第二十二話 仕返し
魔術の残留にはそれにあった術式を組まないといけない。
カナタはそんなことを一切考えずに拘束魔術を使ったため、術式発動の時間は数分だった。魔眼にご執心のカナタは魔術が切れたことに気が付かない。
弟子を見捨てたマーリンは、カナタの頭を思いきりたたく。そのついでに、頭をたたいた手とは反対の手を使って術式を完成させる。カナタの魔術形成速度を超える速度で体の自由を奪う。
「ヒナも殴ったら?」
「んんッ!?」
口を開くこともできないカナタは表情を変化することなく驚きを現している。ヒナも初めて見る師匠の言動に目を見開く。
当の本人のマーリンは表情を全く動かさずに、さぁ、言わんばかりに手を動かす。
混乱していたヒナだが、とりあえず軽くデコピンをした。
マーリンは自分の意思で魔術を解いたのか、ヒナのデコピンの直後にカナタの自由を返却していた。それと同時にカナタはマーリンに掴みにかかる。
「マーリン!こんなのに自分の魔素を使っていいのか!」
襟元をつかみ、前後にぐわんぐわんと揺らす。
それでもマーリンはいつもの調子で「じゃあ、カナタ、自己紹介して」と言った。自己紹介の途中だったことを忘れていたカナタとヒナは「「あっ」」と声をハモらせていた。力を緩めてしまったカナタの手を振りほどき、マーリンは呆れたように紅茶を静かに飲み始めた。
「え~っと、カナタです。よろしく!」
先ほどの凶行を水に流してもらおうかと元気よく名前を言ったカナタだったが、ヒナはそんなことでぶれるはずもなくにらまれた。もっと他にないんですかと言わんばかりの視線にはカナタも冷や汗をだらだらかいた。
見た目に関してはそこまで怖くはないのだが、それでもジロリとみられるのには圧迫感のある目力があった。
「マーリン!助けて!」
「自業自得よ」
助け舟は出航してくれなかった。
「ま、まぁ落ち着いて、まじめに自己紹介するから。わたしの名前はカナタ。そこのマーリンとは古くから友人やっているの。だから、マーリンの事は任せて!これでも少しはマーリンのことは任せて!これでも少しはマーリンの考えていることはわかるから」
すぐ後ろのマーリンは少しばかり不服そうな顔をしていることを除けばごく一般的な自己紹介になるのだろう。ヒナも、にらみつけるような視線は緩まったおり、ふんふんと軽い相槌をしていた。
「よろしくお願いします。…カナタさん、私も一つ質問してもいいですか?」
「カナタでいいよ。敬称付けられるのあんまり好きじゃないんだよね」
「すみませんがこれは癖なので、許してください。カナタさん、それでーーー」
カナタもしょうが無いと軽くうなずいたことを確認してから、ヒナはいざ質問をしようとする。
「…ッ!」
「……」
質問は出来なかった。「なぜ、カナタさんは耳に変化魔術をかけ続けているんですか?」とは聞けなかった。二人が急にあらぬ方向を向いたからだ。
カナタに関しては、これまでの言動を見れば見ているほどおかしいと感じるほどに顔をしかめていた。マーリンも無表情ながらに焦っているのがわかる。これほどの状況にもなるとさすがのヒナも異常性を感じ取ったのか二人に話しかけない。
「……いや、さすがにまずいね。マーリン、此処がバレている可能性は?」
「それはないわ」
「…急ごう。さすがにわたしもマーリンも正確な距離を読み取ることは出来ない」
マーリンは短くうなずくとカナタと同時に動き始める。何かを持っていくこともしないで、身体一つで家を飛び出す。
ヒナは何が何だかわからないが、マーリンの手招きに従って二人についていく。




