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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
序章
2/61

第二話 彼方に届かぬ、アイ情を(中編)

2024.07.01 追記

加筆修正しました。

 床に散りばめられた書類たちは、一つの魔術についての内容だった。

 数多の人が欲するのであろう魔術、寿命を引き伸ばす魔術だ。過去、魔術という技術が今よりも発展していた時代ですら、このような魔術は存在しない。魔術師達の永遠の課題とされているのか、有名な魔術書となると必ずと言っていいほどに記載がある。理論の段階から破綻しているもあれば、理論が完成していてもそれを魔術に落とし込めていないなどと、記載の内容は様々だ。


 私も早々に魔術理論を完成させた。しかし、魔術に落とし込むことが難しく、強引に行った実験ではモルモットが死に至ってしまった。そのため、理論そのものは一旦予備案として、他の理論を模索した。もう何年も前になる魔術理論の論文に、追想する。その懐かしさは、恥ずかしくもあるが、慈しむものだと思える。

 ふと、その魔術理論の結論部に違和感を覚えた。それが何だかは言語化もできないし、勘違いかもしれない。だが、行き詰っている現状を打破できるかもしれないこの感覚を無駄にはできない。そう思って片づけを一時中断し、論文を読み込もうとしていると———

 ぐうぅ。

 と、狭い部屋に腹の音が響いた。


 腹の虫の鳴き声がなった方へと眼を向けると、手をお腹に当ててほんのり顔を赤くした彼女がいた。恥ずかしいのか、目を反らし続けている。


「…ふぅ。とりあえず、片付けは後にして朝食にでもしようか」


「いや——」


「そうか、私の朝食は嫌か。仕方がない。朝食を食べるのは辞めて、片づけを続けようか」


 条件反射で出たであろう遠慮を告げる言葉にあえて突っかかり、あえて曲解し、片付けへと軌道修正しようとする。


「……ぃやったー。って、言おうとしたんです。曲解しないでください」


「それは失礼」


 手を広げ、やれやれとジェスチャーしていた手を引っ込める。それと共に、やはり不服なのか、唇を尖らせふてくされている少女は持っていた書類群を適当に机の上に置き、すたすたとキッチンの方へと行ってしまう。


「そういうところ、直した方がいいですよ」


 背中を向けて、吐き捨てるように口撃してくる少女に、かわいいなぁとしか感じない私だった。


 開けていた窓を閉めたから、実験室から出ていった少女を追いかけてキッチンの方へと進んでいく。上がっていた口角をどうにか下し、表情を作る。

 キッチンとダイニングのある部屋に入ると、少女はエプロンを付けているところだった。


「今朝は何にします?」


 不機嫌であることを隠すつもりもないのか、明らかに声のトーンが低い。それもそれで嫌な感情を抱かない。


「ん。…スクランブルエッグにしようか」


「わかりました」


 卵を取り出し、調理を始めようとしている横で、焙煎されたコーヒー豆を挽いていく。酸味のある独特な匂いが鼻孔をくすぐり、朝食を告げる合図となった。



「さっきはごめんね」


「いえ、実際あまり気にしてないですよ?いつもの事なので」


 元気なトーンで毒を吐いている少女に対して、何も感じなくなっているのは経験のなせる業だろう。


「なんだ、気にしてないのか」


「気にしては無いですけど、最後の言葉は本音ですよ?」


「……そうか」


 こちらは気にするのであまり毒を吐かないでほしい。


「片づけが終わったらちょっと出かけようと思うんだ」


 朝食である手作りのスクランブルエッグとパンもあと少し。食べる量が私より少ない彼女は先に食べ終わり、紅茶を楽しんでいる。その手が止まっている事には視界に捉えつつも、あえて触れはしない。


「…いいですよ」


「……フフッ」


「む」


 彼女はあからさまに不機嫌になる。同意はしていても、表情は言語以上に彼女の感情を語っていた。承諾もしているし、理由も問わない。その不機嫌そうな顔さえ隠せていれば自分も騙されていただろう。彼女自身、それを理解してのか即座に反応を見せてしまった。


 もはや隠すつもりはないらしい。

 彼女は味わっていた紅茶を一気に流し込み、卓上に置いてあった食器と一緒に洗い場へと持っていく。その後ろ姿を見て「じゃあ何がしたい?」と、聞いてみた。

 動いていた足の動きを止めることはせずに、無言で洗い場まで進んでいる。無視するのかなと思っていると、重い口を開けて声を発し始めた。


「先生は寿命を延ばしたいんでしょう?…なら、もっと真摯に、魔術に向き合うべきです。最近あんまり研究していないじゃないですか?」


「………そうだねえ。現状を一言で表すなら、フランクって奴さ」


「そんな簡単にまとめないでくださいよ。それにフランクじゃなくてスランプです。爽やか系男子みたいになっていますよ」


 彼女は私の渾身のジョークにも一切の反応を見せない。しかも、目力を強めて睨んでいる。


「……存じています」


 根負けして、謝罪する。今に始まった事でもないが、こうなってしまっては謝罪をするしかない。彼女が睨む顔は正直少し怖いのだ。


「しかし、よくわかるね。…私、特に魔術の研究成果を話したつもりないけど」


「…あははっ。何年先生の弟子をしていると思っているんですか。先生の癖ぐらいある程度わかりますよ」


 「そういうものか」と、答えながら、最後の一口を口内に放り込む。手についていたパンかすは適当に叩いておいた。

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