43 とんてんかんてん
とんてんかんてん、とんてんかんてん、騒々しくもリズムの気持ちいい建設工事の音が響く中――。
「メルテレース、その木箱からモモンガ蛾の鱗粉のびんを出しておいて。そしたら木箱を片付けておいて。ああやっぱり魔術はいい。魔術は心が落ち着くわ。このドドメ色といい、ぐつぐつと煮えたぎる鍋の音といい、お茶会や舞踏会では摂取できない萌えがあるのよ!」
鉄鍋をせっせと煮立たせる炉の火の前に座って、爛々とした瞳でガッツポーズしているフランシーヌ。
外から木箱を運んできたメルテレースが、鉄鍋を指して「それ何の魔術ですか?」と問う。
「灰色の魔女の奥義〈肉体透明化〉よ。これが完成した暁には、正々堂々とロスデルムの陽キャの巣窟をおさらばするのよ」
「正々堂々……」
透明化してるのに、と言うツッコミはフランシーヌに無視される。
ここは宮殿西翼跡地――新西翼建設地。新しい西翼の建ち上げ真っ盛りの工事現場である。居住部分に先駆けて、フランシーヌに与えられる〈研究室〉が一足早く完成したため、そのまわりの工事現場はまだ骨組みしかない状態にもかかわらず、ここを心休まる隠れ家にしはじめたフランシーヌである。
黒幕が消え、帝国の危機が去ったので、皇太子夫妻はフォルク公爵邸に避難しつづけているわけにいかず、沢山ある宮殿の一つに居を移さねばならなかった。で、やっぱり宮殿はキラキラしてるし格式張ってるしで小国育ちの陰キャのフランシーヌにはツラいのである。だから一日のうちせめて1時間くらいは、日の光を入れない研究室で灰木の魔女の残した魔術に一人むふむふと耽溺する時間がほしいフランシーヌなのである。
「フランシーヌ・フライア!」
バーン、と扉を開いて入ってきたのは燦然とした太陽の輝きを背負って少しも輝き負けしない美青年――。
夫であるルディガー皇太子は、唯一気が短いところが欠点だ。
「戻ってこないから迎えにきたぞ。そろそろフライアからの馬車が着くから――」
炉の前で仲良く肩を並べて鍋と炎を見つめるフランシーヌとメルテレースの姿に、ルディガーはフライアから帰ってきてからの数ヶ月は事後処理で忙しくて我慢できていた感情が溢れだして度を失った。
――どうしてフランシーヌと魔物が仲良く鍋をつついているんだ。(つついてはいないが)
「一人になりたいと言っていたのでは?」
「僕とフランシーヌは二人で一人、一心同体だから間違ってないのでは」
「え……そういえば、契約は消えたのだし、何でメルテレースはまだここにいるの?」
いつも通りといえばいつも通りすぎて深く考えることがなかったフランシーヌだ。
「何でって。え? えええ?! それを今更訊くんです? 僕に訊くんですか?!」
「わからないのよ。だってメルテレースは私が一緒に魔界に行くっていったら何だか嫌そうな顔をしたじゃないのよ」
「それは人間の心の機微でですね……」
人間の心の機微を語る魔物とは。
そして、陰キャのフランシーヌ姫には人間の心の機微がわからない。
とにもかくにも、今夜ロスデルム宮殿では皇帝陛下主催の特別な舞踏会が開かれる予定で、それに合わせてフライアからも客たちが来る予定なのだった。
特別な舞踏会とは、フォルク公爵エッケルトと伯爵令嬢マルガレーテの結婚祝福舞踏会である――。
×××
「フラン〜〜〜小さな聖女フランシーヌ、我が妹よ〜〜フライアの危機を救って颯爽とロスデルムに去っていったおまえの頼もしい背中が今でも眼裏を離れないよお兄ちゃんは(泣)」
「ロスデルム帝国の最強の軍隊を構成する歴戦の戦士たちに合間見えるため参上した! ぜひお手合わせ願いたい!」
「現代科学の推進国家ロスデルム……その実力をとくと見物させていただきたい。代わりに我がフライアが誇る聖女の政治宣伝利用術(特許取得済み)のセミナーを開催予定です。メディアを制するものは国を制すのです」
「(貴婦人たちにちやほやと揉まれてフランシーヌに話しかける暇がないジュリアン)」
「フラン姉様。ピエールから開封厳禁の贈り物を預かってきたよ! 初夜のダンスの詳しいやり方が図解してあるって! 僕こっそり中を見てみたけど絵がグロテスクでよくわかんなかったなー」
フライアから訪れた兄弟王子たちは相変わらず小国の呑気な兄弟たちだったが、その見目麗しさと神秘性ですぐに帝国宮廷社交界の注目のアイドルとなってしまった。
自分から注目が逸れてくれてちょっとホッとして舞踏会を楽しむ余裕が出てきたフランシーヌである。
だけど今夜いちばん美しいのは新婚のフォルク公爵妃となったマルガレーテだ。




