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曇天のカナタ  作者: 菊桜 百合
序章
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第一話 彼方に届かぬ、アイ情を(前編)

初めての投稿です。プロローグは曇り空ではないです。


2024.07.01 追記

加筆修正しました。

 ~新王朝 太陽暦九年 四月二十四日~


 眼前に広がる陽光に、おはようと言えるのはあとどれくらいだろうか。


 そんなことを考えたことがある。

 きっと意味なんてない、それくらいわかっている。

 どれだけその事柄に思考を割いたとて、それに回答なんてものは存在しない。それこそ、理を全て知っているような者でない限り、不可能だ。


 しかし、理解し止めようとしても、頭の端の綻び知らぬ扉の向こう側では、習慣のように繰り返されることなのだろう。


「んんっ。———あぁ、なんていい天気」


 大きく伸びをして、機能を止めて休息に全力を注いでいた体躯に活を入れる。

 無理やり起こされることになったこの体も、太陽光を浴びての目覚めなら文句もないだろう。視線の端に見える自らが作る黒色も活気に満ちて、その色合いを薄めている気がする。


 全身に太陽光を浴びる行為に喜びを感じている私は、太陽からのまぶしさには意にも介さずその身を窓枠から外界へと無理やりに乗り出し、空に目を向けている。



 空には雲なんてモノは無く、ひたすらに青い情景を見せている。

 カラッとした心地良い風が女性の身を包む。


 春を呼んでいるような風はどこか懐かしさを孕んでいた。

 眼を細め、空以外にも目を向ける。

 目の前に悠然と広がる草原とその果てに小さく見える山々は、紺碧の空と美しいコントラストを創造し、高ぶる感情を平静へと連れ戻してくれていた。



 私はこの風と、この風景が好きだった。


 小さいころに見ていた景色に似ているようで、どこか新鮮味を感じさせるこの情景は母のようで父のようでもあった。

 自慢である深紅の髪がぼさぼさにならないように片手で抑え、今一度伸びをする。

 新鮮な空気を十分に肺へとしまい込み、青緑の絵画(まど)に背を向ける。別段、飽きが来たのではない。改めて、此処に在るモノに意識を向けただけだ。


 ふッ、と思わず笑みが零れる。

 魔術実験の結果を書き連ねた書類が置場の大半を占めている部屋には外からの風を一身に受けていた。東風(こち)と呼ばれる春を告げる風は、部屋の中に在る書類を使ってバサバサと音を奏でる。

 

 まるで花を散らす風のようで趣すら感じさせてきた。



 実験室を兼ねて作られたこの家には、大きな特徴がある。

 それは、日の出から夕暮れまで、太陽を見ることのできる絶好のポジションなのだ。意図的に立地を弄り、どうにか託けて建てたために愛着は人並み以上なのだろう。


 何せ私はこの世界を愛しているのだから。

 壮麗な世界をこよなく愛しているのは何も私だけではない。今を生きる生物の大半は同じ思いをしている。

 理由なんて単純だ。

 過去、この世界は青色の無い灰色の世界だったのだから。



 太陽は完全に姿を現し、その概形を悠々と見せて周る。風も落ち着きを見せ、そろそろいつもの生活を始めようかと思い始めている時、外から足音が聞こえてくる。

 どたどたと、少し騒がしさを帯びた快音は女性を元気づける。足音で誰かわかるようなことは無いが、あの子だけは例外だった。

 徐々に近づいてくる快音は部屋の前で、その音を一時停止させた。


「おはようございます!先生!」


 最近、油が足らなくなったのか、蝶番がギシギシと音を立てていたのみ関わらず、その音をかき消しながら青髪の少女が入ってきた。

 呑気に、油を注さないといけないな、と考えていた思考を一気に吹き飛ばす。


「うわっ、書類が⁉」


 そのついでに、扉の近くに在った重しを載せていない書類群を吹き飛ばす。


 相変わらずだな、と思わずにはいられない。

 しかし、騒々しいとはあまり思わないのも、また事実。苦笑いをしながらため息をつく。裏表のないような少女はそれには気づかずに、右手を高らかに上げつつ足の踏む場を減らした実験室を器用に、そして流れるように女性の下へと進む。


 どうやら、書類は一旦無視するらしい。


「改めて、おはようございます!」


「おはよう。…敬語はしなくてもいいって言っているでしょう。〝先生〟というのは強ち間違っていないのでいいけど、敬語だけはねぇ」


「えぇ。いいじゃないですか。敬語」


 後頭部を軽く掻きながら会話を続けてくる。

 私が不満をぶつけようが、気にすることは無い。にっこにこの笑顔で敬語を続ける。


「それで?」


「はい?」


「辺りに舞った書類はいつ片付けるの?」


 少し、意地悪をしてみた。


 敬語を使い続ける彼女への意趣返しともとれる嫌味に、彼女の表情はどんどん曇っていく。

 まさかそんなことを聞かれるとは思いもしなかったのだろう。まっすぐ私の眼を見ていた眼球を上下左右に留まることなく振らしている。


 思考を加速させて、今出せる返答を一生懸命考えていた彼女は


「……手伝ってくれませんか?」


 考えることを諦めて、先生に助けを求める事にしたのだった。

 見るからに焦っていた表情を申し訳得なさそうな表情に作り替え、両手の人差し指の腹を胸の前で合わせながら上目使いで先生を見る。



 先生と呼ばれている女性は内心でため息をつく。

 敬語をやめてくれる気配は全く持って存在しないが、彼女が私のことを慕ってくれていることは分かる。しかも、苦手な片づけや家事も手伝ってくれる。

 さらに言うのなら、今はふざけた態度をしているが、魔術に関してはとても真摯に打ち込んでくれている少女だ。



 半ば諦念を抱きつつ、何も言わずに身を屈めろーテーブルの上から落ちたのであろう書類へと手を伸ばす。


 そんな行動を見て、びくびくしながら返答を待っていた彼女の表情も明るさを取り戻し、「ありがとうございます!」と、元気よく返事をした。

 そのまま、反対側に在る書類に手を付け始めた。


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