはどういう意味かな?」
彼女の顔はこわばっている。
(やっぱり、地雷なのかもしれない)
そう思った。けど、もう、引き返せない。顔を見た時に固めた決意が溶けてしまいそうになったけれど、どうにかその個体は、原型を留める。
「……おそらくなんですが、ヒトではないカナタさんにとっても、魔素は毒なのか気になったんです」
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